第14話 合宿2日目

 合宿二日目が始まった。


 昨日は、宿泊施設への移動とか、荷物運びとか演劇以外の事ですこしばたばたしていたが、今日はそういうめんどくさい事はなくみっちりと演劇ができる。


 そして一班の今日の活動は、予告された通り、昨日配られた台本である『喜怒哀楽』の劇を完成させるため、それぞれのシーンごとのグループに分かれての練習となった。

 それぞれ同じシーンに登場する喜怒哀楽役の人と集まっていく。


 そして俺は……、どうしましょうかね。


 俺の役であるスグルは、どの喜怒哀楽のシーンにも登場する。

 そりゃそうだ、主人公で、その心の中の話なんだから。


 だから、どこにでも出るから、どこへ行ってもいいんだけど、選択肢を複数用意されると、どこへいけばいい? ってなってしまう。

 登場しすぎて、逆に余ってしまう。


 あーあー、もうそれぞれのグループでまとまりだしてるよ、この流れに乗り遅れちゃったよ。

 こうしてグループが固まってから、そこへ参入するのは、コミュニケーションメンタルよわよわの俺にはかなりハードル高め。


 どっちつかずのはぐれものとして、あわあわしていると、俺と同じどのグループにも入っていない人が一人。


 隅田さんだ。

 そうだ、隅田さんの役はユミだから、喜怒哀楽のシーンには登場しないんだ。


 ん? とういうことはだ。


 スグル役とユミ役、俺と隅田さんはあまり者同士二人きり、みっちり練習する流れ……?

 ま? え?! まじすか?!


 いやちゃんと正当性も、うん、ある。

 スグルが一番舞台上でやり取りするのはユミな訳だし、口実もちゃんとある。口実ってなんだ。


 まあともかくそれはいい。

 今回の合宿、苦労ばかりの三日間かと思ったが、天使とワルツを踊れる神展開。天国じゃん。

 きたー。俺の時代来ちゃったじゃーん。


「あっ……」


 そんなアホな思考へと陥っていると、隅田さんと目が合う。

 やばっ、ずっと見つめてた。そう思うが時すでに遅し、隅田さんがこっちへと近づいてくる。


「私に、何か?」

「えっ?! いや、別になんもない、けど?」

「私の事見てた」

「見てないです」

「…………」

「……見てました」


 何を言っているんだ俺は。思わず肯定してまった。

 このままだと一緒に練習したいというよこしまな目でじっと見ていた嘘つきでキモい男だぞ。……大体事実だな。

 ここは、なんとか挽回しなくては、それに、今なら隅田さんと練習できる絶好のチャンス!


「えっと、みんなグループにわかれて練習しているでしょ? 喜怒哀楽のシーンで」

「うん」

「それで、俺と隅田さんの役は、心の中以外が出番の中心、だよね」

「うん」


 うん、の連打やりづらーい。


 隅田さんはいつもとかわらず表情が一定で、考えていることは読み取りずらい。

 だから、反応が乏しいと弱気な心が顔を出してしまう。


 だが、このままでいいはず。ちゃんと、口実もある。俺が隅田さんを演習に誘ってもなんの不思議はない。うん、大丈夫だ!


「だから! だから、提案なんだけど、今から俺と一緒に――」

「茂上、隅田」


 そこへ、俺らの事を呼ぶ声に遮られ、俺の言葉は言い切る前に途切れてしまう。

 声の主は三上先生で、お呼び出しのようだ。


 結局、誘うことができなくて、ショックだと思う反面、どこかほっとしてしまった。


 三上先生が俺らを呼び出した理由は、今回の練習形式にあった。


 喜怒哀楽のグループに分かれてやるのと同時並行で、今日の一班の練習場所である公民館にある、ステージを使って通し稽古をやることとなった。

 つまり、出ずっぱりの俺と隅田さんは、三上先生が見ている中で、その通し稽古をずっとやるということだ。


「では、各自課題をもって練習を行うように」


 三上先生の号令で、今日の練習は開始された。



  ※※※※



「はぁ……」


 午前中の活動が終了し、お昼休憩となる。

 俺は、お弁当をつつきながら午前の稽古の事を思い出す。


 一シーンごとに分けられたのを一度通しでやって、それぞれ改善点を各自指摘し合う、そして、それを元にもう一度通しでやるという、生徒が主体となったものだった。


 先生が口を出すのは最後、それぞれに質問を投げかける。


 この場面は、どのような気持ちを持ち、自分なりに考え、その演技をしたのか?


 答えを提示するのではなく、生徒に考えさせて、演技をさせる、それが三上先生のスタンスのようだ。

 だから、基本的なことが間違っていなければ途中で口を挟むことはない。そう、基本的なこと以外は。

 つまり、基本的なことができなければ口出しをされるのだ。


 はい、主に俺がぼっこぼこにされましたとさ。


 体が観客の方向に向いていないから、顔が見えないし声も届かない、とか、語尾が消えて最後までセリフを発音できていない、とか。

 そんな感じなことをたくさん言われ、頭がパンクしそうなうえに、練習を中断した申し訳なさ、そして単純にへこむ。許容量越えて、ちょっと泣きそうだ。


 それに、午後はそれぞれのシーンを他のグループに見せるらしい。

 めっちゃ心配だ、不安しかねぇ。


 そんな、陰鬱な気分なので、疲れはあるはずなのに全然箸がすすまず、ぼーっとしながらから揚げをつついている。


「茂上君、だよね?」

「はいっ?」


 そこへ、背後から声を掛けられる。


「あーよかった。星蔵の茂上君。うん、覚えた。あ、茂上君私のこと覚えてるかな?」

「えっと、鵜大附属の前橋さん」

「そうそうっ! 同じ班なのに茂上君と全然お話できてないなーって思って」


 そう言いながら、当たり前のように俺の隣へと腰掛けてくる。

 そういう距離感に慣れていない俺は、うおっとなっちゃう。


 えらいぐいぐいくる人だな……。絶対この人陽キャだ。つまり、俺の苦手、というか相いれないタイプだ。


「あははっ、随分お疲れみたいだね」

「……えっと、大変ですね」

「そうだよねー、主役だもんねー」

「ほんと、何でこんなほとんど初心者で、周りよりヘタクソな俺が選ばれたんだろう……あ」


 やばっ。ネガティブ発言しちゃた。

 初めて話す人なのに、こんなん言われた側が困るだけじゃん。

 フォロー求めるみたいで。うわー、嫌な雰囲気になっちゃうよー。


「ほんとにね、私も思ったー」


「………………え?」

「どう考えても、茂上君とスグルの役は不釣り合いだし、実力不足だと思うのにねー」

「えっとあれ? あれれっ?!」


 さっきと変わらないトーンで、さらっと俺の事をディスってきたから、音がずれた映像を見ているようで、耳を疑う。


「んー? どうしたの?」

「い、いや……」

「みんなもそう思ってるし、なんか私おかしい事言ったかな?」

「……なんでもないです」


 えぇ……。ちょっと、えぇ……。


 フォローする流れとか、そんな生易しい話じゃない。

 面と向かってこれほど嫌味を言われたのはいつぶりだろうか。

 ……ふえぇ、怖いよぉ。泣いちゃうよぉ。


 本気で心折れそうなんですけど。全部正論であるのがなお質が悪い。

 逃げようがないじゃん、その通りだよ。

 前橋さん本人は演技めちゃくちゃうまいし。


 でもさ、それを初めて話す俺に言うかなぁ。俺が心強かったからいいけど、弱い人だったら、逃げ出してもおかしくないよ? 

 いや俺も今にでも何もかも投げ捨てて、お家返りたいもん。茜ちゃんのご飯が食べたい。

 それにさ。


 そっかぁ、みんな思ってるのかぁ、そうだよね、うん、その通りだよね。なんか、それが一番心にクるものがある。

 ははっ……、次の休みにトイレ行って泣こ。


 そんな、溢れだしそうないろいろなものをぐっとこらえていると、その元凶はというと……、


「ぷっ、あははっ!」

「…………?」


 急に笑いだした。えぇ、すっげえこわい。


「ごめんねー。言い過ぎちゃった」

「あ、いや……」

「そんな落ち込まないで、ごめんってば。あ、でも……」


 前橋さんは、とても愉しそうに嗜虐的な笑みを浮かべると


「でも、さっき言ったことは本心だけどね」

「…………」


 もうやめて、やめてくれ……。


 愛情、好意、信頼など含まれず、一切の混じりけのない、この純粋な敵意。

 こいつは、陽葵先輩とかなんか生ぬるい。


 ほんまもんのやべぇやつや。


 そして、前橋さんの暴走は止まらない。


「茂上君も自分でもそう思ってるんじゃないの? 自分とこの作品の主役は釣り合わないって。今日だって、隅田さんの足を引っ張ってるだけだし、三上先生も意味わかんないよねー。どうしてこんな配役にしたのかな」


 だが、俺にだってプライドというものがある。例え相手が正しかろうと、言っていいことと悪いことはある。


「あのさ、前橋さんっ!」

「んー? なにー?」

「あーっと……」

「どうしたの? 声が小さくて聞こえないんだけど。それに、ちゃんと私の目を見て話してくれないかな?」

「……なんでもないです」

「あっそ。ま、いいや」

「…………」


 無理でーす!

 前橋さん怖いよぉ。たすけてぇぃ。


 俺と前橋さんは対等の立場ではない。

 この短い対話の中で、越えられないカーストの壁、それを強く意識させられる。

 俺に対抗する手段は皆無。どころか、反抗する意思すら湧いてこない。


 というか、どうして前橋さんはわざわざ俺に話しかけてきたんだ? 

 少なくとも俺と仲良くなろうとする気はないってのだけはわかった。

 じゃあ何か? 俺をいじめるためだけ? そんなに俺の演技が気に食わなかった? 

 いや、気に食わなかったのは確かだろうけど、ここまでするほどなのか?


 何を考えてるかわからない。俺と棲む世界が違う。

 そんな底の見えなさが、前橋さんの恐ろしさに拍車をかけている。


 ふと、前橋さんと出会ったことを思い出す。

 確か、隅田さんの事について、興味を持っていたような――


「郁ちゃん、茂上君に何してるの?」

「隅田、さん……?」


 俺と前橋さんの目の前に立っていたのは、隅田さんだった。

 相変わらずの無表情だったけど、視線は鋭く、前橋さんを見つめていた。

 前橋さんは立ち上がると、隅田さんと面と向き合う。


「えー。ただ楽しくお話ししてただけだけど?」

「…………」

「なにー? 喋ってくれないとわからないんだけど、すみっこのすみ子ちゃん?」


 急に声のトーンが下がって、人差し指を隅田さんの胸にさして、むにぃ、とへこませる。


「……っ!」


 隅田さんの顔に動揺の色が浮かんだと思うと、きっ、とさっきより鋭く前橋さんのことを睨みつけた。


 あわわわぁぁ。

 なにこれ、なにこのちりちりとした空気。すごい息苦しい。

 これ、女の子同士の喧嘩? 女の子こわいぃぃ。


 それに、隅田さんもいつもと違って変だ。

 お互い知り合いみたいけど、いったい二人はどんな関係なんだ?


「あ、そうだ茂上君」

「はいっ?」

「昔の隅田さんのこと、知りたくない?」

「え、昔の隅田さん?」

「うん、さっきのすみ子ちゃんってのはね――」


 そこで、前橋さんの言葉は遮られた。


「えいっ」


 隅田さんの可愛い声が聞こえた瞬間。

 視界から前橋さんが消えた。そして――


 びたーんっ!


 大きな音がしたと思うと、前橋さんが床に仰向けに寝転がっていた。


「…………は?」


 一瞬、目の前で何が起こったのか信じられなかった。


 だって、いきなり? 

 それはもう、お手本のような美しい一本背負い。


 ええぇぇ。いやちょっと……、ええぇぇ。

 いや……、ドン引きなんすけど。

 いきなり男らしい喧嘩になったんだが……。


「いったぁ……。ちょっと、いきなりなにすんの!」

「だって、郁ちゃんがいじわるするから」

「それでもいきなり一本背負いはしないでしょ!」

「……ごめん」

「ほんっとあんたはいつもいつも……」


 勿論、投げられた前橋さんは怒り心頭。

 だが、隅田さんは変わらず無表情。


 ……なんだこれ。


 これが女の子の日常、なのか? そんなわけないね。


「あんたが、こいつの話してたから私が――」

「えいっ」


 びたーんっ!


「いったぁ!」


 ……なにこれ。

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