第8話 コンピューターゲーム

「さて、ヒット曲『ライディーン』と『テクノポリス』が収録されたセカンドアルバムを先に聴いてもらったけれど、今度は記念すべきYMOのファーストアルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』を聴かせてあげるわ」

「はい、お願いします。聴きたくて、ウズウズしています」

「ねえ、その前に、そろそろ敬語をやめない?」

「あ、はい、そうですね」

「そうですねじゃなくてさあ。あたし、未来人と友だちづきあいをしたいの。あなたはそうじゃないの?」

「うん。そうだよ……」

「ですとかますとかはなしね」

「わかった、樹子」

「それでいいわ」

 樹子はにんまりと笑った。それからさっき聴いた『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』を仕舞い、別のLPレコードを取り出した。

 着物を着た女性の頭が破裂して、コードが四方八方に飛び出している絵がレコードジャケット。アルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』だ。

 樹子はそれをターンテーブルに乗せた。

 A面の1曲目は『コンピューターゲーム サーカスのテーマ』。

「あ、これ、ゲームの音だよね」

「そうよ。ゲームセンターで聴く音」

「わたし、ゲームセンターには行ったことがないの」

「え? 少し前にインベーダーゲームが大ブームになったでしょう? どうして行ってないの? ゲーム嫌いなの?」

「嫌いとか好きとかもわからない。お母さんに禁止されているから、ゲームセンターには行っていないの」

「禁止……?」

「うん。だから、ゲームセンターには出入りできない……」

 樹子はあきれたようにみらいを見下ろした。

「あのさあ、親の言うことに唯々諾々としていればいいのは、中学生までよ」

「え……?」

 みらいは信じられないことを聞いた気がして、びっくりした。

「高校生になったからには、自主独立の気概を養いなさい。要は自立への道を歩みなさいってこと。あなた、一生親に養ってもらうつもりじゃないでしょう? 高瀬みらい独自の人生を歩まなければならないのよ。もう自分の考えを持ち、自分の行動は自分で決めなさいよ」

「自分で決めていいの?」

「いいに決まっているじゃない。あなたの人生なのよ。親の人生じゃない」

 みらいは呆然と樹子の瞳を見つめていた。やや赤みがかった宝石のような瞳だ。

 スピーカーからは2曲目の『ファイアークラッカー』が流れていたが、みらいは頭をぶっ叩かれたような衝撃を受けていて、脳は音楽を感知していなかった。

「お母さんに逆らうと殴られる……」

「はあ? 未来人は母親に虐待されているの?」

「虐待じゃないと思う。教育とか愛の鞭とかだと……」

「どんなふうに殴られているのよ?」

「普通に拳骨とか、頭を壁にぶつけられるとか、平手打ちとか、蹴りとか、膝蹴りとか、ヘッドロックとか、デコピンとか、顔を水面下に沈められるとかだけど……」

「虐待を超えて、犯罪だと思うわよ、それ……」

 樹子は可哀想な者を見る目をした。

 みらいは自分を見つめ直した。

「お母さんはわたしを虐待しているの?」

「まちがいなく虐待よ。お父さんはそれを止めないの?」

「お父さんは仕事で忙しくて、家のことはすべてお母さんにまかせているの。わたしの教育のことも」

 はぁ、と樹子はため息をついた。

「逃げなさい、未来人。反抗するのもいいわね。あなたのお母さんは毒親よ。そのままだと、あなたの精神が壊れる。あたしが保護してあげるわ。いつでもこの部屋に泊めてあげるから」

「樹子、今日会ったばかりのわたしにそこまでしてくれるの?」

「これも何かの縁よ。もしあなたがわたしの親友になってくれるなら、そんなの安いものよ。親友は恋人よりも価値があるんだから。一生もののつきあいよ」

「樹子の親友になるのはむずかしいと思う。わたしは何も持っていないから。あなたに差し出せるものが何もない」

「あたしは勘がいいのよ。未来人には、何かがある。自分で気づいていないだけで、すごいものを持っているはず。あなた、何かとても好きなものはないの?」

「あったけれど、燃やされてしまった……」

「何それ?」

「わたしが書いた小説ノート。大切なものだった。小説を書くのが好きだった。お母さんにガスコンロで燃やされた……」

「未来人、小説を書くの? あたしと同じ趣味じゃない。親に燃やされたからって、書くのをやめるの? 書いた努力と経験は消えたわけじゃない。また書きなさいよ」

「書いていいのかな? お母さんには、勉強だけしていなさいと言われたの……」

「だから、親に従って生きるだけじゃだめなんだって。自主独立の気概を持てよ、未来人!」

「はい……」

 みらいは泣いていた。

 スピーカーからは『コンピューターゲーム インベーダーのテーマ』が流れていた。

「今度、ゲームセンターに連れていってあげるわ。インベーダーゲームをやりましょう」

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