夫への不満を爆発させたら、次の日夫がいなくなった

九傷

夫への不満を爆発させたら、次の日夫がいなくなった



 長年夫婦をしていると、夫に対する色々な不満が溜まってくるものである。

 結婚する前や新婚当初は気付かなかったことに少しずつ気付き始め、いつの間にか凄いストレスになっているのだ。

 中には、顔を見るだけで生理的に嫌悪感を抱いてしまうという人もいるらしい。

 私はそれ程でもないが、やはり嫌なものは嫌で、先日その溜まった鬱憤をつい爆発させてしまった。



 きっかけは、飲み会で遅く帰ってきた夫が、ふと漏らした言葉だった。



「このくらい勘弁してくれよ? 俺って普段は家庭に尽くしているし、真面目に仕事だってしている。育児だって手伝ってきたし、浮気も女遊びもしていない。良い夫だろ?」



 私はこの言葉にカチンと来てしまい、今まで不満だったことを全てぶちまけてしまった。



 毎日のように酒の臭いをさせて帰ってくること

 いつまでたってもタバコをやめてくれないこと

 家事をほとんど手伝ってくれないこと

 便座を上げたままにしてフタを閉めないこと

 物を片付けないこと

 話をちゃんと聞いてくれないこと

 デリカシーがだんだんとなくなっていること

 洗濯物の出し方がなってないこと(靴下を丸めて入れたり、ボタンを留めずにシャツを入れたり)

 水道を使ったあと、シンクまわりをビチャビチャのままにすること

 自分だけの趣味に没頭すること

 自分のしたいことが優先なこと

 やったらやりっぱなしなこと

 いつまで経っても子どもなこと



 一度タガが外れると、次々に不満は出てきた。

 大きなことから些細なことまで、全部ぶちまけたつもりだったが、今考えるとまだまだ不満は出てくる。


 ああ、思い出すとまた腹が立ってきた。

 家庭に尽くしている? 普段家事もろくに手伝わないでゴロゴロしているくせに、どの口が言うのだろうか?

 ひょっとして、ゴミ出しや食器の片づけをしたくらいで家事の手伝いをした気になっているとか?

 冗談じゃない。

 自分は普段仕事をしているのだから、家でくらい怠けたい?

 それは私が普段家事の手を抜いていると言いたいのだろうか?

 そうやって仕事のことを引き合いに出してくるなら、自分の立場で考えて欲しい。

 簡単な仕事をやって仕事した気になっているとか、仕事中にゴロゴロしているとか、自分が見たらストレス溜まるでしょう?


 育児を手伝ってきた?

 そもそも育児は手伝うものじゃない。

 二人の子どもなんだから、共に世話するのが当たり前のことだ。

 なんで他人事のように、自分は手伝う側のつもりなのかと。


 浮気も女遊びもしていない?

 それは良い夫の条件ではなく、最低限の夫の条件だ。

 浮気も女遊びもしないのは、当たり前のことだろう。



 子どもが家にいた頃は、子どものことを考えていたからまだ余裕があった。

 しかし、子どもが家を出てからは気の紛らわし所がなくなり、ただただストレスが溜まる日々が続いている。

 熟年離婚が増える理由は、こんなところにあるんだな――となんとなく理解できた。


 私だって、正直離婚が頭をよぎったことはある。

 しかし熟年離婚は女側のリスクが大きく、結局泣き寝入りせざるを得ないケースが多い。

 私も今から仕事を探すのはかなり無理があるし、老後のことを考えると夫の働きに頼るしかないだろう。

 それがまたストレスなのだが、その辺は割り切るしかないと思っている。

 だから今まで我慢してきたのだが、先日はついに我慢しきれず怒りを爆発させてしまった。


 夫は最初、反論のようなことも口にしていたが、最後には黙ってしまった。

 夫側にも私に対する不満はあっただろうに、それを口にしなかったのは男っぽいと思える。

 しかし、私がここまでストレスを溜めていたとは思わなかったのだろう。

 相当に凹んでいる様子だった。



(……起きてくる様子がないけど、まだ寝ているのかしら?)



 昨晩は寝室を別にし、私は居間に布団を敷いて眠りについた。

 夫が起きてくれば必ず居間に来る筈なのだが、まだ来る様子はない。



(ひょっとして、不貞寝しているとか?)



 流石にそんなことはないだろうと思ったが、夫は子どもっぽいところがあるので絶対にないとは言い切れない。

 時計を見ると、時刻は7時10分を指していた。

 普段ならもう朝食を食べている時間である。



(……仕方ない。起こしに行きますか)



 夫と顔を合わせるのにはまだ抵抗があったが、いつまでも引きずっていると状況はどんどん悪化する。

 気にしていない風を装って、私から声をかけるのが一番丸く収まるだろう。



「あなた? 起きてる?」



 ノックをして声をかけるが、反応はない。

 まだ寝ているのかと思いドアを開けると、寝室はもぬけの殻であった。



(嘘……? もしかして、朝食も食べずに仕事に行ったの?)



 だとしたら、私の想像以上に夫は凹んでいるのかもしれない。

 やり方が少し子どもっぽいと感じなくはなかったが、夫なら十分にありあえる話であった。

 普段なら乱れっぱなしの布団やシーツも直してあるし、私の言葉がそれなりに刺さったのかもしれない。


 まあ、それならそれでいいだろう。

 私も夫と顔を合わせるストレスを感じずに済むし、久しぶりにゆっくりとしたモーニングを楽しめる。

 仕事から帰ってきたら結局顔を合わせることにはなるけど、それまでは何も考えずにいたい。

 私は自分の分だけ朝食を用意し、ちょっとだけ優雅なモーニングを過ごした。





 ……………………………………



 …………………………



 ………………





 その後、結局夫は家に帰ってこなかった。

 次の日も、その次の日も夫は帰ってこず、携帯に連絡しても繋がらない。

 これには流石に私も焦った。


 まさか、夫がこんな大胆な行動を取るとは思わなかったのだ。

 私はあまりのことに動転して、子ども達にまで電話をかけてしまった。

 そして、衝撃が走る。



「父さん? 何言ってるんだよ母さん、ウチに父さんなんていなかったろ? あ、いや、もしかして、ついに再婚するとか?」



 一瞬、何を言っているのかわからなかった。

 けれども、何度言っても子供達から返ってくる反応は同じだった。

 夫が手回しをしてそう答えさせているのかとも思ったが、どうにもそんな様子はない。


 困った私は、夫の会社にも連絡をしてみた。

 しかし、そんな社員はウチの会社にはいないと言われてしまう。

 それから、夫の実家やご近所などに話を聞いても、やはり同じような反応が返ってきた。


 ここまで来て、私はようやく気付くことができた。

 夫は消えてしまったのだ。存在していたことが、まるで夢か幻だったかのように。


 私はしばし呆然とした。

 毎日やっていた家事にも手が付かず、数日を何もせず過ごした。

 そして、そんな私を心配して、子ども達が家に帰ってきてくれた。



「母さん、駄目だよ、ご飯くらい食べなきゃ」


「……うん。そうね。ごめんなさい」



 私の気持ちは全然整理されていなかったが、子どもに心配させるワケにはいかない。

 その日から、ご飯だけは自分で作るようになった。



「あ……」



 自炊をし始めてから間もなく、食材が少なくなっていることに気づく。

 外に出てないのだから当たり前なのだが、そんな気も回らなくなっていた。



(買い物、行かなくちゃ……)



 久しぶりに外に出た私は、まずコンビニにお金を下ろしに向かう。

 そしてまた衝撃が走った。



(お金が、振り込まれている……?)



 夫の給料が振り込まれる口座。

 夫がいなくなって、振り込まれることがなくなったハズの口座に、何故か今月分の給料が振り込まれていた。

 一体何故? と考えるも、答えは見つからない。

 気味が悪くなった私は、お金を下ろさず家に帰ってきてしまった。



 そうして何日が過ぎ、ついにお金も食材も尽きた私は、結局お金を下ろして使うことにした。

 理由はわからないが、お金は振り込まれているのだから使えばいいと、半ば開き直った結果だ。


 その次の月もお金は振り込まれ、またその次の月もお金は振り込まれていた。

 どういうワケかわからないが、夫はいなくなったのに、夫の給料は振り込まれているらしい。

 ハッキリ言って異常事態なのだが、夫が消えたこと自体が異常事態なので、細かいことは気にしないことにした。


 色々割り切るとスッキリしたもので、今は夫のいない生活を自由気ままに過ごせている。

 亭主元気で留守が良いとはよく言ったものである。

 私は今、その理想的な環境を過ごしているのだ。最高と言わざるを得ない。

 恐らく夫は、子ども達がよく読んでいた小説のように、異世界転移でもしてしまったのだろう。

 そう思えば、夫もアッチでよろしくやっているのかもしれない。



(夫のいない生活、最高!!!!!!!)





























 ――それから数年の月日が流れた。



 大した趣味も持っていなかった私に待っていたのは、ただの虚無であった。

 孤独というのは想像以上にツライものであり、家族と過ごす日々に慣れた私にはただただ苦痛だった。


 今更だけど、私はこの生活が夢であって欲しいと願う。


 次に目を開けたら、またあのストレスを感じる日々が待っているのだ。

 そう信じて、私は今日も眠りにつく。





 そして次の日……



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