第20話

 どうして、このタイミングで兵が現れるの?


 最悪のタイミングである。

 こんな状況になった言い訳を、何とか考えなければいけない。

 兵の人は、倒れている人たちの状態を見ている。


 まあ、でも、考え方によっては、この状況も最悪とまではいかないかもしれない。

 殿下が彼らを倒している現場を、直接見られたわけではないのだから。

 うまく言い訳をすれば、この場を切り抜けることができる。


「エミリーさん、何かうまい言い訳は思いつきましたか?」


 私は殿下に尋ねてみたのだけれど……。


「怯えているふりをして、ひたすら黙っている以外には、何も思いつかないわ」


 というのが殿下の返答だった。

 うーん、黙っているだけでは、さらに怪しまれる可能性が高いような気がする。

 まあ、余計なことをしゃべらずに済むので、墓穴を掘る心配はなくなるけれど……。

 あぁ、いったい、どうしたらいいの?


「全員、腹部に痣ができて気を失っていますね。いったい、ここで何があったのですか?」


 兵が質問してきた。

 しかたがない。

 とりあえず言い訳をしよう。


「えっと……、私たち、雑技団の曲芸を見ようと思っていたのですが、道に迷ってしまって、ここまで来てしまったのです。それで、ここに来た時には、男の人たちが集まって、何かしていました。私たちは物陰に隠れて、その様子を見ていたのです。そうしたら、彼らは何をしていたと思います?」


「いったい、何をしていたのですか?」


「彼らは、仲間同士でお腹を殴り合っていたのです。自慢の腹筋があれば、お腹を殴られても平気だと言い張っていて、それなら試してやるよ、という感じでお腹を殴っていました。そして、最初は確かに、お腹を殴られた人は平気な様子でした。笑う余裕すらあるくらいでした。しかし、殴っていた方はそれが癪に障ったのか、みぞおちを思いっきり殴ったのです」


「みぞおちを殴ったのですか……」


「ええ、それで殴られた方は、みぞおちは反則だろう、と言って怒りました。そして、殴った人のみぞおちを殴り返したのです。すると、その人は気絶してしまいました。それで、倒れた人のお友達がやり過ぎだろうと怒って、その人のみぞおちを殴ったのです。そして、殴られた人は気絶しました。すると、その倒れた人のお友達が怒りだしました。そこからは、次々と仲間が加勢して、気付けば乱闘状態でした。皆が一心不乱にみぞおちを殴りつけ、一人、また一人と気絶していきました。そうして、このような状態になったのです」


 自分で言いながら、そんなうまい話があるかと思ったけれど、言い出したら止まらなかった。

 はたして兵の人は、この話に納得してくれるのだろうか。

 もしダメだったら、どうしよう。

 

 今のところ、彼のみぞおちを突くくらいしか思いついていない……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る