12

 高木が倒れた床は、喉の傷からの出血で真っ赤に染まっている。しかし、まだ死んではいなかった。

 高木は太っていた。首のまわりにも、分厚い脂肪の層をまとわりつかせていた。その層が、出血のスピードを遅くしていたのだ。

 か細い声でつぶやく。

「こんなことだと思った……一緒に逃げるなら……二人で死んでも良かったのに……どうせ、逃げ切れやしないんだから……」

 だから高木は、サオリに渡したバッグの底に、本物のダイナマイトを忍ばせていた。

 弱々しい動きでポケットからPHSを取り出す。そして点火し、息絶えた。


          *

 

 テレビの音が、まだ聞こえる……

『緊急着陸したヘリコプターが、今、パトカーに取り囲まれています! あ、犯人一味が投降します! 人質の女性も解放されました!……』

 解放……

 多恵が、生きている……

 生きている……

 もういい……充分だ……

 多恵が生きていさえすれば、もう何も要らない……

 私の、命も……

 と、腹の下から、かすかな爆発音のようなものを感じた……何だ……?

 だが、もういい……

 どうせ、もう何もできはしない……

 力、尽きた……

 悪魔よ……ありがとう。

 待たせたな。お前の時間だ。

 命を奪っていくがいい。

 だが、多恵は、守れた……

 それで、いい……

 それだけで……いい……

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