第16話 合宿2日目の夜①
合宿二日目はあっという間に過ぎ去り、活動時間が終了した。
とは言っても明日は合宿最終日で成果発表、本番がある、気は抜けない。
それはどの班も同じだと思っていたのだが、同じ部屋の人の話を盗み聞きした限りだと、どうやら浮いている方は一班の方らしく、やはり俺らの班が特別ハードらしい。
裏方グループである大道具班に至っては、明日は展示だけでこれといってすることはない、とか。
まあそんな他の班を羨んだって仕方がない。
台詞の復習をある程度して、すぐにでも体を休めなければ。
そう思いつつも、台本は頭に入ってこないし、かといってすぐ眠れる気もしなかった。
頭の中にあるのは、お昼の出来事。
隅田さんの涙の理由をずっと考えていた。
女の子を泣かせる経験は初めてだった。それも、たぶん俺が悪い。
原因もわからず、ずっとそのことについて考えていた。
俺の言葉は押し付けがましかったのか? 余計なお世話だったのかもしれない。
そんなもやもやをずっと引きずったまま、何かに集中なんてできない。
消灯時間まであと少しだったが、気分転換がてら自動販売機を求め一度本館に戻ることにした。
※※※※
夜とはいえ夏真っ盛りなので蒸し暑いと思っていたのだが、木々の間を通る風が心地よく、いい具合に頭が冷やされる。
流石自然に囲まれた合宿地。虫はすんごい飛び交っているけど。
本館を外周するようにのんびり歩いて、俺が寝泊まりしている別館と反対側にある自動販売機へと向かう途中、食堂に隣接するウッドデッキに人影が見える。
別に悪いことはしてないけどこんな時間に人と出会うのはちょっと気まずい。
それに、一人ぼっちの夜の散歩を邪魔され、せっかくのいい気分が台無しだ。
あまり目を合わせたくはなかったけど、そのまま通過するのもちょっと怖いので、恐る恐るその人影を確認する。
人影は二つ、ウッドデッキに備え付けのベンチに座っている。そして、その二人は俺の知っている人物だった。
「西田先生と、三上先生……?」
星蔵学院演劇部の顧問である西田先生と演劇合宿の講師である三上先生。
その意外な組み合せに困惑する。
俺の独り言で二人も俺の存在に気が付いたようだ。
「おー、誰かと思えば茂上くんじゃないか。こっちに女子部屋はないぜ?」
「なんで女子部屋に向かってるのが前提なんですか。それより、西田先生はなんでここにいるんですか? というか、今回の合宿に来てたんですか」
そういえば合宿初日から、西田先生のことを見かけていない。
「当たり前だろ。合宿するなら引率が誰か来ないといけないんだから」
「はっ、さっき来たばかりだろうに」
そこへ、三上先生の横やりが入る。
だが、そんな言葉はどこ吹く風で、さらりと受け流す西田先生。
「いいんだよー、僕は自分の生徒を信頼してるからね」
「全く、ほんとお前は変わらないな」
「えっと、二人はお知り合いなんですか?」
二人のやり取りは気心が知れていて、なんか仲の良さげな感じだ。
「ん? ああ、こいつとは高校からの付き合いだ」
「腐れ縁、ってことかな」
「へー、そうなんですか」
高校の友人は長い付き合いになると聞いたことがあるけど、現高校生の俺にはいまいちピンとこない。
実際にこんな二人みたいな仲の友人ができるものなんだな。
「あ、そうだ。茂上くん、この後暇だよね?」
「暇って、すぐに消灯時間ですけど……」
そもそも合宿に暇という概念はないと思う。
「うん、ならよし、茂上くんも連れて行こう、いいよね、三上先生?」
「特に異論はない」
「よし、決まり! じゃあ、早速行こうか」
「……どういうことですか?」
嫌な予感しかしねぇ……。
※※※※
「じゃあ、この旬の刺身五種盛りと、海鮮サラダ」
「生ビール二つ」
「茂上君はどうする?」
「……じゃあ、これで」
「オレンジジュース一つ。他にはなんか食べたいものある? せっかくここまで来たんだ遠慮するなよ」
「いえ、特には」
「そう? じゃとりあえず以上で」
注文を終えた西田先生は、おしながきをしまう。
あの後、大人しく二人についていくと、この駅前の居酒屋へと来てしまったのだ。
ジョッキとサラダが運ばれたところで、俺は言えずにいた疑問を二人に投げかける。
「あの、今更なんですけど。合宿中なのに、抜け出してこんなところに来ていいんですか?」
「なんだよ茂上くん、そんなことを心配してるのかい?」
ジョッキ片手に、ぷはー、っと一息つき、西田先生は得意げに答える。
「そんなの、ダメに決まってるじゃないか」
「えぇー」
ダメじゃねーか。
消灯時間はとっくに過ぎていて、外出すら禁止なはずなのに、よりにもよって居酒屋って……。
「合宿の講師と顧問が生徒連れてきていい場所じゃないでしょ?! 偉い人に知られたら問題になるぞ」
「だいじょーぶだいじょーぶ。つまりバレなければ問題にならないから」
「教師の言う事じゃねぇ……」
この人には今までろくでもない事しか教わっていない気がする。
西田先生の教師とは思えないほどの責任感のなさにげんなりしていると三上先生が、取り分けてくれた海鮮サラダを差し出してくる。
「ほら、君の分だ」
「あ、はい、ありがとうございます」
それを反射的に受け取って、何気なく口に運んだ。
んん?! なにこれめっちゃうまいんだけど。居酒屋のサラダってこんなにおいしいの?
「これで君も同罪だな」
「んぐっ?!」
「あーあ、食べちゃったね茂上くん、悪い教え子だ」
「あんたが言うな!!」
「そんな肩ひじを張ることはない、ここに来た時点で君は私らに黙って晩酌に付き合うしかない。あれこれ考えるだけ無駄だ」
「……残りの選択肢を潰した人に言われたくはないですね」
「うんうん、せっかく生徒を贔屓してるんだから、大人しく奢られてればいいんだぞ?」
「…………」
二人の先生は正反対な性格だと思っていたけど、三上先生もいい性格をしている。
気が合う理由が分かった気がした。
俺がそんなことを考えていることはつゆ知らず、黙る俺を気にもとめないで各々食事を再開する二人。
……なんか、もうどうでもよく思えてきた。
確かに、ここから合宿所まで夜道を歩きで帰れる自信がないし、そんな気力はもともと持ち合わせていない。
緊張が抜けたからか、食べ物を口に入れたからか、思い出すかのように体が空腹を訴えてくる。
そういえば、自主練した後、ちょっと空腹気味だったなぁ。
夕飯もあまり喉に通らなかったし。
「……じゃあ、このホッケの塩焼きも追加で」
「なんだ、意外と話が分かるじゃないか」
「そりゃあ僕の自慢の教え子だからね」
ニヤリと気分がよさそうに口の端を歪める二人。
すごい悪い大人に騙されてる気がするけど、この人たちに変な遠慮をしてるだけ損だなと思うようになってきた。
この人たちのおかげで俺も図太くなったものだ。
嫌な影響だなぁ。
※※※※
その後、酒を入れた大人組が俺の事をガン無視で近況報告や愚痴なんて盛り上がっていた。
連れてきたのに放置かい、とそんなことを口にしたら変に絡まれそうだし大人しくしておく。
ご飯おいしいし、文句は言わん。
「合宿の講師引き受けてどう?」
そんなことを考えていると黙々と目の前の焼き魚をつついていると、西田先生が気になる話題を切り出した。
俺も無関係ではないので気になってしまう。
聞き耳を立てずとも、二人の会話は聞こえるし。
「引き受ける前から思っていたことだが、やはり面倒だな。また同じ話が来たら断るだろうな」
「ははっ、元々集団行動が苦手なのに、今や監督する側だもんねぇ」
「全くだ。大勢の若者を相手するのはもうこれきりだな」
「…………」
うっわ、この人たちはその生徒の一人の前でなんてこと言ってるんだ。
「それで、合宿はどんなことやってるの?」
「私が用意した台本で、劇をやらせている」
「相変わらず、厳しい事やらせてるねぇ」
「私がいちいち講釈垂れるより、一つでも多く実践を積んだ方がいいだろう。学ぶことはいくらだってある」
「でもさ、本当に完成できるの? そんな突貫工事でさ」
「創作なんて時間をかければいいものができるなんて限らない。それに、今回の目的は劇の完成ではない。課題は各自あるだろう。限界を超えた経験は次の段階へと上がるためにいずれ必要になる。それが私の考えだ」
「それでついていけなくて潰れちゃう人がいたら?」
「この程度で音を上げるならば、それまでだということだ。限界を越えられない奴に成長はない」
「あっははっ、三上先生らしいや」
「…………」
おいおい笑い事じゃねーぞ。
ほんとにやべぇ人だな。
なんだかんだ言いつつ、三上先生なりに俺たちの事考えてるのだろうけど、師として仰ぎたいタイプじゃないと改めて思ったのだった。
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