第20話 創作の誓い


 合宿からお盆休みを挟み、一週間が経った。

 部活は明日から再開となる。

 練習再開の前に、俺からの発案で、学校近くのファミレスに河織と集まった。

 久々の脚本会議である。


 それで、完成した脚本を見てもらって……


「えっと、ハル?」

「……ぐふっ」


 河織の容赦ない講評に、ボコボコにされていた。


「もしかして自分、やりすぎちゃいました?」 

「忌憚なき意見を、ありがとうございます……」

 

 今までとは違い、今回は少し自信があった分、ダメージが大きかった。

 思わず、テーブルに突っ伏してしまう。


 でも、こうしてズバズバ言ってくれる河織は、とてもありがたい存在だ。

 河織は思っていることを言っているだけ。

 それは、河織は俺の脚本に真摯に向き合ってくれている証拠でもある。

 

 そうだとしても……。


「でもでもっ、以前より格段に面白くなったのは確かですっ!」

「……ほんと?」

「はいっ! そもそも前のは脚本と呼べるほどのクオリティではなかったので、大進歩です!」

「…………」


 フォローは下手すぎなんですがそれは。

 わざとなのか? わざとなのだろうか?


「それに、この脚本には、ハルがいました」

「…………?」

「ハルの考えていること、やりたいこと、秘めている想い、そんなハルの全てが、物語を通して伝わってきました」

「そ、そうかな?」

「はいっ!」

「……そっか」


 河織の元気のいい返事を聞いて、心の中でガッツポーズをする。

 だって河織の言ったことは俺が一番気になっていたところだったからだ。

 他がどんなにダメでも、それだけは譲れないものだ。 


「それにしても、ハルは変わりましたね」

「変わったって? 脚本のこと?」

「いえ、それも含めて、っす。なんか、今のハルはやる気に満ち溢れているといいますか、うおーっ! って感じです」

「はははっ、なにそれ?」


 河織が両腕で力こぶのジェスチャーをするもんだからおかしくて笑ってしまった。


「でもまあ、そうだね。河織の言う通りだよ」

「やっぱり、この前の合宿が、きっかけっすか?」

「……そんなにわかりやすいかな?」

「はい、すっごく!」


 力強く言いきられてしまった。

 なんか、何もかも見透かされているようで、気恥ずかしい。


「だって、ハルの演技すっごく良かったですから」

「そっ、そうだった?」

「やっぱり、わかりやすいっすね」

「…………からかわないでくれ」

「えへへっ、いやっす!」


 河織は無邪気な笑顔を浮かべ、さらっとそんなことを言う。


 やめてくれ、ただでさえ俺にいじわるな人はたくさんいるってのに。


 そんな願望は聞き入れられず、河織は追い打ちをかけてくる。

 

「自分の演技を人に褒められて、嬉しくなっちゃったんすよね?」

「ぐっ……」

「それで舞い上がっちゃって、いてもたってもいられなかったんすよね?」

「うぐっ……」

「そんな気持ちをまた味わいたくて、こうして勢いで脚本にしちゃったんすよね?」

「……ええそうですともっ! 全く持ってその通りだよ! よくご存じで!」


 見透かされているのは、気のせいではなかった。

 伝えたいこと、とか、使命とかそんな高尚なものはなく。

 俺の原動力は、もっと俗っぽいものだった。


「そりゃあ、わかりますよ。自分と同じですから」

「え?」


 そして河織は、にやりと口角を上げる。


「ふっふっふ、ハルも創作の魔法にかかったようっすね」

「創作の魔法?」

「はいっす。それは一度かかったら最後、一生戻ることのできない魔法っすよ。どんなに苦しくても、どんなに恥ずかしくても、創作をやめることができなくなるんです」

「……なにそれ、魔法というより呪いじゃん」

「そうっすね、呪いかもしれません、ふふっ」

 

 言葉とは裏腹に、河織笑った顔には、そのことを誇るかのような、清々しさ感じた。


「自分の恥ずかしい妄想を誰かに見て欲しくて自分からもがき苦しむ。周りからはイタいと思われるようなことも平気でやっちゃう」

 ぽつりぽつり、と呆れたような声音で呟く。


「変態っすね、自分たち」


 えへへっ、と誤魔化すかのように笑う。

 そんな河織の笑顔につい見惚れてしまった。


 そして、河織は大袈裟に両手を広げ俺に語り掛ける。


「ようこそ! 創作の世界へ! 自分と一緒に恥ずかしいこと、しましょう?」

「…………」


 河織の眩しい笑顔を見つめたまま、じっと見つめる。

 言っていることはなかなか酷いことだったが、河織と一緒ならそれも悪くないと思ってしまった。


「何か言ってくださいっす……」

「ああ、ごめんごめん」


 流石の河織も恥ずかしくなってしまったようで、顔を赤くしながら尻すぼみな声をだす。


「えへへっ、こんな恥ずかしいこと言ったのハルが初めてっすよ」

「あっ、流石の河織も恥ずかしかったか」

「ちょっと、それどういう意味っすか?」


 恨みがましそうな視線を向けてくるので、河織と目が合う。


 そのまま、何を言うでもなく数秒。

 押し寄せる感情に耐え切れず同時に噴き出す。


「えへへっ、おかしいっすね」

「ははっ、おかしいな」


 今まで以上に河織の事を近くに感じる。

 この心地よさは、前に河織が言っていた同志の絆、っていうものなのかもしれない。


「さあ! これからじゃんじゃん書きまくりますよ!」

「まだ文化祭も終わってないのにもう次の話?」

「勿論です! 自分とハルは真の同士になった訳ですから、ハルにも付き合ってもらいますよ?」


 いい意味で遠慮のない河織の言葉からは、河織が本心で喜んでいることが伝わってきた。

 だが、そんな河織に、ちょっと最悪感を感じながらも、俺の想いを打ち明ける。 


「いや、俺はしばらく脚本を書くつもりはないよ」

「えっ……」


 さっきの身を乗り出さんばかりの興奮した様子はどこへ行ってしまったのか、河織の目から光が失われていく。

 

「俺は、役者を続けてみたいんだ」

「…………」


 河織は口を閉じたままなので、言葉を続ける。

 

「俺には憧れの人がいて、その人に近づきたくて、演劇部に入ったんだ」


 憧れの人の話を自分からしたのは、初めてだった。


「合宿で主役をやって、河織に言い当てられた通りそれが楽しくって。それに、俺がその人に憧れた理由が掴めそうな気がして」


 河織になら、話してもいい、いや、話したいって思った。


「だから、今はいろんな役をやってみたいって思ったんだ」

「憧れの人、っすか……」


 河織はそう呟いて、黙ったままじっと俺を見つめると、


「……つまり、ハルはうらぎりものってことっすね?」

「え」


 なんか思った反応と違って、固まる。


「…………自分をその気にさせたくせに、恥ずかしいことも言わせたくせに」

「あ、いや、そういう事じゃなくてね」

「…………ヘタレ」

「だから聞いてって!」


 キッ! と目元に涙を溜め、睨みつけてくる河織。

 それをなんとかなだめようとする。


「えっとね、脚本を書くのも楽しいんだけど、俺は役者の方をやってみたいなーって、ね?」


 それでも河織はじーっと俺を責めるような目を向ける。


「ふーん? ふーん? ハルは役者の方に浮気するすか、そうっすか、同志でよきライバルだと思ってたのに、今日でオリハルコンビも解散っすね」

「ちょっと今日の河織のテンションおかしいよ?!」


 いつもより、なんかちょっと、めんどくさい。

 でも、それがかわいいと思ってしまうの罪だろうか?


「えへへっ、ごめんなさいっす。ちょっとやりすぎました」

「勘弁してよ……」

 

 河織の言葉を聞いて、ほっと胸を撫でおろす。

 本気で怒っているのかと思って心配した。


「でも、ちょっと残念だったのはほんとうっすよ?」

「うっ……。それは、ごめん」

「えへへ、ちょっとだけ罪悪感持ってもらいます」

「許すわけじゃないの?!」


 いや、やっぱり怒ってるっぽい。

 それにしても、なんというか怒り方も潔いというか、正直というか、河織らしいというか。


「でも、ハルの気持ちはすごくわかっちゃいますから、許しちゃいます。だって、憧れ、っすもんね?」

「河織も憧れたりするの?」

「えへへっ、ばれちゃいました?」


 河織は頬を掻きながらにへらっとした笑みを浮かべた。


「当たり前っすよ、自分もタチの悪い創作の魔法にかかっちゃってますから」

「やっぱりその言い方だと呪いのじゃん……」


 そこで、ふととある疑問が浮かび上がる。


「そういえば、河織はどうして演劇部を選んだの?」

「……? と言いますと?」

「ほら、河織って、役者ってより脚本の方に興味があるみたいだし、他に選択肢があるんじゃないの?」


 物語を書くだけならば、小説とか、マンガでもいい。

 むしろ、そういう考えになるのは自然ではないのか? 

 星蔵学園には、漫画研究会や、文芸部とかもあったはずだ。

 

 それなのに、どうして河織は脚本という演劇の一部になることを選んだのだろうか?

 

「ふっふっふー。ハルはまだまだっすねぇ」


 河織は、得意げな顔で人差し指を目の前で振る。 

 

「ハルはまだ経験がないのかもしれないっすけど、自分が創った脚本を演じてもらえるのって、結構嬉しいものっすよ?」

「そいうものなのかな?」

「自分では上手く伝えられない想いを託して、自分の代わりに伝えてくれるんです。嬉しいに決まってるっすよ」

「あっ……」


 河織の言っていることに思い当たる節があった。

 脚本家と役者の関係。

 想いを託し、それを伝える。


 それは、まるで俺と信長のようだった。


「そうだっ!!いいこと思いつきましたっ!」

「え、どうしたの?」


 一人物思いに耽っていたところ、唐突に河織がぽんっと手を打ち鳴らす。


「ハルは、役者をやりたいんでよね?」

「う、うん……」

「でしたら、自分が創った作品を、いつか演じてくれませんか? 自分が脚本を書いて、ハルがそれを演じる。それって素敵なことだとは思いませんか?」


 そして、河織は勝気な笑みを浮かべ、手を差し伸べる。


「それでそれで、いつか自分とハルの二人で、最高の作品を創りましょう!」

 

 突然の河織の提案。

 大きな夢を語る河織は眩しく、

 それはまるで舞台の一幕のようで。


 河織の勢いに流されるように、でも、確固たる意志を持って、その差し伸べられた手を受け取る。


「ああ、やろう」


 河織の手を強く握りしめると、その強さに比例するように河織の顔は笑顔になっていく。


「はいっ! オリハルコンビ再結成です!」

「ははっ、随分早い再結成だね」

「絶対ですよ、約束ですからね」

「ああ、約束だ」 

「でしたら、誓いの儀をやらないっすか?」

「誓いの儀?」

「はいっす。同志との約束をする時にすることです」

「アニメ、ドラマとかによくあるような?」

「ですです、そんな感じっすっ!」


 河織らしいなぁ。


「でも、どうしようか? 盃を交わすとか? 金打とか?」


 織田信長のこと調べてたからか、思考が戦国時代寄りになってしまっている。


「そうっすね、何か物に誓ったりするのが望ましいっす。キャラクターに目に付くような、日常的にあるものだと、ストーリーのターニングポイントになったりするので、いいっすね」


 なんか脚本講座みたいになってない?

 それでもまあ、なにか形があるものの方がいいというのはいいかもしれない。


「というと……。キーホルダーとか?」

「はい! ありがちっすけど、ありっすね!」

「あ、うん、ありがと……」


 無自覚だろうか? うん、無自覚だろうな……。

 ふと目に留まったのが、メニューの端っこにあるこのファミレスのマスコットのキーホルダーだった。レジの前で売ってるらしい。


「なに見てるんっすか?」

「ん? ああ、こんな感じのものかーって」

「あー! ぺっちゃんもっちゃん、っすね!」


 コイツそんな変な名前してるの?!

 なんか、よーく見たらなんかちょっと気持ち悪い見た目してんな。


「いいんじゃないっすか? このコにしましょう!」

「え? コイツにするの? そんな簡単に決めちゃっていいの?」

「いいんすよ、こういうので。探してた時に、このキーホルダーに出会った。そういうのが大切っすよ。カワイイっすし!」

「かわいい、だと……?」


 どうやら俺と河織の感覚はズレてるらしい。

 まあ、といっても代案もないし、持ち続けてたら愛着も湧くかもしれないし。


「そうと決まったら早速買いに行きましょー!!」


 こうして、俺らはお会計を済ませ、ファミレスを出ることになった。


  ※※※※


「準備はできたっすか?」

「うん」


 俺らは、ガチャポンをそれぞれ片手に持って、突き出している。


「じゃあ、いっせーの!」


 河織の合図で、同時にガチャポンの中身を取り出す。

 出てきたのは、さっきのファミレスのマスコット、ぺっちゃんもっちゃん である。

 生意気にも、コイツのキーホルダーは八種類あるらしいので、童心に戻った気持ちでガチャポンを回していたのだ。


 それにしても、うわぁ……。なんか思ったよりよくできてる。

 その分、なんか気持ち悪さが際立っているな。


 というか、今更になって恥ずかしくなってきたぞ。

 こんなやつをカバンとか、筆箱とかに付けなきゃいけないのか。バッグの内側とか、目立たない所につけよう。


「ハルはどのコが出ました?」

「ん? えっと……」


 キーホルダーと一緒に入っていた説明書を取り出す。


「あれ? どれでもない?」

「もしかして、シークレットっすか?」

「あ、そうかもしれない」


 説明書には、八種類の他に黒いシルエットしか載っていないシークレットというのがあった。 

 

 なんか、変なところで運を使っちゃったなー。


「うわー! ほんとっすね、いいなー」

「そんなに欲しいなら交換しようか?」


 ぶっちゃけ俺はどっちのでも良かったし、河織と俺は回す順番が違っただけだしな。


「こらっ、ダメっすよ? こういうのは運命的なのが大事なんっす。簡単に手放したりしたら」

「う、うん。そっか……」


 叱られてしまった。まあ、確かに交換したもので誓いを立てるってのもなんだか締まらないか。


「いやでも、お互い当てたものを交換してから誓いを立てるってのも、いいんじゃない?」

「………………」


 あ、黙った。河織の中で葛藤が生じているようだ。

 そのまま河織のことを放置していると絞り出すような声で、


「だめだめ……、ダメっす! このままで、このままで、いきましょう……」

「ほんとうにいいの? 交換するなら今しかないよ?」


 と俺は河織の前にぶらぶらとキーホルダーをちらつかせる。


「いじわるっすっ! ハルがいじめます!」

「あはは、ごめんごめん。なんか真剣に悩んでたから」


 むむむっと、頬を膨らませながら睨んでくる。


「さあ! さっさとやっちゃいましょう! 自分が心変わりする前に!」


 ちょっとちょっと、なんかおざなりになってない? 大事な誓いじゃなかったの?


 まあでも、なんか顔は真剣っぽいから、河織も……。

 いや? これは欲望を我慢してる顔か?


「じゃあ、そのキーホルダーを掲げましょう!」

「お、おうっ!」


 勢いに乗せられるまま、河織の掲げたキーホルダーに俺のキーホルダーを突き合わせる。

 そして、さっき二人で考えた誓いの言葉を口に出す。


「自分は脚本で」

「俺は役者で」

「夢を実現することを」

「ここに誓う」


 二人で口上を述べた後、事前に相談した合言葉を宣言する。


「「オリハルコンビ、最強!」」



 俺と河織のキーホルダーがかちゃり、とぶつかり合う。

 日が落ちかけあたりが真っ赤に染まる夕暮れ時、俺らの誓いの言葉が響く。


 そして、お互いの視線が合うと……


「……えへへっ」

「……あははっ」


 あーあ。やっちゃったよ。恥ずかしぃー。


 もう、こそばゆくって、顔が熱くって、口がにやけて。


「なんか、変な気持ちっすね……」

「う、うん……」


 きっと今日この瞬間の事は、今後一生忘れることなんてできないんだろうなー。

 

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