第11話 樹子の部屋に入り浸り
土曜日の授業は午前中で終わる。
「今日もうちに来る?」
「行く!」
「おれも行っていい?」
「ヨイチは良彦と遊んでな! あたしらは今日も楽しく女子会よ!」
「ちぇっ」
樹子が学院の裏門に向かい、みらいはその後ろを歩く。
坂を下り、田園地帯をのびのびと歩いていく。田んぼには田植えの準備で、水が流れ込んでいる。太陽は大地を緩やかにあたためていた。
「昼飯はまた大臣でいいかな?」
「うん。わたしあのラーメン大好き!」
みらいは満面の笑顔だ。母の呪縛から解放され、高校生活を満喫している。特に楽しいのが、友だちになってくれた樹子との交流だ。
YMOのファースト、セカンドアルバムを聴かせてもらった後、サードアルバム『増殖』とライブアルバム『パブリック・プレッシャー』も聴かせてもらった。
『増殖』には『スネークマンショー』という漫才が収録されていて、大笑いした。『パブリック・プレッシャー』のA面には『ジ・エンド・オブ・エイジア』があり、みらいはその曲に魅了された。何度聴いても飽きなかった。
「『ジ・エンド・オブ・エイジア』は神曲。『ライディーン』を超える名曲だと思う」
「あたしは『テクノポリス』が一番好き」
樹子とのおしゃべりが、みらいはめまいがするほど好きだった。
彼女たちはラーメン店『大臣』に入り、ラーメン中を注文する。ふたりともニンニクをたっぷり放り込んで食べる。飽きのこない王道の醤油ラーメンだ。
もうケーキも食べられないほど満腹して、樹子の家へ行き、2階の彼女の部屋に入る。
樹子は勉強机の前の椅子に座り、みらいは座布団の上に体育座りをする。
「コーヒー飲む?」
「おかまいなく」
「あたしが飲みたいのよ」
「知ってる」
樹子はふたり分のコーヒーを淹れ、みらいにも渡してくれる。
「樹子は口が悪いけれど、やさしい」
「口が悪いは余計よ」
「じゃあ言葉が汚い」
「未来人は正直すぎる。そんなんじゃ人生苦労するわよ」
「樹子と結婚して助けてもらう」
「女同士は無理。あたしはヨイチと結婚するつもり」
「わたしはどうすればいいの?」
「良彦と結婚しなさい。あいつはヨイチよりやさしいし、顔もいい。優良物件よ」
「わたしに自己紹介の時間を30秒譲ってくれた人だよね」
「そう。あんなにいい男はいないわよ」
「ヨイチくんより?」
「そうね。たぶん旦那にするにはヨイチよりいい。まだ彼女はいないはず。いまのうちに唾つけときなよ」
「えっ、そんなの無理だよ。ほとんど話したこともないのに……」
「あたしが機会をつくってあげる。そのうちにね」
「はい。機会を生かせるかどうかわからないけれど」
「未来人は外見に無頓着すぎる。もっと女を磨きなさい。そして機会が来たら、自分から良彦に話しかけてみなさい」
「はい。話しかけ方がさっぱりわからないけれど」
「少しは自分で考えろ!」
「はい!」
「返事だけはいいわね。ところで、今日はドイツのテクノバンド『クラフトワーク』の傑作アルバム『人間解体』を聴かせてあげる。凄くいいわよ」
「『イエロー・マジック・オーケストラ』以上のテクノバンドが存在するとは考えられない」
「世界は広いのよ」
樹子は本棚から赤と黒のジャケットをしたLPレコードをていねいに取り出し、円盤をターンテーブルに乗せた。
ピコピコした音がスピーカーから流れ出す。
『ザ・ロボッツ』のメロディがくり返され、みらいは両眼をかっと開いた。
「何これ? 本当に世界は広い!」
「ウイ・アー・ザ・ロボッツ! テッテケテ! ウイ・アー・ザ・ロボッツ! テッテケテ♪」と樹子が歌った。
「ウイ・アー・ザ・ロボッツ! テッテケテ! ウイ・アー・ザ・ロボッツ! テッテケテ♪」みらいもすぐに合わせて歌った。
「楽しいでしょ? これがクラフトワークよ」
「楽しい! 楽しすぎる!」
ひとつのフレーズをくり返し歌い、演奏するクラフトワークの曲にみらいは夢中になった。
「わからない! 世界最高がYMOかクラフトワークかわからない!」
「両方とも最高峰よ。富士山とモンブランみたいなものね」
「エベレストはどこへ行った?」
「あはははは。なかなかいい切り返しよ、未来人!」
みらいは樹子が大好きだった。
彼女は彼女の部屋に入り浸っていた。
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