42「狂乱凶行」

「年齢っていうのは、生まれた日数を個人の情報として記録するものです」

「それすると、どうなるの?」

「管理し易くなるんです」

「なんで?」


 レインの説明に、ブラックは心底首を傾げる。


「ある年齢までは保護しながら育て、ある年齢になったら同じ教育をして、ある年齢になったら働いて、ある年齢になったら家庭を持って子を残し、ある年齢になったら死ぬ。支配側が非常に管理し易い制度なんですよ。支配される側もそれなりに楽らしいですし」

「へー、鬱陶しそう。というか、いつ死ぬとか分かるの?無理じゃない?」

「それはアンタが魔力の強い人間だから、そう思うだけ。人間は生まれたばかりの赤ちゃんから成長して、やがて全盛期の肉体を得ると、そこで肉体的な変化はほぼ止まります。その後は生きる内に肉体の魔力結合が損耗していって、維持できない程に結合が失われた時に消滅します。

 神クラスや神に準ずるレベルの魔力と魔力結合を持つ者は、ほぼ不死ですけど」

「そーねー。大体戦って死ぬけど、たまに寿命が尽きるまで生きている人もいるわね」


 ブラックは想像もできない、遠い遠い未来に想いを馳せる。

 自らの肉体が尽きるのは、1万回朝が来てからか、100万回夜を見てからか。


 それとも戦いの中で、明日にでも死んでしまうのだろうか。


「ただこれは強い魔力を持つ者の話です。多くの人は魔力の結合が弱いから、全盛期の肉体を得た後、程なくして崩壊します。また魔力の少ない人は、得てして全盛期の肉体自体も未成熟なものになりがちです。

 幼い姿で全盛期を迎える、子どもしかいない領土が最たるものね。そう言う寿命が短い人が多い遠い地域では、年齢制が導入されがちとか」

「魔力の無い人達は、いつ死ぬか知りたいって感じ?ああ、管理が側か。分からなくもないけど、人間の成長なんて人其々なんだから、同じ基準で括ってどうする訳?」

「哲学的な意味なんてないわよ。人を数字で見るのは楽ってだけだから」

「……まあ、私が怒る事でもないけどさ」


 ホワイトは何か言いたげだったが、レインに言っても仕方がないと口を噤む。


「領主さんは、その年齢制度を導入しようとしたの?」

「カレンの説明だと、よく分からない事を言っていたってだけっぽ。カレンがものを知らない娘だから、説明がよく分かんない」

「カレン的には、領主さんが年齢制度を知っているのはおかしいって事かな?」


 ブラックは記憶にあるカレンを思い出してみる。

 たしかに少々思い込みが強く、暴走し易い娘だった気がした。


 こうやって昔の知人を思い出す時に、年齢制度が便利なのかとの考えが頭をよぎった。

 しかし他人の命の量を図っているようで、気分は良くなさそうだ。


「カレンはそう思ったみたいだけど、マスターが年齢制度を知っていること自体はおかしくないし。昔は王族を追われて放浪してたらしいし、年齢制度のある国に行ったことがあるか、話を聞いたことがあっても普通。

 おかしいのは、いきなり年齢に関する事を言い出した部分」

「……やっぱり記憶が巻き戻っているのかもね。この領土に年齢制度がない事を知らない所までとか」

「む~……」

「カレンは、まだ偽者だと思ってるの?」

「カレン的にはびみょー、らしい」

「そうなの?」

「マスターが鬼姫を使っていたから、らしい」

「ああ、炎のやつ?あれヤバ過ぎない?なにあれ?」


 マコトは鬼姫と叫んで、炎の美女を呼び出していた。

 ジャスティスさえ圧倒する鬼姫の攻撃力は、バカ硬いホワイトすら怪我をさせるレベルではないかと震えた。


「鬼姫は、元々マスターの婚約者。ルドワイエに殺されたんだって」

「えー……領主さんの魔術は、死んだ人間を炎として呼び出す的な奴?」

「そんなもの。婚約者と言っても政略結婚で、マスターが全盛期の肉体になる前の事らしい」

「政略結婚って事は、鬼姫側も王族なの?」


 レインの説明的に、随分と前の事なのだろう。

 年齢制度が導入されていれば、おねショタという事になるのかも知れない。


「もう滅んだ国だけど、そうだったってさ。マスターと鬼姫、ルドワイエと鬼姫の弟君が婚約関係。けど弟君が狂乱して家族を殺して、そのままルドワイエも殺そうとしたらしい。

 でもルドワイエは生き延びて、報復としてその国を滅ぼしたらし。国を滅ぼされた後、鬼姫は1人でルドワイエに戦いを挑んで、返り討ちにあったとか」

「へー」

「3万の兵に1人で戦いを挑んで、ほとんど壊滅させたんだって。でも一歩及ばず、燃え尽きたとかなんとかかんとか」

「それはまあ、無茶苦茶ね。エルダーがシスター100人分、副メイド長がシスター10,000人分の戦闘力って言われてるし、鬼姫は副メイド長の3倍くらいの強さ?」


 ブラックの大雑把な話に、レインは怪訝な顔をする。


「どこ情報です?それ」

「町でよく聞く話よ」

「粗雑な……大きく外れてないけど」

「外れてて欲しいけどねー。私達にとってはシスターでも厄介なのに、その100倍とか10,000倍とか、成す術なしよ」

「ちなみにルドワイエの兵にも、副メイド長以上の強さの四征獣。エルダー以上とされる十勇士と八首衆がいるから、それをほぼ壊滅させた鬼姫は、副メイド長様の3倍どころじゃないかもよ」

「えーぐいわね!私オンスロートにも、瞬殺されたのよ」

「あの人は中距離近接最強だし、中距離射撃型のアンタじゃ無理っしょ」

「くぅ~悔しい!」


 ブラックはルドワイエ歓迎セレモニーの時を思い出す。


 鬼姫がルドワイエを攻撃しようとした後、奇想の断崖とメイド隊のぶつかり合いになった。

 ブラックはオンスロートと相対したが、まともに戦闘も出来ずに無力化されてしまったのだ。


「で、結局その鬼姫が召喚に応じてるから、領主さんは本物っぽいって訳?」

「まーねー。マスターの煉獄の炎群には意思があるから、偽者には使えんでしょ。肉体的にも本人だし」


 ブラックもレインも、そこら辺が落としどころかと溜息を吐く。

 自分たちは意思決定をする立場でもないし、ライガーを名乗る人物を処断する気もない。


 だから、これ以上話しても何にもならない。

 というよりも、重大な問題はそちらではない事を、ブラックも薄々気付いてしまっていた。


「鬼姫の弟君が家族を殺して、ルドワイエを襲ったのってさ……」


 ブラックが口にすると、レインは露骨に嫌な顔をした。


「滅多な事は口にしたくないです。いや、聞きたくない」


 弟君はルドワイエの洗脳で凶行に走らされ、国を滅ぼされたのではないか?

 最悪のシナリオに思い至ったが、さすがのブラックも最後まで言葉にできなかった。


 勿論そんな滅国の悪女が乗り込んできているのであれば、シリウスアクティビティも無事では済まないだろう。


「ルドワイエの訪問は、荒れるわね」

「……もうとっくに、しっちゃかめっちゃかなんだけど」

「ド~ンマイ」


 机に突っ伏すレインを適当に励まし、ブラックは静かに目を閉じた。

 ルドワイエへと斬り掛かる鬼姫の姿が、瞼の裏に浮かんでくる。


 鬼の面の隙間から見えた美しい顔。

 刻み込まれたのは悲壮と怨念と妄執と悦楽と狂乱と。


 どんな絶望を抱けば、あれほど痛ましい表情が生まれるのか。

 想像するだけで自我が侵食されそうな悲痛に、心が拉げてしまいそうだった。

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