第63話 双子玉川駅前ライブ

 7月18日土曜日、午前中の授業が終わると、樹子たちは大臣でラーメンを食べ、彼女の部屋へ行った。

 男女交互に着替えて、楽器などを持ち、あざみ原駅から電車に乗った。

「なんか見られてる。この格好で電車に乗るの、恥ずかしいね」

「気にしちゃだめよ、未来人。電車の乗客なんてかぼちゃだと思いなさい」

「かぼちゃ?」

「そうよ。かぼちゃに見られても、恥ずかしくないでしょう?」

「そうだね。でも、一番見られてるのは、樹子だと思うよ。かわいいから!」

「えっ、あたし?」

「うん」

 樹子は急に顔を赤くした。スカートの短さを意識した。確かに恥ずかしい……。

 彼女らは双子玉川駅で下車した。この駅は南急電鉄大居町線と田苑都市線の終点になっているターミナル駅だ。駅前にはにぎわいがある。

「東口の駅前広場でやりましょう」

 5人は広場の隅でライブの準備をした。

 歌と演奏を始めたが、人々は忙しげに通り過ぎるばかりで、なかなか足を止めてもらえなかった。

 5曲やったが、ときおり視線を向けてくる人がいるだけで、観客になってもらえない。

「簡単には聴いてもらえないわね。ここには桜園の学生もいないからなあ……」

 そう樹子が言ったとき、ジーゼンが現れた。

「探したよ。ここでやっていたんだね」

「どうしてここに?」

「きみたちが双子玉川でライブをやるって聞いたから。ぼくは若草物語のファンだ。高瀬さんの歌が好きだ」

「ジーゼンくん……!」とみらいは感激して言った。

 樹子の友だちもふたりやってきた。観客が3人いる。

「最初からもう一度やりましょう!」

 若草物語は再度、演奏を始めた。

 3人の客が手拍子をした。

 つられて、足を止める人が現れるようになった。『わかんない』が終わったとき、観客は10人ほどになっていた。

「見てくれる人がいると燃えるわね」とすみれが言った。

「みなさん、あたしたちは若草物語という高校生バンドです! オリジナル曲を演奏しています。持ち歌は5曲! よかったら、聴いてください!」と樹子が叫んだ。

『秋の流行』の演奏を終えたとき、聴衆は20人を超えていた。

「いい声してるじゃないかーっ! 歌詞はわけわかんねえけど!」と客のひとりが叫んだ。

「わたしが歌詞をつくったんです!」とみらいが叫び返した。

「いいぜ! わけわかんねえ歌をもっと歌ってくれ!」

「次の曲は『世界史の歌』です!」

 樹子が合図を出して、歌と演奏がスタートした。

 観客たちは歌に耳を傾けていた。

 いい感じだ、と樹子は思った。

『世界史の歌』が終わったとき、拍手の音が響き渡った。

「メンバー紹介をします。ボーカル、21世紀からやってきた謎の女の子、未来人!」と樹子が観客に向かって言った。

 わーっ、と観客が盛り上がり、拍手をした。

「樹子、メンバー紹介をするなんて聞いてない!」

 みらいはとまどっていた。

「いいじゃない! こういうのはノリでやるものよ! 次、ギター、適当に生きる適当な男、ヨイチ!」

「おい、おれの紹介が雑すぎるぜ!」とヨイチがわめいた。

 客が笑った。

「ベース、勉強ができて、楽器が弾けて、顔もいい、三拍子揃った男の子、良彦!」

 良彦が軽くベースを弾いた。

「あの子、カッコいい! ファンになっちゃうかも!」と観客の中にいた別の高校の女生徒が言った。

「おれの紹介との差が大きすぎる!」

 ヨイチがなげき、また客が笑った。

「パーカッション、えっと、なんて名前だったっけ?」

「ひどい! すみれでーす! みなさん、覚えてくださいね! コーラスもやってまーす!」

 すみれがタンバリンを鳴らして、自己アピールをした。

「かわいいし、スタイル抜群じゃん?」と言う男の客がいた。

「あたしはキーボードとバンドマスターをやっている樹子です! よろしくお願いします!」

「凄い美少女……」とつぶやく客がいた。

「最後の曲です! 聴いてください、『We love 両生類』!」

 若草物語が演奏を終えたとき、観客は40人ほどになっていた。

 双子玉川駅前に拍手が鳴り響いた。

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