第64話 警官

 若草物語は双子玉川駅前ライブをつづけた。

 7月20日月曜日には桜園学院高校の1学期終業式があり、翌日から夏休みに入った。

 メンバーたちは楽器を自宅に持ち帰るようになり、毎日午後3時に双子玉川駅前で集合し、ライブを2時間程度行った。

 5曲をくり返すだけだが、観客は減らなかった。

 それどころか、客はしだいに増えていった。

 樹子、みらい、ヨイチ、良彦、すみれにはそれぞれのファンが生まれていた。

 いつも50人ほどの観客が若草物語を取り巻いていた。

 7月24日には、みらいが新しい歌詞を書いてきた。


『気分のいい唄』


 今日はとっても気分がいいのだ

 今日はとっても気分がいいのだ


 いいのだ いいのだ いいのだ いいのだ

 いいのだ いいのだ いいのだ いいのだ

 いいのだ いいのだ いいのだ いいのだ

 いいのだ いいのだ いいのだ いいのだ


 お日様が照っているから

 そよかぜが吹いているから

 しとしと雨が降っているから

 白い雪が舞っているから


 いいのだ いいのだ いいのだ いいのだ

 いいのだ いいのだ いいのだ いいのだ

 いいのだ いいのだ いいのだ いいのだ

 いいのだ いいのだ いいのだ いいのだ


 今日はとっても気分がいいのだ

 今日はとっても気分がいいのだ

 いいのだ


 ヨイチがその場で作曲し、駅前で練習して、『気分のいい唄』は持ち歌に追加された。

 8月に入ると、若草物語のライブは双子玉川駅前の名物だ、と言う人々が現れるようになった。観客が100人を超えるときもあった。彼らはメンバーの前にひしめいていた。

 快進撃だ、と樹子は思った。

 だが、それが唐突に終わるときが来た。

 8月6日午後4時、ひとりの女性警官が「演奏をやめて!」と叫んだ。

『気分のいい唄』をやっている途中だった。

 みらいは歌うのをやめた。

「私は双子玉川駅前交番の警官よ。交番にクレームが入った。双子玉川駅前で騒音を撒き散らしている学生がいると。いままでは黙認していたけれど、クレームがあった以上、放置するわけにはいかない。あなたたち、許可を得て演奏しているわけじゃないわよね?」

「はい……」と樹子が答えた。

「若草物語の曲、嫌いじゃなかったわ。でも、もうここで演奏はしないでね。あなたたちを逮捕したくはないから」

「わかりました……」

「えーっ、全然騒音じゃねえよ! 音楽だよ!」という男性がいたが、「これは公務です。公務執行妨害で逮捕されたいですか?」と警官が言うと、彼は黙り込んだ。

 客は散っていった。女性警官も去った。

「ここもだめになったか……」とヨイチはつぶやいた。

 ひとりのいかつい顔をした30歳ぐらいの男が、立ち去らずに若草物語の前に立っていた。

「おまえら、オレがデビューさせてやろうか?」と彼が言った。

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