41「偽者」
ブラックは広く清潔な部屋で目を覚ました。
沢山のベッドが並べられた場所で、お城の一室を診療所として使っているみたいだった。
「……みたいじゃなくて、ここお城ね」
ぼんやりと視界情報を確認し、疲れたように呟いた。
なぜこうなっているのかを思い出そうとしたが、混濁している気がして上手くいかない。
誰かさんのせいで突発的にメイド隊と戦闘になって捕まって、助けてくれたけど恐ろしく強いメイドと戦闘になって死にそうになり、けどメイド達に助けられてそれで……
質の悪い悪夢みたいな映像しか脳裏に浮かばない。
いや……現実だと認めたくない大変な事が起こっていたのだろう。
「起きた?元気なら早く帰りな」
「……なによ、つれないわね」
記憶を確かめていると、近くに座る人物に声を掛けられた。
ハスキーだが幼い感じのする不思議な声の女性。
ピンクのメッシュの入った長い銀髪を、後ろで1つにまとめている。
白いメイド服を着た彼女の名前はレイン。
一応ブラックの顔見知りだ。
「レイン、私記憶が混乱してるんだけど、少し詳しく説明してくれない?」
「部外者に説明する訳ないでしょ。こっちだって分かってないんだから」
ブラックは目線だけ動かして、隣のベッドを確認する。
そこにはマコト……ライガーと呼ばれていた人物が寝かされていた。
「敵対勢力の横に、重要人物寝かせておくのは不用心なんじゃない?」
ブラックは体を起こし、マコトを攻撃するそぶりを見せた。
「アルティメット・ペイン『限定強化・右腕』」
「え……?」
レインが左掌を上に向けて魔力を編むと、突如ブラックの右腕が消失した。
起き上がろうとしていたブラックは、支えを失って倒れそうになる。
「元気になってないなら、まだ患者。寝てな」
「……右腕…ある……?」
慌てて確認したが、ブラックの右腕は変わらず存在していた。
目で見れば腕が自分にくっついている事は分かる。が、目線を切ると欠損しているとしか思えなかった。
右腕に一切の感覚も重さもなく、通う血すら感じられない。
目で見た光景が偽者みたいな感触になり、脳がバグって吐きそうになった。
「だから寝てなさいって。医者の言うこと聞かないと死ぬよ」
「……なにこれ?」
ブラックはゴムのような右腕を、ぶらぶらさせて見せる。
動かそうと思えば動くのだろうが、腕にくっついている邪魔な重りにしか思えなかった。
「私の左腕であるアルティメット・ペインは起動する事で、対象の痛覚を鈍化・喪失させることができます。
あなたは怪我を治すために全身に手術をしており、そのために痛覚を麻痺させています。現在もアンタの体には死んでしまう程の激痛が残っていますが、アルティメット・ペインで痛みを鈍化させているので、辛うじて生きている状態です。
今しがたマスターに危害を加えようとしていたので、緊急措置として右腕の感覚のみ、鈍化ではなく消失に切り替えました。通常、感覚の消失は簡単には出来ませんが、あなたの場合は手術の時からアルティメット・ペインを掛けっぱなしなので、腕どころか心臓の感覚も、脳の感覚も消失させることが可能です。当然行えば、あなたは死にます。
またアルティメット・ペインは発動させることで、鈍化・消失を解除した上で対象の痛みを倍増させることも可能です。文字通り究極の痛みで、対象の脳神経は焼け切れます。
お分かり?私の判断次第で、アンタは苦しんで死ぬから」
「……ご親切に魔術の詳細まで、ベラベラとどうも」
ブラックは嫌そうに舌を出し、嫌みをぶつける。
レインの説明を聞く内に、気分は最悪になっていた。
「医者には説明責任があるから。あと魔術じゃなくて魔法」
「はいはい。さすがお城付きのエリートさんね」
ブラックは溜息を吐き、諦めてベッドに寝転んだ。
とは言え眠気は全くない。恐らく長い間寝ていたのだろう。
さっきは気付かなかったが、言われてみれば全身がマヒしているように感覚が淡い。
思い浮かぶ記憶も脳が眠っているように薄っぺら。
でも全部が思い違いという事もないのだろう。
「彼って領主さんなの?」
ブラックは眠っているマコトに顔を向ける。
出会った時からの行動を考えると、とても彼が領主とは思えなかった。
しかしメイド達の話を漏れ聞くに、彼はシリウスアクティビティの領主であるライガーらしい。
好意的に受け取れば、身分を隠してルドワイエを排そうとしたと言う所だろうか?
それでも全ての行動に整合性を求める事は出来なかった。
「カレンは偽者かも知れないって言ってました」
「偽者!?……でも悪意ある人ではなさそうだったわよ」
ブラックの驚きの声に、レインは不服そうな顔をした。
「たぶんそうなったマスターと一番行動を共にしているのはアンタだから、アンタが言うならそうなんでしょ」
「は?訳分からないんだけど」
「こーっちだって訳分からないの!」
レインは手許の筆記具をガチャガチャと鳴らす。
「カレンはマスターがメイド隊のシステムを理解してないって事で、偽者と判断したみたい。メイド隊のシステムを、『エルダーが1人だけシスターを選ぶ』とかって口にしたとか」
「確かシスターってスチューデントの次でしょ?エルダーの下の。あー、1人がどうとかが、実際のシステムと違うの?」
「そう、エルダー50人程度に比べて、シスターは2000人近くいます。エルダー1人とシスター1人という実態はありません。なのに間違えていた。マスターが本人であれば、システムを理解していない筈はないから、確かにおかしいって」
「おかしいわよね。領主が完全にメイド隊の運営をほったらかしにして、システムの把握すらしてないとかじゃなきゃ」
「マスターはメイド隊をとてもとても大事にしています。システムを理解してない位、無関心なんてことはありません」
レインの声が少し怒っているようだった。
ブラックは刺激しないように、そうねー、と適当な相槌で流す。
「でもマスターの言っている、『エルダーが1人だけシスターを選ぶ』マンツーマン制度は、昔はありました」
「そうなの?」
「ええ。最初メイド隊が2、30人だった頃までは、そんな制度だった。殆どがスチューデントで、副メイド長はまだできていない時。セフィ様やテンコ様達がエルダーシスターを任命されていて、見込みのあるスチューデントから、それぞれシスター1人を選んで、戦闘技術を叩きこんでた」
「組織の最初って、そんなものよね」
「……カレンはその時期には入隊していないので、これは知らないのかも知れません」
「なるほど……領主さんは何かしらの記憶の混乱があって、記憶が昔に戻っているかもしれないって事?」
「可能性としてはある。まだ領主として成熟していない時の記憶に巻き戻っていて、今の状況を把握できていないなら、多少軟弱な性格に成っていてもおかしくはない」
たしかに領主っぽくなかったと、ブラックはマコトの言動を思い返す。
「いっそのこと領主さん本人に聞いたら?」
「アンタは自分の親や命の恩人に、面と向かって死ねと言えますか?」
「言えるけど?」
「……たとえを間違えました。とにかく聞き難いの!」
やはりレインの声の奥には怒りが見え隠れし、ブラックはそうなのねと軽く流した。
寝たふりをしてやり過ごす事も考えたが、旧友はなかなかヘラっている様子。
気が済む程度には話を聞いてあげようと、口を開くのを待つ事にした。
それなりの時間が経ってから、レインは諦める様に押し出した。
「カレンはマスターに年齢を聞かれたそうです」
レインはライガーの不審点を更に挙げる。
決定的とも言える違和感の事を。
ブラックは聞きなれない単語に眉根を寄せた。
「年齢って……なに?」
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