第51話

 (※ナタリー視点)


「実は……、お店の経営は、うまくいっていないの……」


 私は、正直に話すことにした。

 声が震えていたが、説明を続ける。


「お姉さまから引き継いでしばらくは、何も問題なかったの。お姉さまがお店を軌道に乗せていたおかげでね。でも、時間が経つと、細かい修正をしなくてはいけなくなって……、いろいろと方策を考えて、実施していたんだけど……、どれもうまくいかなくて……、というか、そのせいでさらに問題が増えたりして、もう、気付いたら私の手に負えなくなっていたというか……、そもそも最初から私には荷が重すぎたというか……、気付いたら、赤字になってしまって、でも、そのことは皆に知られたくないから、サクラを雇ったりして……、そのせいで、借金は増えるし、問題は何も解決しないし、むしろ、増える一方だし……、でも、皆に期待されていたから、もう、現状を隠すことしか考えていなかったというか……」


「ふざけるな!! 何を考えているんだ、お前は!」


 お父様が、大きな怒鳴り声を上げた。

 今まで、私にそんなきつい言葉を放ったことをないのに……。

 私は、恐怖で体が震えていることに気付いた。


「お店は赤字な上に、借金まであるですって!? あなた、いったい何をやっているのよ! お店の経営は、うまくいっていたんじゃないの!? 私たちに嘘をつくなんて、信じられないわ!」


 お母様まで、私を大きな声で非難した。

 いつも私には優しいお母様が、こんな怖い顔をしているところは初めて見た。

 私はそれほどまでに、とんでもないことをしてしまったのだ……。


「赤字な上に、借金があるなんて、ふざけるな! それじゃあ、私が君と婚約した意味がないじゃないか! この家から資金援助を受けるために、私たちは婚約したのに!」


「なんてこと言うの、レックス……。あなたは、私のことを愛しているから、婚約したのでしょう?」


 私は震える声で、愛するレックスに尋ねた。


「確かに君のことは好きだが、それは、資金援助あってのことだ! なんてことだ、まさか、資金援助してもらうつもりが、この一家と共に破滅することになるなんて……」


 私はレックスの言葉に大きなショックを受けていた。

 お金のことはついでで、私のことを愛しているのではなかったの?

 本当は、お金のことが第一で、私の方がついでだったなんて……。


「お取込み中のところ、失礼しますよ」


 突然、屋敷に大勢の男たちがやってきた。

 私たちは、逃げられないように取り囲まれてしまった。

 どうやら、借金の取り立てのためにやってきたようだ。

 

「あなたには、どんなことをしてでも、借金の返済をさせます」


 恐ろしい顔をしたリーダーらしき人物が、低い声でそう言った。


「あなたたちだと? 私たちは、関係ないだろう!? すべて、娘の責任だ!」


「そ、そうだ! 私たちは関係ない!」


「そうよ、悪いのは全部、ナタリーだわ!」


 お父様とお母様とレックスが、声を震わせながら反論した。

 しかし……。


「何を言っているのですか、娘の責任は、親の責任。そして、婚約者の責任でもあります。あなたたちに、拒否権はありません。奴隷にしてでも、体を売ってでも、臓器を取り出してでも、あなたたちには、お金を調達してもらいますよ」


 男がにやりと笑った。

 私は恐ろしくて、体の震えが止まらなかった。


 私も、お父様もお母様も、レックスも、男たちに捕らえられた。


「全部、お前のせいだぞ! ナタリー! まさかお前が、こんなに無能だったとはな!」


 お父様が、私を睨みつけながら叫んだ。


「そうよ! これならまだ、エルシーにお店を任せておいた方がよかったわ! あなたは、私たちに不幸をもたらした悪魔よ!」


 お母様は、目から涙をこぼし、私を怒鳴りつけた。


「こんなことになるくらいなら、エルシーと婚約破棄なんてするんじゃなかった! 君を選んだのがまちがいだったよ!」


 やめてよ……。

 やめてよ、みんな……。

 大好きなみんなの口から、そんな言葉、聞きたくなかった。

 耳を両手で塞ぎたかった。


 でも、男たちに捕まれ、耳をふさぐことはできなかった。

 みんなは大声で叫びながら、私に今まで言ったこともないような言葉を次々と浴びせてくる。

 聞きたくない。

 なんでそんなこと言うの?

 私だって、少しは頑張ったのに……。


 私は恐怖と絶望で、体を震わせ、涙を流していた。


 こんなことになるくらいなら、お姉さまから何もかも奪うなんて、そんなこと、しなければよかったわ……。


     *


「いよいよ、この国ともお別れですね」


 私たちは、国境沿いにある町に来ていた。

 この町を抜ければ、隣国へ行くことができる。

 そこまでいけば、追手に捕まる心配もなくなる。


 しかし、問題は国境沿いにいる兵たちだった。


 そこを通過するためには、彼らから軽い身体検査をされる。

 私は問題ないけれど、殿下は身体検査をされたらアウトだ。

 なぜなら、女性の姿をしている殿下は、股間にとんでもない爆弾を抱えているからだ。


 この表現だと何か語弊があるような……、まあ、いいか……。


 とにかく、何とかして身体検査を乗り切らなければならない。

 しかし、どうやら殿下には、考えがあるようだった。


「まさか、男性の部分を切りおと──」


「切り落とさないわ」


 私の予想は、食い気味に否定された。

 私たちは少し準備をして、国境沿いへと向かった。

 殿下の考えた方法は、はたしてうまくいくだろうか……。


 私たちが身体検査される番になった。

 私は問題なかった。

 そして殿下の方は……、なんと、体にすら触られなかった。

 まさか、殿下の考えていた通りになるなんて……。


 私たちはそのまま、国境を越えて、隣国へと足を踏み入れた。


「うまくいきましたね!」


 私は喜びの声をあげた。


「ええ、そうね。これでもう、追手も気にする必要がなくなったわ。……さて、目的を果たさせたわけだから、あなたと共に行動する理由がなくなってしまったわね」


「……え?」


 私は殿下の言葉に驚いて、言葉が続かなかった。

 足を止め、ただその場に立ち尽くしていた。


「でも、あなたと過ごした時間は、今まで経験したことがない刺激に満ち溢れていて、とても楽しかったわ。よろしければ、これからも、私と一緒にいてほしいのだけれど、ダメかしら?」


「ダメじゃありません! 私も、殿下と過ごす時間は、本当に楽しいです! これからも、一緒にいましょう!」


 私は嬉しくなっていた。

 殿下と、これからも一緒にいることができる。


「よかったわ、そう言ってくれて。これからも、よろしくね」


 殿下は笑顔でそう言った。


「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします。さて、行きましょうか」


 私も笑顔になって、殿下が座っている車椅子を押し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妹に婚約者を奪われて家を出た私は、なぜか王子に溺愛されることになりました。一方、私から何もかも奪った妹たちは…… 下柳 @szmr

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ