第一話 錬金術師の少女

出会いの朝

    ψ


 わたしは騎士団員であり友人でもある、ベルファミーユとともに城下町を並んで歩く。


「本日も皇帝陛下の御威光が街を照らしておりますね、フィオ。」


 彼女は片手をかざして、王が崇拝する太陽を見上げた。


「そうね。少し日差しが強すぎるわ。」


 陽の明るさに目を細めながら、街を見渡す。



 王政国家中央部都市の街並みは、大陸の先進国でありながら石造りの歴史を感じる建造物が多い。

 蒸気機関の発達や普及が進む中でも、郷愁的な雰囲気をかもし出している。



 これは単に歴史的遺産を保護する観点からだけではない。


 長い時間をかけてつちかわれた文化や精神を視覚的に残すことによって、絶対王政レタ・セ・モアに対する従属や誇りを人々に更新させ続けているのだ。


 それは、わたしの隣にいる一つ歳下の少女の所属する、王立騎士団にも同じことが言えた。



 王政国家都市の軍事力は大陸の中でも上位を確立し、銃火器や戦車などの兵器を配備しながらも、軽装の鎧に剣や槍を持たせ『騎士団』を名乗って兵士達を率いているのだから。




 やがて、ベルファミーユの配属されている駐屯所に到着すると、応接間に通された。


「ここで少し待っていてください。今、分隊長どのを呼んできますので。」


 そう言って部屋から出て行く彼女。


 わたしは軽いため息をつきながら、手近なソファーの端に腰を落とす。

 中庭の見える広めで小綺麗な室内に昼の陽気が差し込む。



 ……眩しい。


 手元に何かさわれる物が無いことも落ち着かない。

 わたしはそわそわと太ももを擦り合わせる。


 誰かを待つことほど、時間の流れが遅く感じることはない。

 錬金術の実験や作業でも待ち時間はあるけれど、それとは全然わけが違うのだ。


 呼び出すのがわかっているのなら、あらかじめ待っていてほしい。


 そんなことを考えていると、ようやく部屋の扉が開かれた。




 目の前に現れたのは、わたしより頭二つ分は背の高い鋭い目つきの男性。

 肩ほどの青みがかった長めの黒髪を後ろで一つに結んでいる。


 わたしは立ち上がりかけて、彼に手で制される。


「待たせて申し訳ない、そのまま座ってくれ。おれは王立騎士団第十八分隊、隊長を任されているマトだ。よろしく頼む。」


「わたしはフィオナーレ。王政国家の正式な錬金術師よ。」


 王立騎士団は規模が大きいために、肩書きを言われてもピンとこないが名前は覚えやすそうだ。

 淡々とした彼の後ろから、ベルファミーユが顔を見せた。


わたくしめの配属された第十八分隊は新しく編成されたばかりなのであります!」


 二人は揃ってソファーに座り、わたしと向かい合う。

 きっとすぐにでも仕事の話が始まるのだろう、もじもじと居住まいを正した。


「フィオ、トイレを我慢しているのですか?それなら部屋を出て右に……」


「ち、違うわよ!変なこと言わないで、ベル!」


 初めて会う人とは第一印象が大事なのだ。

 女子供だからといって、甘く見られないようにしないといけない。

 それは五年前に、錬金術師として王政国家中央部都市に訪れた時に学んだこと。


 わたしと彼女のやり取りを冷静に見つつ、マトと名乗る分隊長は口を開く。


「今回、おれ達が任務を遂行するにあたって、錬金術師である君の力を借りたく、ここへ来てもらった。……こんなに若い少女だとは思わなかったが、実力は確かだと評判に聞いている。」


 ……別に彼がわたしを名指しで指名した訳ではなくて、単にベルファミーユがわたしを引っ張ってきただけらしい。

 そう思い至った途端、急に帰りたくなってきた。


「……それで、どんな仕事なんでしょうか?」


 ともあれ、まずは話を聞かなくてはならない。


「実地調査だ。王政国家中央部都市より西側方面に広がる深い森、その奥には古びた砦も見つかっている。」


「森の周辺はちょうど隣国の宗教国家都市、東部地区との境目近くなのです。危険はないと思いますが、少人数での部隊で任務にあたります!」


 そして、提示された報酬は相場より高めの悪くない金額だった。

 フィールドワークか……仕事ついでに個人的な採取もして、手早く終わらせてしまおう。



 軽く目算を立てて、わたしは了承した――

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