皇太子殿下との出会い
第5話 デビュタント
デビュタントの日、テラは初めて化粧をした。化粧といっても薄く紅が付いた程度なのだが、テラの美しさを輝かせるには充分であった。
いつもよりも華やかなドレスと、小さな白い花を散りばめたかの繊細な髪飾りは、テラの白く透き通るような肌と輝く金色の髪を映えさせ、まるで咲きはじめた可憐な花のようである。
「やはり僕のテラは美しい。天から舞い降りてきた女神様みたいだよ」
「だから、お兄様そのような言い方はおやめ下さい」
「いや、今日ばかりはシリウスの言葉も的を得ている。テラはシェリーに似て本当に美しいレディだ。テラもシェリーの時と同じくデビュタントの中で一番の美しさだと私は思うね」と、寡黙なキリア伯爵らしからぬ言葉が発せられた。
「まあ、あなたったら。」と言うと、シェリーは若干頬を赤く染めながら夫であるキリア伯爵と見つめ合った。
その様子にテラは前世とは全く異なるタイプといえる両親の元に生まれたことを、とても幸せだと感じた。前世の両親の関係は冷たいものだった。
「本当に仲がよろしいですね。ちなみに本日の主役はテラなのですが、」
そのシリウスの声に二人ははっとして我に返ったようにテラを見やった。
「そ、そうだわ、テラ。」と言い、シェリーは薄紅色のドレスを着たテラに首飾りを付けてやりながら話を続けた。
「これは私がデビュタントの日におばあ様から譲り受けたの。遠い昔から娘へと代々受け継がれてきた品よ。だから、きっとあなたを守ってくれるわ。」
その飾りの中心には太陽のような橙色の石、周囲には水色と緑、そして小さな赤い石が配され輝いている。テラはその首飾りに触れると自然界のエネルギーを感じた気がした。
もしかしたらと期待を胸に、そっと鏡を見た。
だが、額の家紋には相変わらず光は無かった。
テラはシリウスのエスコートで宮廷に赴きこの日のために新調したドレスの裾をなびかせながら一曲目を踊ったが、周囲からの視線を痛いほどに感じた。
「お兄様、ご令嬢達からの視線が刺さる様ですわ」
「う~ん、ご令嬢ばかりではないが、気づかないか」
「えっ、何をですか」テラは、ステップを踏みながら軽く首を傾けた。
「いやあ、テラを…」
シリウスの言葉を遮るかのよう曲が止んだ。
「しまった」
曲が止むと同時にシリウスは、令嬢たちに取り囲まれてしまった。どの令嬢も麗しのシリウスとのダンスを望んでいるのは一目瞭然だった。
「お兄様、どうぞダンスをお続けください。私は庭園におりますので」
「テラ、待って」と、背後から慌てたシリウスの声が聞こえたが、テラは気に留めることなく軽やかな足取りでその場を後にした。
テラはデビュタントの決定事項である陛下への挨拶と一曲目のダンスを無事に終え開放感に包まれていた。
「やっと、終わったわ」
両腕を広げて深呼吸をすると、少し冷たい外気が体の隅々までに届きスッキリとした。
「でも、やはり少し冷えるわね」と、テラは腰に巻かれたリボンを外し首元に巻いた。
「ふふっ、誰もいないからいいわよね。前世のスカーフの代わりだわ」
所々に灯されたオレンジ色の明かりに導かれるように一人で物想いにふけながら歩みを進める。
今日はセシリア様も皇族としてのデビュタントだから初のご公務。だから、私などには、かまっていられない。お兄様だって他のご令嬢達との交流が必要だわ。私のお義姉様になられる方も見つけていただかなければ。本当はセシリア様と結ばれてくださったら、とても嬉しいのだけどそれは難しいかしら。
私自身といえば実のところ幾人かの視線を感じたけれど、それが好意的なものなのかどうかはわからない。それに普段から美形のお兄様を見慣れているせいか他の男性に興味は湧かないわ。デビュタントは出会いの場でもあると言われるけど自分には関係のないこと。どうせ光を持たない私に縁談はこないでしょう。だから、デビュタントホールは何だか居心地が悪かったのよね。別に結婚したい訳でもないし、私は今のままで十分に幸せだから。
突如、テラの思考を止めるように轟音が響き木々が枝葉を揺らした。
「きゃっ、なんて風なの」
不意の突風に首に巻いていたリボンが首飾りと共に宙を舞った。テラは首元に手を当ててみたが、そこに触れるはずの物が無いことを確認するとドレスの裾を持ち上げて走り出した。
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