ぼくの真綿について
mee
1
その雪が、ぼくにはまるで紙吹雪のように見えたんだ。
*
サンタクロースは空想上の存在で、ユニコーンやホイミスライムと同じようにこの世界には一切存在しないものだって気が付いたのは、いくつの時だったろうか。サンタに関するぼくの最古の記憶――プレゼントをもらった、受け取った、とか、そういうのじゃなくて、サンタという概念に対するぼくの最古の記憶は、小学二年生の時にまで遡る。
冬の昼。机を四つずつくっつけて、板チョコみたいに小分けにされた教室。ぼくたちは放送室から垂れ流される音楽を聞きながらカレーライスを食べている。同じ班の子どもたちはおとなしい子ばかりで、食事中はとくに喋らない。喋ってくれた方がありがたいのに。だからぼくはぼんやりと興味のない放送に耳を傾けている。たまに放送部の人がぼそぼそと喋っているのだが、マイクの調子が悪いのか、BGMが大きすぎるのか、全てを聞き取ることは難しかった。
教室中のざわめきと、スピーカーから流れている音楽と、窓を叩く風の音と、向かいの女の子がスプーンをかちゃかちゃと皿に当てる音と。騒がしいのは嫌いではなかった。それぞれに均等に注意を払っていれば、どれについても深く考えないでいられた。そのはずだった。隣の班でとつぜんサンタクロースのことが話題に上がるまでは。
まず最初に聞こえてきたのは「ほら、でも、この話ってダメだろ」というひそひそ声だった。この時点では、ぼくはその話題に興味を惹かれることはなかった。何の話をしているのかすら掴めていなかった。だから引き続き、スピーカーから落ちてくる放送の音を聞いたり、窓のほうからする風の音に耳を切り替えたりしていた。テレビのリモコンでチャンネルをぽちぽち変えながら、面白い番組はないだろうかと探すようなものだ。
『では、次は今年一番流行っているあの曲をお届けします』思いのほか強い風が、外でゴミ箱かなにかを転がしている。「どうして?」『わたしはこの曲のイントロがとても好きで』「ニンジンほんと嫌い」『良いですよね』「何もらうか決めた?」「俺食べれるよ」「今年はまだかな」運動場の隅っこで飼っているニワトリの鳴き声がする。「信じてるやつだっているかもしれないからさ」
ぼくは意識を隣の班に切り替えた。
「いるかあ、まだ信じてるやつ?」
その直後、「なんのこと?」と女の子が言った。それまでに聞こえていたいくつかの言葉を並べて考えれば、話題の中心にサンタクロースがいたことも、彼女がなにも知らないことも明白だった。ちらりと彼女の方を見ると、ついさっきまで手に持っていた風船が空へ飛んで消えていってしまった子どものような、呆然とした表情をしていた。ぼくは目を閉じた。
なにひとつ、ぼくのせいではないのに、とてつもなく悪いことをしたような気持ちになってしまう。目を開ける。くすくすと笑い声がした。多分、その頃のクラスでは、サンタを信じている子どもと信じていない子どもとが、半分半分ぐらいで混ざり合っていた。ぼくは自分が「サンタはいない」と気づいた時の衝撃を覚えていないのに、他人のサンタの空想が今まさに破られんとした時の胸の痛みのことは忘れがたい。
とても、忘れがたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます