第17話 合宿2日目の夜②
そんな三上先生の発言にげんなりしていると、西田先生が矛先を向けてくる。
「茂上くんは合宿どうよ? 三上先生の班でしょ?」
「お、俺ですか……」
どう、と言われても。
真っ先に思いつく感想は……
だめだ、どれも三上先生に面と向かって言えることではないな。
思わず苦々しい表情をしてしまう。
そんな、俺のことを気にすることなく、三上先生が横やりを入れてくる。
「お前のお気に入りは特別待遇だ。主役にしてやったぞ」
「へぇ。茂上くん、主役なんだ」
特に西田先生の方は、とても嬉しそうににやにやしていた。
「ははっ、そりゃあいい。明日が楽しみだなぁ!」
いつもより上機嫌な西田先生。完全に酔っ払ってるな。
そんなことより、さっきの三上先生の発言について気になることがある。
「ちょっと待ってください。俺が主役に選ばれたのって、俺がこの人の教え子だから?」
「そうだと言っただろう」
三上先生の反応は若干刺々しいのは、同じことを何度も言わせるなってことだろう。
「俺になにか可能性を感じたとか、惹かれるものがある、とかじゃなく?」
「そんなわけないだろう」
「…………」
完全に贔屓じゃねーか!
読み合わせがオーディションの代わりで、公平に選びましたって感じを出してて。
どうして俺が主役に選ばれたんだろうってずっと疑問だったんだよ。
配役に大した理由とかないとは言ってたけど、なにか三上先生なりの考えがあるんじゃないかって、思ってた。
特に主役は、その字の通り劇の主であるのだから。
本当に大した理由じゃなかったよ。それなら主役が俺でも納得だよ。
うまくいかなくてくじけそうなときも、それでも、選ばれたんだから頑張らないとって、それが少し誇りでもあり心の拠り所だったんですが。
そりゃねえっすよ三上先生。
俺の知ってる大人の人は、テキトーな人ばかりだな。
「良かったねぇ茂上クン、僕のおかげで主役になれて。感謝してくれてもいいんだぜ?」
「…………」
テキトーな大人代表が俺に追い打ちをかけてくる。
一体誰のせいだと……。
「あっれー? 茂上くんは主役嬉しくないの?」
「当たり前ですよ! ほぼ初心者の俺がどの面下げて主役やれってんですか!」
といつもののノリで西田先生へと食って掛かってしまったが、
「なんだ? 私の決定に何か意見があるのか? 茂上」
「あ、いえ、そういうことでは……」
や、やりずれぇ……。
三上先生の言い方の圧が強いせいで、冗談なのか本気なのかわからない。
考えていることが読めない、ってのは隅田さんと同じだな。
なんか師弟の繋がりを感じる。
そうやって、三上先生の言動から隅田さんを連想していると、自然と思い出すのは今日の昼の出来事。
そこで、ふと魔が差してしまう。
もしかして、今が三上先生に聞くまたとないチャンスなのでは……?
でも、直接聞く程肝が据わっていないので、遠回しに鎌をかけてみよう。
「あーでも他に適任はいるんじゃないかって思っちゃったり? ほら前橋さんとか……、隅田さんとか」
その結果。
「含みのある言い方だな、茂上」
後悔した。
それきり三上先生は、無言。
そして今までにないくらいに凄い形相で睨んでくる。
まるで、己が敵を見定める武人のようだった。
怖い、すごく怖い。
慣れないことをするんじゃなかった早く帰りたい。
無言の三上先生。
委縮する俺。
焼き魚うまぁー! と呑気な西田先生。
そんな居酒屋の一席に流れるビミョーな空気の中、三上先生が意味深なことを呟く。
「……やはり、君だったか」
「……?」
「言っておくが、茂上。君に私の瑞希をやるつもりはない」
「……ん?」
なんだなんだ、急に三上先生が頑固おやじみたいなことを言い出したぞ。
瑞希とは、隅田さんの下の名前だから、きっと俺の言葉の意図は理解しているのだろうけど……。
「友人として交遊する分には構わないが、それ以上瑞希に踏み込むことは私が許さない」
「えっと、ちょっと待ってください。話が読めてこないんですが……」
「君は瑞希に興味があるのだろう? 瑞希にとって私が深い関わりがある人物と知って、探りを入れた」
「それは……」
目をそらす。後ろめたいので肯定はできない。
「では、君が瑞希のことをどうしてそんなに知りたい? ああ、いや答えは知っている」
俺が口を挟む間もなく、三上先生は言葉を続ける。
「君は瑞希に惚れているのだろう?」
「――!」
そんな三上先生の発言にぎょっとする。
「ちっげーしっ! 決めつけんなしバッカじゃねっ?! …………で、誰に聞いたんすか?」
「西田先生」
やっぱり! 知ってた!
俺のプライバシーは関係者にクラウドで共有でもされているのだろうか?
主に口の軽いアイツとアイツによって。
※※※※
そして、三上先生は怒涛の質問攻めをしてくる。
「それで君は瑞希とどれほど親しい? どこに惚れた? どんな関係を望んでいる? 君の返答によっては――」
「ああわかりましたから、そんな急に質問しないで下さい!」
もう三上先生は信じて疑わない。
これ以上取り繕うのも無駄だろう。
「ええそうですよ! 隅田さんのことが好きかは、ともかく気になってはいますよ! こっちだって聞きたいことはたくさんあるんですから!」
「……私と瑞希の関係についてどこまで知っている?」
「三上先生の劇団に小さい頃から入っている、と」
「それだけか?」
「三上先生に憧れてて、それなのに隅田さんの進路に反対、したって……」
「…………」
どんどん険しくなる三上先生の顔に比例して、俺の言葉も小さくなってくる。
だからなんか反応してくださいよ、ただでさえ怖いのに。
そんな懇願が届いたのか、三上先生の両眼が俺を射すくめる。
だが、ここで委縮してはいけない。
せっかくのチャンスなんだ。この機を逃すわけにはいかない。
「隅田さんはそのことを話してた時、悲しそうでした。隅田さんは三上先生のことを憧れの人で、そんな人に反対されて、きっと隅田さんは自分の全てを否定されたように思ったんだと思います」
「…………」
「どうして、隅田さんの将来を応援してあげられなかったんですか?」
三上先生は、口を挟むことなく俺の話を聞き、話し終わった後も暫く黙ったままだった。
そして、沈黙の間、俺の問いかけに対して用意した言葉が、
「私は君が嫌いだ」
「……えっーと?」
人に面と向かって嫌いなんて初めて言われた。
それもかなりガチっぽい。
ショックというかなんというか……、衝撃だ。
いや、やっぱりショックだ。なんか、今日の俺、嫌われてばかりじゃないか?
三上先生の発言はいろいろツッコミたいところだがそんなことより、一番気になるのが、
「えっと、それと今の話になんの関係が――」
「故に、君の質問に答えるつもりはない。答える必要性を感じない」
「……っ?!」
お、大人げない……‼
だが、三上先生に隅田さんのことを聞きだすことは絶望的ということなのは変わりない。
そのことは理解できる。
えー、俺の事嫌いってどーすりゃいいのさ……。
搦手を使う訳でもなく、あまりにも単純明快な理由。
こっから足掻く手段が思いつかない。
そんな絶望的状況から思わぬところから加勢が来る。
「三上先生~、そんなケチケチ言ってないで教えてあげたら?」
それは、いつの間にやら存在をすっかり忘れていた西田先生だった。
そして、そんな発言を予期していなかったのは三上先生も同じようで、訝しげな視線を西田先生に向ける。
「西田先生、私と茂上の話に口を挟まないでくれ」
「だって、パワーバランス的にちょっと茂上くん明らかに不利だし、可哀そうだなーって、ほら僕って教え子思いだし」
いいぞ! 一部は賛成できないけど、西田先生がこんなに頼りになると思ったのは初めてだ。
「西田先生はこの件に関して手を出すつもりはなかったのでは?」
「の、つもりだったんだけどねぇ。このままだと平行線になりそうだったから、このままじゃ、お互いメリットないじゃん? なによりつまらない」
「またそれか」
「僕は面白ければなんでもいいんだよ~」
うわ、すっごい苦々しい顔してる。あれは相当頭にきてるな。
西田先生に対する気持ちは三上先生と共感できそうだな。
三上先生はこめかみを抑えなら、大きくため息をついていた。
それにしても、三上先生が押され気味になっている、珍しい。やはり西田先生は誰にとってもウザい存在んだな。
「西田先生の言い分は納得はしたくないが、理解はできる。ここは西田先生に免じて君にチャンスを与える」
「は、はぁ……」
すっごい乗り気じゃないのはひしひしと伝わってきた。
「君の質問に一つだけ答えよう。そこが私の提示する妥協点だ」
そうきたか……。
人間多くの選択肢を与えられる程、選択に迷いが生じてしまう。
自由になればなるほど、自由にできなくなるなんて、なんて不憫な生き物。
それはともかく、俺が隅田さんについて聞きたいことなんていくらでもある。
だが、今までもやもやと考えていたのが嘘のように、自然と言葉が出てくる。
「聞きたいことはいろいろありますが、俺から質問はしません」
俺は、一つも選ばなかった。
「…………」
三上先生は、無言。
選択を、思考を、放棄した逃げの選択。そう思われたのかもしれない。
だが、俺は逃げた訳ではない。
「その代わり、隅田さんのことを応援してくれませんか?」
これが俺の出した結論。
隅田さんのために何かしたい、それが俺の一番の目的だ。
「隅田さんは三上先生に認めてもらいたくて、一番になるって言ってました」
それは、隅田さんが三上先生に否定されたから。
「それは隅田さんにとっては足枷となってると思うんです。隅田さんには、もっと自由に演劇をして欲しいんです」
今隅田さんの望みは、三上先生に認めてもらうこと。
きっとその目標が叶えば、隅田さんはまた自由に、好きな演劇をできる、はずだ。
さあ、三上先生の反応はどうだ?
「……やはり、ずれている」
ぎりぎり聞こえるくらいの言葉で、そんな独り言を呟く三上先生。
それは、俺に向けた言葉、ではないように感じた。
そして……
「ふむ、本当にいいのか? 瑞希が好みの異性のタイプ、誕生日、身長体重スリーサイズ、そのたもろもろ、瑞希の個人情報を合法的に入手出来るというのに」
「なん……だと…?」
その時俺の脳裏に浮かぶ、やましい考え。
確かに隅田さんのためになる、という事ばかり考えていたが、このまたとないチャンスを自分に使うべきではないのか?
ふむ…………。
「ってせっかくカッコつけてたのに台無しにしないでもらえます?」
いや、誕生日とかはともかくスリーサイズとかは聞いてもどうしようもないけどさ!
「それで、俺のお願いはきいてくれますか?」
「するわけがないだろう」
「えー」
いや、まあこっちだって何となく予想はしてた答えではある。
だが、一縷の望みにかけていたの事実。かなりへこむ。
「私は質問に答えるといったはずだ。君の指図は受けるつもりはない」
「指図って……」
「それに質問を放棄することが、私に頼みごとをすることの代わりになるのかが理解できない」
「ぐぅ。いやそれは、俺が三上先生を説得する交渉材料は何もないので、少しでも誠意をと……。それに、言うだけならタダだし」
ちょっとだけカッコつけたかった、って気持ちは無きにしもだけど。
「それは間違いだ。私は君のことがもっと嫌いになった」
「あちゃー」
逆効果だったみたい。
そして、俺への興味が失せたように、卓上の料理に箸を進めだした三上先生。
これ以上三上先生に何を言っても無駄かも知れない。
それでも三上先生と話すチャンスなんて滅多にないんだ。
減るものだって、俺の好感度くらいなものだ。
「あの、それでも俺は――」
「くどい」
一蹴されてしまった。
一言も満足に言いきらせてくれなかった。
「君の言っていることはまるで子供の我儘だ」
「ぐっ……。そりゃあ、三上先生と比べたら俺は子供ですが……」
「なんだ? 私は年増だと、君はそう言いたいのか?」
「そんなわけない、と分かってることにいちいち突っかからないでくださいよ」
顔に出ていないだけでかなり酔いが回っているのだろうか。
三上先生は俺のツッコミに気を悪くした様子はなく、脱線した会話を戻す。
「君の都合だけ私に押し付けようとする、それが子供だと言うのだ」
「…………」
何も言えない、その通りだ。だが……。
「それでも、あなたの一言があればいいんですよ。あなたが一言、認める、と言ってくれれば隅田さんは――」
「そんなに瑞希を救いたいと思うのならば、君が自分で伝えればいいだろう」
「……救うなんて、そんな大それたことは思ってないですけど。でも、俺じゃあダメなんです」
俺が自分の力で隅田さんの悩みを解決できたならばどんなによかったか。
「隅田さんが欲しいのは、三上先生の言葉なんです。隅田さんが憧れ、尊敬する人に認めてもらえる事に意味があるんです。なんにも持ち合わせていない、ただの同級生じゃ。彼女の心を変えるどころか、軽くしてあげることだってできない」
何を言うかじゃなくて、誰が言うか。
その言葉の意味を俺は身を持って感じていた。
己の無力さに呆れることは何度もあったが、今回で初めてそれを後悔した。
今まで努力とか、何か人に尊敬されるようなことをしてこなかった俺に。
俺の言葉に、俺の想いを伝えられる力はない。
「……それでも、ダメですかね?」
「何度だろうと、私の意見は変わらない」
同情も切り捨てる冷たい声音。
追い打ちをかけるようにぐさりと俺の胸に刺さった。
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