第56話 女子会

 翌日、ヨハンが王宮へ戻ってしまう土の曜日の午後、メルルが私の部屋を訪れてくれた。


「待ってたわよ! メルル」

「えへへ、お待たせしました」


 昨日、寮へ帰る時に約束した女子会だ。

 午前を提案したものの、午後でも大丈夫ですよーと二つ返事だった。その後の「いいですよね、セオドアさん」という言葉から、二人がいつも会っているんだろうなということが分かった。


「入って、入って」

「はーい。お邪魔します!」


 部屋に女の子がいるだけで華やかになるわね。


「あ、クッキーを持ってきました」

「ありがと。おやつに後で食べましょうか。私も食堂で果汁シロップを買ったし、水で割ってテーフルトゥムにして飲みましょう」

「やったぁ! 嬉しいです〜」


 メルルに女子会をしましょうと提案したら、てっきり「なんですか、それ」と聞かれるものだと思っていたのに、涙目で大喜びされてしまった。

 言葉のニュアンスで分かるものなのかしら。


「それじゃ、布団の上に乗っかっちゃっていいわよ」

「え、早速ですか! うわ〜、なんか悪いことをしている気分。ドキドキしますね」


 まだ緊張している様子のメルルをぎゅっと抱きしめると、えーいと布団に倒れこんだ。


「きゃ~」


 すっごく喜んでいるわね。


 倒れこんだメルルの髪をなでると、いきなり核心に突っ込んでみる。


「それで、セオドアとはどこまでいってるの?」

「ふわぁ~、そこ聞いちゃいますか! すごいですね、女子会。最初から赤面ものですね」


 笑ってくれているし、もっとしつこく聞いてもいいかな。駄目かな。


「そりゃ女子会だもの。恋バナでしょ、やっぱり」

「え〜、でもでも、ライラさんならお見通しなんじゃないですか?」

「全然分かるわけないわよ。仲よさそうだなーってだけ」

「そうだったんですか」

「可愛い顔して、かわすのが上手いわね」

「そんなんじゃないですよぉ。うーんと、少し勇気を出すので待ってください」


 何やら考えこんでいるわね。

 そりゃそっか。

 いい子だし、セオドアの顔も立てて言っていいことと駄目なことを整理しているのかもしれない。


「わ、私、セオドアさんのこと、話していてどんどん好きになっちゃうんです」


 か、可愛い……!

 鬼、可愛い……!

 若い!

 これが若さというものなのかしら……私がこの言葉を言ったら気持ち悪いんじゃないだろうかと、ふと考えてしまう。


「そう、よかった。実はアンソニーがメルルに興味があるって言っていたから、あの子は駄目よとぶった切っておいたのよ。安心したわ」

「そ、そうだったんですか。助かりました。いつの間にか助けられていたんですね。あれ? でもアンソニーさん、前に食堂でライラさんを口説いていませんでした?」


 ああ……、そんなこともあったわね。

 私がヨハンの頬にキスしちゃった時よね。

 時を巻き戻したいわ。


「そうね。私が駄目ならメルルって感じだったわ。ほんと、酷い目にあった……」

「それは節操がないですね」

「あっはは、言うわねー」


 ゲームでは学園祭の後に告白だったから、そこまではまだかな。

 メルルがセオドアを好きだと分かってよかった。これからも、温かく見守りましょう。


「それで、ライラさんに機会があれば、お聞きしたいと思っていたことがあるんです」


 少し彼女の様子が変わった。

 これから言う内容に対しての勇気だったのかもしれない。


「いいわよ」


 寝転がっていた態勢から、身を起こす。

 なんとなく、そうしなきゃいけない気がした。彼女もまた起き上がった。


「今から聞くのは、気が早すぎるとか自惚れがすぎると思われるかもしれませんが」

「いいえ、何かをあらかじめ聞いておくことに、早いも遅いも自惚れも何もないわよ」

「ありがとう……ございます」


 そうして息を吸い込むと、震える声で私に聞いた。


「王族の妻となる場合、どんな覚悟やどんな技術やどんな知識が必要ですか。私はセオドアさんと、その……恋人同士になる前に、知っておきたいんです」


 ジェラルドとの会話を思い出す。

 彼女は耐えられるのだろうか、と。

 そう言っていた。


 ゲームとは違う。ハッピーエンドの後も、この世界は続いていく。いきなり泡のように消えるとは思えない。


 必要なことなのかもしれない。

 彼女も……意識していたのね。


「ジェラルドも気にしていたわ」

「え、ジェラルドさんが、ですか?」

「ええ。あなたに耐えられるのか、と。あれでも結構色々と考えて気にしているのよ」

「そう……だったんですね。そっか、心配させちゃって、ジェラルドさんにも申し訳ないことをしました」

「そこは、勝手に悩ませておけばいいのよ」

「もー、ライラさんったら」


 ジェラルドは、普段はあの性格だ。

 きっと悩んでいても隠してしまう。メルルにも知っておいてほしいと思った。

 ……この様子なら、彼女は間違いなく隣国へ行く。


「必要なこと……ね。私も王族の妻になってはいないから分からない部分も多いけれど、公爵令嬢ってだけでも色々あるわ。一度会った人のことは、何をもらったかなんかも含めて覚えておかなくてはならなかったり、とかね。文字を綺麗に書くとか、聞き取りやすい声を出せるように発声練習とか、美しい歩き方とか、社交のためのダンスや最低限のマナーもね。それらは必須。王族の妻ともなれば式典や儀式の参加もあるし国の顔として参加するから、言葉の使い方も含めて叩き込まれるはずよ」

「……はい」

「公爵の嫁って視点なら、夫の仕事を手伝う場合でも実務は家令がしてくれるけれど、税の徴収でも商売関係でも適正な量や金額なんかを知らないと中抜きされるわ。何も知らずに印を押すだけは危険なのよ。それに、取引をする相手にも、その人に影響を与える妻がいることがほとんど。社交で仲よくなっておくのにも意味があるの。そのために話題も仕入れておかなくてはならない。そのあたりは王族の妻でも必要でしょうね。パッと思い付くのは、こんなところかしら」

「……なるほど、それらが卒業したら一気に押し寄せてくるんですね」

「ええ、でもジェラルドが心配していたのは自由の制限の方ね。好きな場所にも思ったように行けず、常に護衛に張り付かれるわ。慣れるけどね」

「なかなか、ピンとこない部分はあります。実際に味わったことはないので……」

「そうね。でも、愛があれば大丈夫よ」


 深刻に考え込む様子に、カラカラと笑ってみせる。


「世の中、どうにかこうにかなるわ。自信満々に笑顔を振りまいていれば、セオドアだってフォローしてくれるし失敗しても許されるわよ」

「ライラさんに大丈夫って言われると、そんな気になってきます。やっぱり聞いておいて、よかったな」


 信頼百パーセントのような顔で甘えた声で言われると、たまらなく可愛い。私のものなんだから触らないで、と周囲に言って抱きしめたくなるわね。


 つまり、華があるということ。

 この子がいれば、その場は彼女の空気に変わる。


 だから……きっと大丈夫。


「ライラさんは、どうなんですか? ヨハネス様と」

「ふぇ!?」

「だって、女子会と言えば恋バナって言ってましたもんね!」

「うぐっ」

「どんなふうに愛を育まれたんですか? 聞きたいなぁ~、私」


 は、反撃がきつい!


「いっつも寄り添っていますしね! いいないいな~、憧れです。素敵すぎます」

「え、ええと……」


 恥ずかしい。

 なんて恥ずかしすぎる会話なの。

 私が招いたんだけど、表情が保てない。


「好き、なんですよね」

「そ、そうね」

「好きなのに婚約を解消しちゃったの、なんでなんですか?」


 突然、心臓が止まった気がした。

 いきなり切り込んでくるわね……油断ならない。


「前にヨハネス様と食堂で相席になった時に、聞いたんです。ライラさんがヨハネス様に相応しいと証明するためにここにいると、愛しているんだとおっしゃっていました」

「……そう」


 あの時、そんなことを話していたのか。愛していると宣言してきたとは言っていたけど、婚約解消の話まで。

 やっぱり……メルルに嘘はつきにくいのね。


「小さい頃に会った時も仲よさそうでしたし、不思議で。女子会なら、聞いても許されるかなって」


 申し訳なさそうに笑う彼女は、あんなに鋭い質問をするようには見えない。


 どうしようかな。

 答えちゃうか。


「もっと相応しい人がいると思ったのよ」

「いないと思います、絶対」


 絶対って好きよね……。


「あなたに、恋をするかもしれないと思ったの」

「――――ぇ」

「私といれば、王太子としての仕事を思いだす。彼は王太子らしくしていなければならないのよ。国王に相応しくないと思われれば、傀儡にしようとする勢力が出てくるし暗殺の危険も増すわ。十一歳だったあの日、あなたに会って……、きっとメルルなら学園に入ると思ったわ。ヨハンを支えてくれる存在になるのかもしれないって。私よりも自由な平民の風を持つあなたの前でこそ、本当の自分を出せて……幸せになれると思ったのよ」

「そんな……」

「あなたには華がある。それを子供の時から感じていたわ。その存在感で周囲の空気を和らげ、何も言わなくても自分に注意を向けさせる華よ」

「…………」

「王太子妃に、王妃に絶対に必要なものを、もう持っているのよ」


 彼女が目を見開いたまま、ぽろぽろと泣き出した。


「ちょ、どうしたのよ。あれ、私何か泣かせること言ったかな。ハンカチハンカチ」


 ポケットに入れていたハンカチを、彼女の目に押し付ける。


「あ、すみません、迷惑かけちゃった。でも、そんなのライラさん……いい人過ぎます。優しすぎる。なんで……」

「大丈夫よ。今はちゃんと、ヨハンと添い遂げる気でいるわ」

「ライラさんは、いつも皆さんのことを気遣っています。もっと我儘になってください」

「大丈夫、それも結構言っているわ。ヨハンに委員会の立ち上げも丸投げしちゃったし」

「私……、ライラさんが大好きです。ものすごく、大好きなんです」

「……それは、ありがとう」


 嬉しくて私まで涙がこぼれる。

 そのままの顔で二人で笑い合うと、ぎゅっと抱き合った。


 その後も色んな話をした。

 どんなところが好きなの、とか。

 どんなデートがしたいな、とか。

 夢のある話。


 メルルが、大好きな親友になった気がした。

 卒業後はきっと隣国フィデスへ行ってしまう。気軽には会えない距離になってしまう。


 話し方も、全て変えなくてはならなくなる。


 それが……すごく寂しくなった。

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