第18話 勉強会とクイックラーメン

 ゴールデンウィーク明けは火曜日だった。

 放課後、樹子、ヨイチ、みらい、良彦は一緒に歩いて、樹子の家へ行った。

「勉強を始める前に、話しておこうと思う」と良彦がみらいの目を見ながら言った。

 みらいは良彦の目を見つめ返した。そのこげ茶色の瞳を綺麗だと思った。

「数学も物理も化学も宇宙の神秘を解き明かすための学問なんだよ。めざすところは同じで、アプローチがちがうだけなんだ」

 みらいは黒目がちなきらきらと光る目で良彦を見つめていた。

「未来人さん、きみはSFが好きなんだよね?」

「はい!」

「数学、物理、化学はSFを書く役に立つよ。教科書は資料だと思って、ていねいに読み解こう」

「わかりました、良彦先生!」

「先生はつけなくていいよ」

「はい、良彦先生!」

 みらいが天然でボケるので、良彦は苦笑いした。

「さて、みんな、E=mc2という式は知っているかな?」

 良彦は教科書を開かなかった。雑談のように科学の話を始めた。

「そのくらい知っているわ。アインシュタインの式でしょう?」

「そのとおりだよ。さすが樹子だ」

 良彦はふわりと微笑んだ。

「1907年にアルベルト・アインシュタインが発表した質量とエネルギーの関係を示す等式だよ。この式は質量がものすごいエネルギーを持っていることを表している。1945年に広島に投下された原子爆弾は街を一瞬で壊滅させたけれど、消えた質量は0.7グラム程度だったと言われているんだ」

「ほわあ、良彦先生、なんだかよくわからないけれど、すごくよくわかりました!」

「未来人、わかったのか、わからなかったのか、どっちなんだ?」

「わかったようなわからなかったような感じだよ、ヨイチくん」

「おれにはおまえの感性がわからねえ!」

「あはは、僕には未来人さんの感性がわかるよ。わかったようなわからないような感じって、あるよね。それは扉の前に立っている状態なんだと思う。扉を開けて、中に入れば、完全に理解できるようになる」

「はい、扉を開けたいです、良彦先生!」

「じゃあ、このへんで数学の教科書を開けようか」

 良彦は数学と物理と化学を30分ずつ教えた。

「少しわかりました、良彦先生!」

「凄くよくわかったわ、良彦。あなた、桜園の教師より教えるのが上手ね」

「おれも理解した、おまえの有能さを」

 良彦はふわりと笑い、化学の教科書を閉じた。

 ヨイチとみらいと良彦は樹子の家を辞して、帰路についた。あざみ原駅から南急電鉄線に乗る。

「おれたちは溝の鼻駅で降りる。旨いラーメン屋があるんだが、未来人、食べていかないか?」

「家で晩ごはんが食べられなくなるね。でも行くよ。旨いラーメン屋さんに興味津々だよ!」

「『クイックラーメン』という店で、クイックリーにラーメンが出てくる。みそラーメンが特に旨いぜ」

「みそラーメンを食べるよ!」

 みらいは花のように笑った。ヨイチも良彦もその素直さを好ましく思った。

 クイックラーメンは溝の鼻駅から徒歩3分。アーケードの商店街の中にあった。

 立ち食いで、カウンターだけの狭い店だ。ラーメンスープをつくっている大きな寸胴鍋の中には、鶏がらや玉ねぎやニンジンなどがたっぷりと入っていて、よい香りを放っていた。

「みそラーメンください!」とみらいはメニューも見ないで言った。

「おれもみそラーメン」

「僕はしょうゆラーメンをください」

「はいよ、みそ2丁、しょうゆ1丁!」

 店主は威勢よく答えた。それから3分後には、3人の前にラーメンが出されていた。

「わあ、本当にクイックだ!」みらいははしゃいだ。

 みそラーメンのスープにはコクと甘みがあり、みらいは「美味しい!」と叫んだ。もやしと挽き肉がたくさん入っていて、味を引き立てている。

 食べ終えてから、「うれしいな~、うれしいな~♩」とみらいは歌った。

「おまえ、確かにいい歌声してるな」

「そう? 樹子にも声を褒められたんだけど、自分ではわからないや」

「確かに未来人さんの声はいいね。きみをヴォーカルで使おうとしている樹子の判断は正しそうだ」

「わあ、良彦先生にも褒められちゃった!」

「だから、先生はやめてよ」

「うん、良彦先生!」

 みらいの天然ボケは止まらなかった。 

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