天蓋孤独の狂想曲~カプリチオ
黒乃羽衣
プロローグ
ψ
わたしは一人、薄暗い部屋の真ん中に座り込んでいた。
ぺたんとアヒルのように。
まるで幼い女児の座り方だが、周りには誰もいないし楽な姿勢なので気にしない。
周囲には積み重なった本や空き瓶、金槌など様々な道具が雑多に転がっている。
床に置いて開いた厚めの本を膝元で押さえながら、近くの小さな机へ手を伸ばす。
所狭しと実験器具や鉱石、特殊な薬が並ぶ中で迷わず選んでいく。
わたしの名前はフィオナーレ。
王政国家に仕える錬金術師で、十五歳になったばかり。
両親は王政国家都市の辺境の田舎に住んでいて、わたしは一人で中央部へ出て来ているのだ。
この国が力を入れている錬金術の研究や仕事はとてもお給金が高く、両親に仕送りをしながら暮らしてもう五年が経つ。
周りの人達や錬金術の仲間からは天才少女だと言われているようだけど実感は無い。
今も城の近くに借りている部屋で実験をしている最中だった。
右手にはフラスコ、左手には試験管。
どちらにも無色透明な液状の薬品が入っている。
分量は、試験管が一に対してフラスコは三だ。
それを目の高さに
二つの薬品はゆっくりと混ざり合い、紅茶のような
これは、ほとんどのあらゆる鉱石……金すらも溶かすことが出来る『王の水』だ。
王。
全ての頂点に君臨するもの。
わたしは一瞬だけ、実験から思考を逸らす。
大陸で一、二を争う大きな王政国家都市。
それは文字通り、王が国を独裁する
王は天に昇る太陽を崇拝し、それを信仰すべき国教とした。
国家の権威を一身に背負う皇帝の大いなる野心は、大陸の平和という大義名分を振り
特に、隣国である宗教国家都市とは何十年も長らく戦争を繰り広げてきた。
隣の国もまた、わたしの住む王政国家都市とは大きく異なるものだった。
国家の中心となるのは教会で、『聖なる教』という宗教を国教として掲げている。
聞いた話では、巫女神官と呼ばれる七人のシスターが権威を持って、管轄の地域を統治しているとのことだ。
そんな両国も十年前に戦争で大きな被害を出して、今は休戦状態にある。
……小競り合いのような戦闘は頻繁に起きているみたいだけど。
わたしは王政国家側の人間ではあるけれど、少人数の限られた狭いサークル――いわゆる秘教に属していた。
信仰するのは秘伝的、奥義的に継承される確かな知識であり、天に昇る太陽や
秘教に組みする錬金術師達が崇拝し、求めてやまないもの。
それは人を
最終的には金属に限らず、様々な物質や人間の肉体や魂をも対象として、それらをより完全な存在に錬成するのが錬金術師の悲願といえる。
フラスコの溶液が完全に混ざり合うと、机から瓶詰めにされた砂金を手に取って流し入れる。
金が溶け出す反応はすぐに起こり始めた。
健康に害を為す有害な気体が発生するので、
この砂金は溶解と加熱を繰り返すことで、極細の赤い結晶が錬成されていく。
用途は触媒、工業や医療の加工材料から装飾品と幅広い。
その万能さから『竜の血』とも呼ばれている。
不意に、開けてある部屋の扉が二回叩かれた。
「フィオ、お邪魔してますよ。」
そこに立っているのは明るい茶髪を両サイドにまとめ上げた、軽装の鎧とドレスを合わせた衣装の少女。
わたしより一つ歳下の十四歳で、少しだけ背の高い彼女の名前はベルファミーユ。
「暗いところで作業してたら目を悪くしますよ。こんなに部屋も散らかして。足の踏み場がないじゃないですか。」
大して怒った風でもなく軽い口調だ。
挨拶代わりのつもりなら、もっと気の利いたことを言ってほしい。
「今は実験中だから仕方ないのよ。それにちゃんとどこに何があるのか覚えているわ。これが一番良い配置なの!」
わたしは彼女に目もくれず、フラスコを揺らして金属融解の経過を観察しつつ言葉を紡ぐ。
「ベル、用事はなに?急ぎじゃないなら話しは後にして。」
「大丈夫。きちんとした仕事の依頼ですよ!
何が大丈夫なのかはさっぱり分からないけれど、仕事だというのなら聞かなければならない。
王政国家に仕える身として、ベルファミーユの所属する王立騎士団はお得意様の顧客でもあるのだから。
わたしはフラスコを机の上に置いて、ゆっくりと彼女に振り返るのだった。
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