第44話 久しぶりのカムラ
食堂に来ると、やはり混んでいる。
「それじゃ、僕はライラと食べるから。君たちはどうにかするといい」
いち早くヨハンが私の腰に手をまわしたまま、離脱した。
……まぁ、気持ちは分かるけどね。
二人席を見つけて鞄で場所をとり、定食を持って戻る。
ふと向こうを見るとセオドアとジェラルドで同席し、リックは友人のところへ行ったようだ。メルルの姿も食堂の中に見つけた。
「こういう学生っぽいの、いいわよねー」
「君は前向きだね。僕はもっと二人きりになって君を口説きたいよ。せっかく信じてもらえるようになったんだしさ」
そっか……そうだった。
もう、どうせメルルを好きになるんでしょ、とは思わなくていいんだ。
だからといって、あの甘い台詞を全部信じたら恥ずかしくて穴に埋まってしまいそう。
「い、いいじゃない。ほら、二人きりじゃなくてもできることはあるわよ。はい、あーん」
照れ隠しに、ちぎったパンをヨハンの口の中に入れたら、指まで舐められた。
「……ちょっと」
「君はいきなり、突拍子もないことをするよね」
「それは、こっちの台詞よ」
「この食堂、語り草になるんじゃないか。昔ここで国王と王妃が愛を語り、パンを食べさせ合っていたってさ」
……それは、あるかもしれない。
そういえば、食堂ではヨハンの頬にキスをしてしまった前科がある。なぜ私は学園だとこうなってしまうのか……。
「はい、ライラ。あーん」
そんなことを言いながら、ヨハンまでパンを私の口の中に入れてくる。
……バカップルだわ。
もう、どうしようもない。
私が始めたんだけど。
……私がどうしようもないのかな。
食事を終え談話室へと移動する。
ヨハンと食事をとってから、昨日も一昨日もなんとなくここへ来ている。
談話室の隅に座っていた教師が立ち上がり、こちらへ歩いてきた。
「初めまして、臨時講師のカムラです」
カムラ……ダテ眼鏡、似合っていないわよ。
ゲームでもかけてはいたけれど、今ほどの違和感はなかった。
昔から知っているって大きいのね。
「初めまして、ヨハネス・ブラハムです。今までご挨拶もできずに、すみません」
「私もですわ。ライラ・ヴィルヘルムです」
一応他にも少しだけ人はいるけれど、そんなに注目はされていないし離れている。
知っている相手に面倒なので、挨拶も適当だ。
……カムラも適当すぎよね。名前しか名乗っていないし、科目すら言ってないじゃない。
そういえば偽名じゃなくてよかったのかな。ゲームでもそのままだったし、気にしていなかったけど。
最近までは見習いだったし、彼の名前なり顔なりを知っている人には、むしろ手駒がここにいるよという牽制にもなるってことかしら。
というか、なんで声をかけてきたのよ……。
「いえ、こちらこそ。今まで挨拶もできなくて心苦しく思っていました。お二人に講義できるのを楽しみにしていたのですが、前期は私の授業をとらなかったのですね。後期に期待しています」
ああ……にこやかにしているけれど、授業をとってほしかったのに避けたから嫌がらせに来たのね。
他の生徒にバレると面倒だから、あえてそうしたのに。
そういえば学園の私とは一度も会っていなかった。もしかしたら、元気かなと様子を見に来ただけなのかな。
ヨハンなら分かるのかもしれないけれど、表情からは何も読めないのよねー……。
「はい、前向きに検討しますね」
「そうしてもらえると教師冥利に尽きますね。それでは」
カムラを見送って椅子に座る。
歩き方も教師っぽくしているようだ。
ちゃんと足音を立てている。
「新鮮ね」
こそっとヨハンに囁く。
「まぁね」
ヨハンも言葉が少ない。
そんなに人がいないとはいえ、わずかにはいるからだ。
カムラのことを言っているのではないように少しの間黙ってから、また小さい声で言う。
「おめでとうって、言いたかったな」
「?」
「……肩書き」
「ああ」
執事見習いから執事に正式になったことは、ヨハンから聞いただけだ。その後には会っていない。見習いを臨時講師にするわけにもいかないし、年齢的にもちょうどよかったらしい。
「そういえば、クラレッドは今どうしているの?」
「せっかくだし、奥さんと子供のところに戻しているよ。僕が公務に戻る週末だけ来てもらっている」
「え、奥さんも子供もいたの」
「ああ、実はね」
そっかぁ。あんなにこれまで留守にしていて大丈夫だったのかな。夫婦関係が心配になるわね。きっと誰かに人質にとられないよう、身を隠すようにして遠くに住まわせているのだろうし。
前世での遠洋漁業とか単身赴任みたいなものよね。人によって上手くいったりいかなかったりなのかな。
でもカムラもいることだし、定期的には帰していたのかもしれない。他の護衛も優秀だろうし……。
私と会う時に必ずいたのは、私たちの部屋での会話が聞こえてしまうのを、あの二人だけに限定するという配慮があったのかもしれない。
そんなことをつらつらと考えていると、談話室の扉が開いた。
「やぁやぁやぁやぁ、ここにいたのか」
ジェラルド、やっぱり来たのね……。
さっき遊んでほしがっていたから、そうなるかなとは思っていたけれど……元気がいいわよね。
セオドアが渋い顔をしている。
阻止しようとしてくれたのかもしれない。
「もう、会いたくなかったんだけどな」
ヨハンは、さっきの廊下で私がジェラルドとおかしな約束をしてしまったと聞いてトーンダウンしているけど……嫌そうね。
「ヨハネスじゃなくて、ライラちゃんに会いに来たのさ。いつもここにいるのかい? 水の曜日は、ここでライラちゃんとしゃべる日にしようかな。ヨハネスがいれば、いいんだろう? その辺に銅像のように置いといて、僕の相手をしてくれ」
なんかこのノリ慣れてきたなぁ。
でも、ヨハンが面白くなさそう。
というか、苛立ちで綺麗な顔を保てなくなっているし……。
「そうね。少しここで待っていて。緩衝材になりそうな人を、連れて来られそうなら連れて来るわ」
立ち上がって扉へと向かう。
「待ってよ、ライラ。僕をこいつらのところに置いていくなよ」
あとからヨハンが追いかけてきて、すかさず腰に手がまわる。
……すぐなのになぁ。
食堂に戻ると、さっき見かけたメルルの側へ行き声をかけた。
「メルル、今いいかしら」
「…………あ、ライラさん! ごめんなさい、口の中にあって、すぐに返事ができなくて」
頬張っていた時に話しかけてしまったので、飲み込むまでに時間がかかった。
慌ててもぐもぐしているのすら、可愛い。
小動物のようだ。
「ご飯中に話しかけた私が悪いのよ。終わったら談話室に来れるかしら? 無理にとは言わないけれど」
「あ、はい! 行きます!」
……即答ね。
隣の子、友達のような雰囲気だけどよかったのかな。あとで聞いてみよう。
「じゃ、待ってるわね」
「はい!」
そうしてまた私たちは談話室へと戻るため、階段を上った。
「リックの方かと思ったな」
「メルルの方が適任かと思って。リックは来たければ来るでしょう」
扉を開けるなりジェラルドが立ち上がり、こちらへ寄ってきた。
「あれ、緩衝材を楽しみにしていたのに、いなかったのかい?」
「……まだ食べていたのよ。終わったら来るわ」
「緩衝材って誰かなー、楽しみだ」
「あなたも知っている人よ」
「え、じゃぁさっきの騎士かい? それならそうと言ってくれよ。普通すぎて楽しみがない」
「違うわ」
「やった、僕の知ってる緩衝材って誰かなー!」
言葉のチョイスを誤ったわね……。
なんでだろう。ジェラルドがいるだけで、ものすごく騒がしくなった気がするわ。
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