第8話 構想完成


 それで、翌日の放課後。


「できましたっ! これが俺らBチームが作る劇の構想です!」


 あの後満ち溢れるやる気のパワーに身を任せて完成させた構想をBチームのみんなに配ると、陽葵先輩がちゃちゃを入れてくる。


「ふーん、ちゃんとできたんだー」

「当たり前ですよ! ちゃんと昨日言ったじゃないですか!」

「やっぱりもがみんはもがみんだねー」

「……なんですかそれは」


 バカにされているってことはわかる。


「……どういうこと?」


 俺らの意味深なやり取りにピンと来ていない綾芽は、頭の上に疑問符を浮かべていた。


「えー、もがみんは単純だ、ってことだよ」

「やっぱりバカにしてた!」

「だってそうじゃーん。ただちょっとお気に入りのVtuberに応援されただけなのに、頑張っちゃうなんて」

「当たり前ですよ! 推しがあそこまで言ってくれたんですから」

「もがみんに言ってたわけじゃなのにー。チョロいなぁ」

「いいんですよ! 俺の一番好きな配信者なんですから!」

「……?」


 少し脇道にそれたものの、みんなに構想を見てもらう。


 俺の考えた構想を簡単に説明すると、織田信長が現代にタイムスリップしてきて、主人公の女子高生を振り回しながら、なんだかんだあって、その子の悩みを信長の登場によって解決していく、というお話である。


 一通り目を通したらしい綾芽が、ぽつりと呟く。


「え、これだけ?」

「…………」


 まあ、俺が考えた構想を難しく説明しても、さっきの説明となんらかわらないですけどね。


 つまり、それだけしか書いてないです。


 いやー、おっかしいなぁ。昨日すごい頑張って作業したはずなんだけど、こうして客観的にみると少しばかり、ボリュームは見劣りするかもしれない。


 でも、まあ、俺は量より質だ。ぼくのかんがえたさいきょうのこうそうだから……。


「えっと、どこかで聞いたような話だね」

「ぐっ!」

「まず、この劇の主題が見えてこないわね」

「ぐえっ!」

「そもそも、もがみんはこの劇でなにをやりたいのー?」

「ぐはぁっ!!」


 あれれー、おっかしいなぁ? 

 俺史上最高傑作ができたと思ったんだけど。

 昨日はいろんな感じでキマっていたから、冷静に見れていなかったんだと思い知らされた。

 深夜テンションって怖いね。

 

 そんな、Bチームメンバーからのありがたーい言葉をご教授いただいて、がっくりと肩を落としてうなだれると、みんなはさすがに俺のことがみじめに思えてきたのか、


「えっと、何もないよりもましだよねっ! うんうん」

「そうね、最初にしては上出来じゃないかしら。茂上君、大きな前進よ」

「まあ、なにもないよりはましだよねー、期待外れだけど」

「……ありがとうございます、今後も頑張りたいと思います」


 優しさが、傷に染みるぜ。

 そんな感じで、今日の活動は、講評会と今後の方針を決め、終了した。



  ※※※※



 両チームが今日の活動を切り上げ、帰りの準備をしている中、メモ帳に目を通す。


 このメモ帳には、洗いだした構想の問題点、アイデア。

 

 そして、あいつ――信長についてまとめてある。


 見た目は美少女、性格は傍若無人でわがまま。

 俺が脚本のことに悩んでいると目の前に現れ、俺の邪魔をしてくる。


 そして、そんな信長とのやり取りを俺は無意識に信長とのやり取りを脚本を書いている。


 やはり、認めなければいけない。

 信長は、俺が生み出したキャラ。俺が、自分の意思で書いているのだ。


 だからと言って……。


「あの脚本を誰かに、見せられるわけがないよなぁ……」


 頭を抱えながら、溜息をついていると、近くから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「どうして、見せられんかのぅ」

「うわっ! お前は俺の家限定で出てくるんじゃないのか!」

「後輩は儂のことを地縛霊か何かと思っておるのか?」


 不服そうな顔で俺を見てくる信長。


「そんなことよりじゃ、あれ程言われておるのなら、儂の脚本を見せればよかろうに」

「だから、嫌だって言ってるだろう」

「まあ儂を元に構想を作り上げたのだから、一歩前進と言ったところからのぅ」

「それは、そうだけど……」


 そう、俺の考えた構想は、今までの、信長のやり取りを書いた脚本を大いに参考にしている、というかほとんどそのまんまである。


 マロンちゃんに応援されたからとはいえ、突然素晴らしいアイデアが思い浮かぶという劇的な展開は俺にはなく。

 だからと言って、また何も書かずに立ち止まっている、ってのは論外だ。


 どうにか足掻こうとした結果、不服だったが信長の脚本を参考に今日持ってきた構想を完成させたのだ。


「だから、お前は利用できると思ったから利用したまでだ」

「よい心がけではないか。お主の思うまま、儂を利用するだけすればよいぞ」


 信長のその言葉は皮肉で言ったわけではなく、本心のようだ。

 信長の反応が、思ってたの違って肩透かしを食らってしまう。

 そして、それがなんか気に食わなかった。


「だからと言って、俺はお前を認めた訳じゃないからな! 勘違いするなよ」

「お主がツンデレってものう。素直じゃない奴め」

「うるさいなぁ……」


 認めていないってのは本当だ。

 そもそも、コイツにはまだ謎が多すぎる。

 俺の脚本の登場人物なら、なんで俺の思い通りに動かないんだよ。


 それに、コイツの存在が、俺の一番やりたいことの結果だなんて、信じたくはない。


 俺は、ぐっと拳を握りしめ、己に誓う。 

 

「とにかく、お前の力なんて借りずとも、最高の脚本を完成させてやる!」


 その時の俺は、失念していた。


 ここは俺の家ではない、ということ。

 それはつまり、誰かに見られる可能性があるということ。


「あ、あのー、ハル?」

「……へ?」


 少し困ったように表情を浮かべている河織とバッチリと目が合う。


「えっと……。大丈夫っすか?」

「……あー、さっきの俺、どんな感じだった?」

「えっと、メモ帳に向かって何やらぶつぶつと喋ってて、なにやら集中されていたご様子でしたよ?」

「……なるほど」


 うわっ、客観的に見ると俺はそんな感じなのか。

 そして、俺の手にあるメモ帳を目にすると、俺の字でびっしりと信長について書かれていた。


 いよいよ、俺はヤバい奴なのかもしれない。

 ネタとかではなく、本気で俺の事が心配になってきた。

 

「忙しいようであれば、また今度に――」

「いや! そうじゃなくて!」


 まずい、河織の中で俺がヤバい人認定される。

 いやもう手遅れかもしれない。


 とにかく、弁解しなければ!

 

「あ、えっと、脚本の信長が――」


 と言いかけて、言葉が止まる。

 どう説明しようとも、誤解されてしまう。

 言い訳の言葉を考えあぐねていると


「もしかして、キャラ設定を考えていたんすか?」

「あっ、あーだいたいそんな感じ」


 嘘ではない。大局的に見れば、だいたい合ってる。

 だが、罪悪感で心は痛んだ。


 いろいろと誤魔化すために、話題を変えることにする。


「それで、河織は俺に何か用があるの?」

「そうでした! 実はハルにお尋ねしたいことがありまして。今日この後ご予定はありますか?」

「いや、特にないけど……」


 そういうと、食い気味に河織は話し始める。


「な、なら! オリハルコンビ・サミットをやりませんか?!」

「オリハルコンビ・サミット?」


 なんだ、そのどことなくダサい感じのものは……。


「はいっす。せっかくの脚本担当同士、お互い協力したり、情報を共有できる場が定期的にあればいいなーっと思いまして……」


 そう言って、河織は俺の様子を窺うように、見つめてくる。


「つまり、お互いの脚本を見せ合って講評する、みたいな?」

「はいっ、脚本担当ならではの悩みとかを打ち明けたり、同じ立場だからこそ、なにか協力し合えることがあるんじゃないかと思いまして……」

「なるほど」


 現状脚本づくりに難航している今、河織の提案は俺にとってありがたいものだった。むしろ、こっちからお願いしたいくらいだ。


「そうだね、俺もいいと思う。やろっか、その、オリハルコンビ・サミット?」

「はいっ! やりましょー!」


 河織はおー! と元気よく拳を高く突き上げた。

 まあ、その名前に関しては一考の余地はあると思うけどね……。


「あ……」

「……? どうしたっすか?」


 そこで一昨日のことを思い出す。

 そういえば、綾芽と帰る約束をしていたっけか。


 うーん、でもまあ今日一日くらいはいっか。

 お互い、そう毎日帰る時間が合うって訳でもないし。

 現に今日がそれだし。


「なんでもない、ちょっと用事を思い出したけど」

「そうなんすか? もしかして、ご都合が悪いですか?」

「いや、全然大丈夫、今日じゃなくてもいいやつだから。ちょっとだけ待ってて」

「うっす!」


 そういうことで、いったん河織と別れ、綾芽に断りを入れるため探す。

 さて、綾芽は……、もう外に出てるみたいだな。綾芽を探しに講堂を後にする。


「あ、晴君」


 外へ出ると、綾芽は前と同じ場所で待ってくれていた。


「あれ? 晴君のバッグは?」

「ああ、それなんだけど。今日予定が入っちゃったから、先帰っててくれる?」

「えっ……」

「今日、河織……、錦織さんとちょっと脚本について話し合いたいことがあってさ、帰るの遅くなりそうなんだ」

「そ、そうなんだ……、京香ちゃんと……」

「急に悪いな」


 綾芽は何か考え込むように、視線を下げる。

 俺の脚本の完成はBチームにとって、優先すべき。

 綾芽はそのことをわかってくれるはずだ。


「あ、じゃあわたし終わるまで待ってるよ!」

「うーん、そうだなぁ。でも終わるのがいつになるかわかんないし、別に待ってもらわなくてもいいよ」

「そ、そう……」


 用もないのに綾芽をずっと待たせるのもなんか申し訳ないしな。


「じゃ、そういうことだからまた明日」

「うん、また明日……」


 そう言って、綾芽と別れる。


 そんな後ろ姿を見て、少しばかり心が痛む。


 急なことだったし、ちょっと悪いことしちゃったな。

 一人で帰るのってなんだかんだ言って寂しいし。


 そうだ、明日にでもお詫びの気持ちを込めて、アイスでも奢ろう。

 

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