12月18日

mee

1


 その雪が、ぼくにはまるで紙吹雪のように見えたんだ。


 *


 サンタクロースは空想上の存在で、ユニコーンやホイミスライムと同じようにこの世界には一切存在しないものだって気が付いたのは、いくつの時だったろうか。サンタに関するぼくの最古の記憶――プレゼントをもらった、受け取った、とか、そういうのじゃなくて、サンタという概念に対するぼくの最古の記憶は、小学二年生の時にまで遡る。

 冬の昼。机を四つずつくっつけて、板チョコみたいに小分けにされた教室。ぼくたちは放送室から垂れ流される音楽を聞きながらカレーライスを食べている。同じ班の子どもたちはおとなしい子ばかりで、食事中はとくに喋らない。喋ってくれた方がありがたいのに。だからぼくはぼんやりと興味のない放送に耳を傾けている。たまに放送部の人がぼそぼそと喋っているのだが、マイクの調子が悪いのか、BGMが大きすぎるのか、全てを聞き取ることは難しかった。

 教室中のざわめきと、スピーカーから流れている音楽と、窓を叩く風の音と、向かいの女の子がスプーンをかちゃかちゃと皿に当てる音と。騒がしいのは嫌いではなかった。それぞれに均等に注意を払っていれば、どれについても深く考えないでいられた。そのはずだった。隣の班でとつぜんサンタクロースのことが話題に上がるまでは。

 まず最初に聞こえてきたのは「ほら、でも、この話ってダメだろ」というひそひそ声だった。この時点では、ぼくはその話題に興味を惹かれることはなかった。何の話をしているのかすら掴めていなかった。だから引き続き、スピーカーから落ちてくる放送の音を聞いたり、窓のほうからする風の音に耳を切り替えたりしていた。テレビのリモコンでチャンネルをぽちぽち変えながら、面白い番組はないだろうかと探すようなものだ。


『では、次は今年一番流行っているあの曲をお届けします』思いのほか強い風が、外でゴミ箱かなにかを転がしている。「どうして?」『わたしはこの曲のイントロがとても好きで』「ニンジンほんと嫌い」『良いですよね』「何もらうか決めた?」「俺食べれるよ」「今年はまだかな」運動場の隅っこで飼っているニワトリの鳴き声がする。「信じてるやつだっているかもしれないからさ」


 ぼくは意識を隣の班に切り替えた。


「いるかあ、まだ信じてるやつ?」


 その直後、「なんのこと?」と女の子が言った。それまでに聞こえていたいくつかの言葉を並べて考えれば、話題の中心にサンタクロースがいたことも、彼女がなにも知らないことも明白だった。ぼくは目を閉じた。

 なにひとつ、ぼくのせいではないのに、とてつもなく悪いことをしたような気持ちになってしまう。目を開ける。くすくすの笑い声がした。多分、その頃のクラスでは、サンタを信じている子どもと信じていない子どもとが、半分半分ぐらいで混ざり合っていた。ぼくは自分が「サンタはいない」と気づいた時の衝撃を覚えていないのに、他人のサンタの空想が今まさに破られんとした時の胸の痛みのことはとても忘れがたい。

 とても忘れがたい。

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