第13話 合宿1日目の夜
それぞれの班は今日の活動を終了し、夕食を済ませ、就寝まで自由時間となった。
風呂は順番制になっていて、俺の順番がくるまで、ロビーで待っている。
「あれ? ハルじゃないっすか! そんなところで何して……ってうわっ!」
「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい」
「えっと……、大丈夫っすか?」
「………………あ、河織さん? ごきげんよう」
「ほんとうに大丈夫っすか?!」
本気で河織を心配させてしまったようだ。
そこへ、とてとてとスリッパの音が近づいてくる。
「京香ちゃん待ってー! あ、晴君もいる」
「ああ、綾芽か。ははっ…………はぁ」
「いきなりため息?! ショックなんですけど!?」
二人は風呂あがりのようで、しっとりと湿らせた髪を河織は後ろに、綾芽は肩にかかるようにひとまとめにして、そこからのぞく首筋は、赤みがかっている。
確か、綾芽と河織は同じ班だったか。だから入浴時間も一緒だったのだろう。
「京香ちゃん、ハル君はどうしてこんなに深刻そうな顔なの?」
「来た時にはすでにこんな感じでしたので、自分にもさっぱり」
流石にこれ以上余計な気を回させるわけにはいかないので、今日あった出来事を二人に話す。
「へー、そっちはそんな感じなんだね」
「結構本格的っすね」
「綾芽たちの班も演技コースだよね? こんな感じじゃないの?」
「うん、全然違うけど」
二人の話を聞いてみると、同じ演技コースである俺の班と綾芽たちの班では、全然カリキュラムが違うようだ。
綾芽たち二班の今日の活動は、初日ということでワークショップといった、交流の意味合いが強い体を使ったミニゲームをみんなでやったそうだ。
「で、最後にちょっとだけ、グループに分かれて、三つの椅子を使ったエチュードをやったんだ。明日もそんな感じみたいだよ」
エチュードとは、日本語に訳すと即興劇、話の流れとかは特に決められてなく、役者のアドリブで劇が進んでいくものだ。
「演技の先生や他校の人と劇ができるのは、いい刺激になるっす!」
「それに楽しいよねー」
「そうっすね!」
「……ふぅーん」
なに、それ。
なめてんの?
合宿なめてんの?
遊びで来たんじゃないんだからね?
…………。
えー、めっちゃ楽しそうやーん。めっちゃ充実した合宿してるじゃーん。
こっちなんて、充実しすぎてすでにパンクしそうだってのにさ。
「たぶん、みんなこんな感じだと思うよ?」
「っすね。ハルの班みたいにしっかりとした演劇を作ってる班は他に聞かないっすけど」
「……だよねぇ」
わかる。だって、合宿3日だもん。
こんなん、おかしいって思ったもん。むしろなんかそれ聞いて安心したまであるよ。
「あ、陽葵先輩にも聞いてみようよ」
「え?」
綾芽が向いた方に陽葵先輩がいた。首にタオル巻いて牛乳瓶持ってる。
完全に風呂上がりの人だ。というか、風呂上がりのおっさんだ。
でも、牛乳でひげをつくっているのは子供っぽい。
その傍らには明瀬先輩もいて、自分のタオルで陽葵先輩の顔を拭ってあげていた。
いや相変わらず仲良しだな、というか姉妹感がはんぱない。
「ちょっと聞いてくるっす!」
「あ、いやちょっと!」
河織はそう言い残すと、俺の制止も聞かず、びゅーんと二人の元へとむかっていってしまった。
※※※※
「へぇ、もがみんの班はそんな感じなんだー」
河織から話を聞いてきた陽葵先輩がなんか嬉しそうな顔してこっちへ近寄ってきた。
あ、絶対俺をからかいに来たんだ、ってのを一瞬で理解する。
陽葵先輩と一緒にいた明瀬先輩は、ちょうど入浴時間らしく、こっちには来ることはなく、女湯の方へと言ってしまった。
暖簾をくぐる前に俺の事を睨んできたような気がしたけど、気のせいだよね……?
「うん、確かにもがみんのとこみたいに本格的な劇をやるのは珍しいね。去年はそういう班はなかったなー」
「やっぱりそうなんですね……」
「合宿の講師は劇団の人とか、発表会で使うホールで働いてる人で、やることは別々だからねー。もがみんは大変だったねぇ」
じゃあつまり、俺は厳しめの班の中でも1番大変な役に抜擢されたという事か。
……俺が思っている以上に今の事態はピンチなのかもしれない。
「それにしてもー。へー、もがみんが主役かー、大抜擢じゃーん。やったね」
「……そうですね」
今から、台詞覚えて、せめて恥ずかしくないくらいの演技をして……。
ああ、考えただけで頭が痛くなってるけどさ。
「でもちょっとひっかかるよねー、もがみんそんな演技上手くないのにいきなり主役なんて」
「あの、本当の事だとしても少しくらい遠慮というものをですね……」
「もがみん、なーんか悪目立ちすることしたんじゃないのー?」
「そんなことは、ないと思いますけど……」
三上先生と会ったのも今日が初めてなわけだし。
うん、心当たりは全くないな。
「まー、もがみんは素で変なコトしでかすから、自覚なんてないよねー」
「ちょっ! それどういうことですか!」
陽葵先輩の呆れたような感じ、いつものからかっている声とは違い、マジなトーンだから、すごい真に迫って聞こえる。
そこへ、綾芽と河織も便乗してくる。
「あー」
「そうかもですね……」
「……えぇ、どゆこと」
なんかこの事に関しては、俺がアウェーのようだ。
「まー、なんにしても決まったものは決まったんだから、頑張るしかないよねー」
「そうっす! こんな経験、そうそうできないっすから!」
「うん、わたしもそう思う」
「みんな……っ!」
泣かしてくれるじゃねーか。
三人からの温かい言葉を受け取ると、なんだか心が軽くなった気がした。
「それより、……なんで陽葵先輩はさっきからそんなに嬉しそうなんですか?」
いつも、にまにましてるけど、いつにもましてにっこにこしてる陽葵先輩。正直凄く不気味だ。
「べっつにぃー、もがみんが苦労してるのはいいことだなーって」
「サイテーじゃねーか!」
「ふふっ、明後日の本番がたのしみだなっー!」
「くっ……」
※※※※
三人と別れた後、入浴を済ませ、これで消灯時間まで完全に自由な時間となる。
特に外に出てもすることはないので、というか、一刻も早く台本を読み込み、台詞を覚えたかったので、部屋へと戻る。
男子の部屋は、食堂などの活動スペースのある本館ではなく、小さな別館にあるので一旦外へ出ないといけない。
そして、女子は4、5人部屋が割り振られるのだが、男子はひとまとめ大部屋に雑魚寝。
演劇部はどの学校も基本的に女子の割合が多いから、理解はできる。
が、あんま納得はしたくない。
なのこのすっごい格差。男子の扱いの雑さに泣ける……。
俺は大部屋へと入ると、さっそく畳に敷かれた自分の布団へと潜り込み、まくらをクッションにして、台本を広げる。
周りの人は、仲良さげに談笑していたり、カードで遊んでいたりしていたけど、俺にはそんな余裕はない。
べ、別に輪の中に入るのがびびってできないってわけじゃないんだからね!
合宿なんだから、演劇のことしていて何が悪い。
でもさっき、バッグの隅にあったトランプを見た時に、胸の奥がちくりと痛んだ。
この痛みは、いったいなんだろう……?
まあ実際本当に余裕がない訳だから、気持ちを切り替え、台本を読み込んでいく。
まず俺がやるべきことは、この膨大なセリフを覚えないといけないことだ。
スグルは主人公だから物語の最初から最後までいるから、それはもうセリフが多い。
唯一の救いは、途中で心の中の感情たち、喜怒哀楽のだれかと何度かスグルの代わりとなって玄室世界へと干渉するので、 俺がいないシーンもちらほらあることだ。
とは言っても、役の中で一番セリフが多くて大変だというのは変わりないけど。
そうやって、台詞を覚えながら『喜怒哀楽』の台本を読み込んでいくうちに、いつの間にか台本のの内容について、考え込んでいた。
ユミは、スグルに持っていないものを持っているから、ユミに憧れて、恋焦がれて。
そんな理想的な少女と今の自分とのギャップにむなしさを感じて。
そして、そんなユミに嫉妬してしまう気持ちがあり、そんな自分の弱さや、黒く汚れた感情を認めたくなくて、押し殺して。
そんな揺れ動く感情を喜怒哀楽たちが代弁してきて、自分の感情に振り回されていく。
ほんとどうしようもない主人公だな、と思う反面。
そんなスグルの気持ちが、俺には理解できてしまう。
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