華月堂の司書女官~後宮蔵書室には秘密がある~【web版】

桂真琴

其之一 『花草子』

序 まほろば

 昔々、神が世界を自由に行き交っていた頃。

 天界から神龍が降りて生じた、小さな島国があった。


 その名は、龍昇国。


 国の中央には天を突く晶峰山、その頂からは、一筋の滝が滔々と流れ落ちる。

 神龍が姿を変えたと言い伝えられる龍昇ノ瀧。国の象徴であり、源であるとされている。


 その瀑布の反対側、晶峰山とあたかも一体となったようにそびえる堅牢壮麗な建造物があった。


 龍昇国の帝が住まう、宝珠皇宮だ。


 南に皇城、北に後宮。

 皇城は百官が公務を行う場所。

 後宮は神龍の子孫たる帝の住まいであり、帝をはじめ皇族、官吏、あまたの女官の仕事と生活の場でもある。


 その後宮の中心、吉祥宮。とりわけ壮麗な殿舎が立ち並ぶ、美々しい宮だ。

 中でも、四季殿と呼ばれる殿舎群は、四貴妃と呼ばれる皇貴妃候補の姫が入内する殿舎で、ために吉祥宮は女人ならば誰でも憧れる絢爛豪華な場所である。



 そんな吉祥宮の片隅に、煌びやかさとは無縁の小さな建物が佇んでいた。



 塗りっぱなしの茶けた壁、装飾のない屋根や欄干。

 修繕や手入れはされており、清潔ではあるが、およそ煌びやかな吉祥宮にそぐわない地味で素朴な建物。

 唯一、扉には見事な幾何学模様の意匠が凝らされている。

 その扉を開くと――


 本がぎっしり、つまっている。


 壁は、窓を除き天井まで書架。

 室内は人の背丈ほどの書架がきっちり等間隔で並び、その間が通路になっている。

 採光と湿度を適度に保つために窓高い位置に並び、室内は少し薄暗い。

 その室の隣には、官吏用の事務卓子が二つ、応接用長椅子が一組でいっぱいになってしまう、小さな事務室。

 皇城にある蔵書閣や蔵書楼のような立派な建物でもなく、ゆえにここは蔵書室と呼ぶにふさわしい、ささやかな場所だ。

 

 けれどもここには、古い紙の匂いと共に「温もり」があった。


 それはここが、誰にでも開かれた場所だからかもしれない。

 老いも若きも貴尊も卑賤も、書に親しみたい者は誰でも訪れることができる場所。


 古人曰く、華に遊び月に歌うがごとく自由に書を紐解くべし――


 故に、この建物を華月堂と呼ぶ。








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