第41話 高校生の戦い方

 土曜日の放課後、ラーメン店『大臣』で、みらいは大盛りを頼み、スープまで完食した。 

 樹子、ヨイチ、良彦はあぜんとしていた。大臣のラーメン大は、普通のラーメンの3倍の麺量がある。食べ切れる女の子は少ない。

「あーっ、美味しかった! 昨日の夜から何も食べていなかったんだ」

「何かあったの?」

「お母さんにYMOのカセットテープを焼かれたから、復讐に井上陽水のレコードを割ったの!」

 みらいがあっけらかんと言い、3人は驚愕した。

「井上陽水のレコードって、まさか『氷の世界』か?」

「そうだよ」

「あの名盤を割ったのか……」

 ヨイチは井上陽水や吉田拓郎のフォークソングを愛好している。

「場所を変えましょう。あたしの部屋へ行くわよ」

 4人はラーメン店から樹子の部屋へ移動した。

「焼かれたのは何? また録音してあげるわ」

「『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』が焼かれちゃったの! 樹子が録音してくれた大切なテープが! ごめんなさい、樹子!」

 笑顔だったみらいの顔が歪み、涙がぽろぽろあふれ出した。

「あたしにあやまる必要はないわ。大変だったわね、未来人!」

 樹子は早速YMOの録音を始めた。

「怒りのままに、歌詞をつくったの!」

 みらいは『愛の火だるま』が書かれた紙をみんなに見せた。

 3人は変な歌詞だ、と思ったが、そうは言わなかった。

「なかなかいい詞ね。さすが未来人だわ」

「この紙、借りていいか? 作曲してみるよ」

「『愛』は消しゴムで消された上に書かれているね。消す前はなんだったの?」

「『怒り』だよ!」

「そうか……。いい詞になってるね、みらいちゃん」

「ありがとう!」

 みらいは泣き笑いしていた。

「で、未来人はいま、お母さんに対して、どう思っているの?」と樹子がみらいに発言をうながした。

「怒っているよ! 怒り心頭だよ! 許せない! わたしの小説ノートを焼かれたときより心が乱れたよ! 樹子の……樹子が録音してくれた大切なものが、や、や、焼かれたんだよ! 信じられないよ! ガスコンロでテープを焼いた! お母さんは頭がおかしいよ!」

「うん……」

「どうかしてる! 頭がおかしい! わたしはどうすればいいのかわからない。わかんないんだよ!」

「わかんなーい。わたしはなんにもわかんない♪」とヨイチが歌った。

 みらいも『わかんない』を歌い出した。

 樹子と良彦も歌った。

 歌い終わると、みらいは静かになった。

「落ち着いたか?」

「落ち着いた……」

「未来人、おれの両親は、おれが幼いときに、ビル火災で焼け死んだ」

 ヨイチが言い、みらいは呆然と彼を見た。

「だが、おれはしあわせだ。やさしいじいちゃんとばあちゃんがいるからな」

「うん。よかったね……」

「未来人、おまえのお母さんは、ごはんをつくってくれるか?」

「ごはんはつくってくれるよ……」

「掃除や洗濯をしてくれるか?」

「うん……」

「お小遣いはくれるか?」

「毎月1万円くれる。昼ごはん代とか諸々込みだけど……」

「そうか。ごはんを食べられない人より、おまえはしあわせだな?」

「うん……」

「おれが言いたいのはな、いろんな人がいるってことだ。おまえはいま自分のことを不幸だと思っているかもしれないし、実際にそうなのかもしれないが、ごはんを食べられて、友だちがいるなら、それで充分にしあわせだと思う人もいるだろうってことだ」

 みらいはそのことについて考えた。

「うん。わたしは中学時代よりしあわせかも。やさしい友だちがいるから……」

「いいこと言うわね、ヨイチのくせに」

「惚れ直したか?」

「別に……」と言ったが、樹子の頬は紅潮していた。

「少し現実的な話をしようよ。みらいちゃん、今晩はおうちでごはんを食べられそうかい?」

「うん。食べてみる……」

「そうか。それなら、とりあえずは大丈夫だね?」

「うん」

「お母さんとはこれからどうする? 仲直りする?」

「わからない。でも、ちょっとは話すようにしてみようかな……?」

「できるなら、それがいいと思うよ。僕たちは高校生だ。保護者なしで生きてはいけない」

「頭がおかしいお母さんだけど、ごはんは作ってくれる。『いただきます』を言うようにするよ」

「『いただきます』は言え、未来人! 食べられるものに対して言え!」

「うん。『いただきます』を言わないなんて、わたしも頭がおかしくなっていたのかも……」

「未来人、辛かったら、あたしの家に来なさい。泊めてあげるから」

「ありがとう。わたし、もう少しがんばってみる」

 みらいは小さな野の花のように微かに笑った。

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