第17話 緊急会議

 ゴールデンウィーク最終日、みらいは公衆電話から樹子に連絡した。

 祝日なので、彼女のお母さんかお父さんが出る可能性もあったが、幸い受話器を取ったのは樹子だった。

「はい、園田です」

「樹子?」

「未来人?」

「樹子、このままだとわたし、桜園を退学させられる!」

「ええっ? なんで?」

「中間試験でいい成績を取って、上のクラスに上がれないと、学費を支払ってもらえなくなるの。お母さんがそう言った」

「未来人のお母さん、本当にやっかいね。わかった。緊急会議を開きましょう。あたしの家に来れる?」

「いまから行く! 相談に乗ってくれる?」

「あたりまえでしょ! あなたがいなくなると、バンドが頓挫する。ヨイチと良彦も呼ぶわ」

「ヨイチくんだけじゃないんだ。どうして良彦くんも呼ぶの?」

「あたしの仲間の中で、良彦が一番成績がいいのよ。勉強のことだから、あいつの助けが必要だわ」

「ありがとう。急いで行くね」

「コーラを切らしているから、4人分買ってきて。ペプシよ!」

「わかった」

 みらいは無頓着に黄色いトレーナーと青いジーンズを着て出発した。髪は手櫛で軽く整えただけ。このあたりが樹子にもっと女を磨けと言われるゆえんなのだが、なかなか改善されない。

 南急電鉄線あざみ原駅で降りて、コンビニに寄ってペプシコーラとチョコレートビスケットを買い、樹子の家へ行き、呼び鈴を鳴らした。

 すぐに樹子が玄関に出てきて、中に入れてくれた。彼女はYMOが着ているような赤い人民服を着ていた。ものすごいインパクトのある服で、みらいはびっくりした。

「それ、どこで買ったの?」

「渋谷の裏通りの店で見かけたから、衝動的に買った。似合う?」

「樹子は何を着ても様になる」

「そう? ありがとう。未来人はもっと気合いを入れて服を選びなさい」

「はい……」

 樹子の部屋へ行くと、すでにヨイチと良彦が揃っていた。ヨイチは黒のジャケットと黒のダメージジーンズを着ていて、いつもよりさらにワイルドに見えた。良彦は上品な白いセーターと白いジーンズを着て微笑んでいた。黒と白のイケメン男子を見て、みらいはとっさに眼福だ、と思った。

「こんにちは」

「よお、未来人。おまえがピンチだって聞いたから、速攻で来たぜ」

「こんにちは、未来人さん。退学の危機なんだって?」

「そうなの。わたしのお母さんがきびしい人で、次の中間試験で上のクラスに行けなかったら、学費を出さないって言い出して。東京大学へ行きなさいっていうのが、口癖なの」

 みらいはみんなにコーラを渡し、チョコレートビスケットの袋を破いた。

「で、未来人、あなたに勝算はあるの?」

「国語と英語はがんばれば、ガンマ3で5位以内に入れると思う。文系クラスは自力で昇級できる見込みがある。問題は理系で、数学、物理、化学は苦手。おがせんの授業はさっぱりわからなくて、ついていけない」

「高校で数学についていけなくなる人って多いのよね。あたしも苦しい」

「おれも理系は苦手だ。物理と化学は興味があるから、真面目に勉強しているけれど、数学はお手上げだな」

 みらいと樹子とヨイチは、最後の頼みの綱とばかりに良彦を見た。

「僕は文系より理系が得意なんだ。数学、物理、化学、どれも得意科目だよ。未来人さん、教えてあげようか?」

「教えて、良彦くん。あなたは救世主だよ!」

「ついでにあたしにも教えてくれない?」

「おれにも教えてくれ、良彦!」

「いいよ」

 良彦はふわりと微笑んだ。

 みらいはときめいた。素敵な人だ……。

「じゃあ、文芸部で活動する水曜日以外、毎日2時間勉強しようか?」

「ぜひともお願いします。わたし、がんばります!」

「あたしの部屋を勉強会に提供するわ。ここでやりましょう」

「毎日って、毎日か? 日曜日も?」

「日曜日は午前中に勉強を済ませて、午後は遊ぼうよ。土曜日も午後3時ぐらいまで勉強して、その後は遊ぼう」

「いいわね。楽しそう」

「それならいいぜ。日曜日もやろう」

「わたし、成績アップして、遊びもできちゃうの? パラダイスだ。ここはパラダイスだよ!」

「遊びに音楽も加えていい? 曲作りとか。バンド若草物語の活動も始めよう!」

「おれは麻雀がやりたい! せっかく4人いるんだからな! 卓を囲もうぜ!」

「きみたち、バンドなんて始めたの?」

「未来人がヴォーカル、ヨイチがギター、あたしがキーボードよ。バンド名が『若草物語』っていうの。バンドマスターはあたしよ」

「ふうん。音楽はいいよね」

「良彦、あなた楽器弾ける?」

「お父さんがエレキベースの演奏が好きで、習ったんだ。多少は弾ける」

「あなたもバンドに入らない?」

「バンドのメンバーになるのはパスかな。僕はゆるい高校生活を送りたいんだ。ヘルプで参加する程度ならいいよ」

「それでいいわ。YMOもメンバーは3人だけど、ヘルプで他の人に参加してもらっている。良彦、ときどきでいいから参加して!」

「いいよ」

 良彦はふわりと笑った。

 その整った横顔を見ながら、この人と一緒に音楽をやれるんだと思って、みらいはうっとりした。 

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