第54話 報告

「昨日は図書館でアンソニーに口説かれて、ジェラルドとも会ったわ」


 今日もヨハンとはのんびりと、ホール近くの東屋のベンチに座ってお話をしている。


 ここは日の曜日になると、ほとんど人がいない。放課後もよく空いている。

 もしかしたら、私たちのいつもの場所だと思って他の学生が避けてくれているのかもしれない。


 今は午後だ。

 午前中には、昨日シーナが取りに戻ってくれたボードゲームが例の部屋の棚に収められているのを確認した。

 準備は万端だ。


「なんで君は、僕がいないとそうなるんだ……」

「たまたまよ。ジェラルドとはただの雑談だし。一応、誰かに見られていないとも限らないから、報告しておこうかと思って」


 アンソニーとの会話は、誰かに聞かれていた可能性もある。


 ジェラルドとは、あの後すぐに私は退散した。書庫については、帰る前のワンクッションにと最後に聞いてみたら「開いていたから、ついね……」とこちらも見ずに言っていた。

 なぜあの時に開いていたのかは分からない。


 例の発言だけは全力でなかったことにしよう。ジェラルドもきっと言わないはずだ。


「あーあ。もう戻りたくないな……。今だけでも全部父上が引き受けてくれたって、いいんだよな……」


 ああ、人使いが荒いっていう国王様ね……。

 荒いらしいわね、と聞くわけにもいかない。


 やさぐれているヨハンは珍しくて、可愛いく感じる。


「大丈夫よ、なんだかんだでヨハンしかいないってこと、アンソニーだって分かっているし」

「でも、ちょっかい出されるんだろう?」

「そう、それが不思議だったのだけど、ギャップ萌えのせいかも。皆が私に好意を持ってくれるのも、そのせいだったのかも」

「ギャップ萌え?」

「ええ、普段強気な私が、変なことをしたり動揺するのが面白いらしいわ」

「それは……」


 ヨハンの手が、私の髪から頬へとなでていく。


「昨日は何をやった?」

「――――う」

「変なことをしたのか動揺したのか、どっち?」

「……アンソニーについて書かれた本を手に取ったところを、見られたのよ」

「あー……。それは妬けるな。僕があいつの立場でも、大喜びで口説きそうだ」

「軽率だったわ」

「まったくだ、と言いたいところだけど、君に非はないよ」

「やっぱり土の曜日は寮に引きこもっていた方がいい?」

「いいや」


 そのまま彼の方に引き寄せられ、ぎゅっと抱かれる。ふわっとかすめるように、こめかみ近くにキスをされた。


「それじゃ、息が詰まるだろう? 僕と結婚すると誓ってくれるなら好きにしていいよ」

「女神様に?」

「いいや、君自身に。何があっても僕と結婚してよ。たとえ、僕から気持ちが離れたとしても。どれだけの時間をかけても、何度でもつなぎ直すからさ」

「離れないわよ」

「それを願う」

「あなたの気が変わらず、その時まで私を好きでいてくれるのなら、ずっと側にいるわ」

「……まだその条件をつけるんだな。そんなことを考えもしないほど信じてほしいのに」


 メルルと恋仲にはならない。

 そのことに疑いはなくなった。

 私を好きだって気持ちも信じられる。

 信じられるどころか……深い愛情に溺れてしまいそう。


 でも……私は一度経験してしまっている。


 大好きになった人と結婚して子供まで授かって、見向きもされなくなってしまった経験を。

 ――ずっとでは、ないかもしれない。

 どうしても……そう思う。


 ずっと愛してもらえるほどの価値が、私にあるの……?


 傷つきたくない。

 だからこそ、自分の想いにセーブをかけてしまう。ヨハンといると、自分がどれだけ臆病なのかを思い知る。


「……善処するわ」

「ああ、僕も君に愛を語り続けるよ。完全に信じてもらえるまでね」


 相変わらず、罪悪感を刺激してくるわね……。


「そういえばジェラルドって、あなたにとってどんな印象なの?」

「いきなり話が変わるな。もしかして、ジェラルドとも何かあったの?」


 そんな、呆れたように見なくても。

 ヨハンが留守にするたびに、男性を誑かしている女みたいじゃない。


「なんとなく……なんだけど。繊細で色々気にして悩んじゃうタイプの子なんじゃないかって」

「はいー!?」


 ……こんなに驚いた顔をするヨハン、初めて見たかも。そんなに意外?


「はぁ!? あいつが? なんで? 全く分からない。分からなさすぎる。なんでそう思ったんだ」

「え、ええっと、人にああいった態度をとるタイプって、自分の心を守ろうとしているとも言えるじゃない? 攻撃されたくないから、先に攻撃するみたいな。攻撃とは違うけれど、硝子の心を持っている気がして」

「ないないないない、あれでも王太子だよ? ろくでもないに決まっているじゃないか。笑顔できっと、そいつ独房に入れといてとか言えるよ?」


 あなたも王太子ですが……。

 自分のこと、ろくでもないと思っているのね。


「……メルルのことを心配していたのよ。セオドアと仲が深まっているのは分かるでしょう? もしそうなった時、あそこまでの自由の制限に耐えられるのかなって。他にも色々と気にしていたわ」

「なるほど。確かに談話室で話していても、二人の間の空気の変化は感じるよ。奴にも人間らしい感情はあったということか」


 すごい言われようね、ジェラルド。

 ここまで根に持っているとは……。

 自業自得だけど、ジェラルドも損な性格ね。


「色々と割り切れていないようにも感じた。自分の国では王太子らしくあろうとして、相談したり自分を出せる場所が少ないのかもしれないわ」

「まぁ、そうだろうな。僕にはライラがいてくれたからね。君が気にかけていることは分かったよ。あいつが実際どうなのかは、ともかくね」


 そこ……強調するわね。

 隣国の王太子同士、仲よくなれればいいのに。


「土の曜日、メルルと約束して会ってみようかな」

「あ、それはいいね。僕も安心だ」

「セオドアとのデートを邪魔しない範囲でね」

「あー、いいよなあいつは。休日二日間も会おうと思えば会えるんだろう? 邪魔していいよ、土の曜日くらい」


 もー、知り合ったばかりの二人くらい温かく応援すればいいのに。それだけ私と会いたいのなら、責められないな。


 ヨハンとなんてことはない雑談をしているだけで一日が終わっていく。なんて贅沢な時間だろう。無理だと分かっていて、ずっとこの学園に留まりたくなってしまう。


 ――終わりなんて、来なければいいのに。

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