第43話 運命のお導き?

 そうして、やっと本格的な学園生活が始まった。


 作成した時間割は講義開始までに提出すればよかったので、余裕で間に合った。


 基本的には出席は取られない。レポートやテストで点数を取り、基準点に満たなければその科目を落としてしまうシステムで、前世の大学に似ている。


 ただし、毎日五限ずつ学ぶ必要があり、必要な単位数のために毎年三回までしか落とせない。補講などの救済措置はあるものの、何もしなければ留年だ。


「これぞ学生って感じで、楽しいわね」


 午前の授業が終わり、教科書の入った鞄を持ちながら廊下を歩く。

 今日は水の曜日だ。

 色々とやらかしたけれど昨日は何事もなく、今日も何事もなさそうで、ほっとしている。


 ……それが普通なんだけど。


「僕は思ったよりライラと二人きりになれなくて、残念だよ」


 思い切り今も、手を握って寄り添っているのに。


「放課後もあるし、私とは卒業しても会えるのだからいいじゃない。……たぶん」

「なんでまだ、たぶんをつけるんだ」

「相変わらず、お二人は仲がいいですね」


 リックがにこにこしながら言う。

 食堂でのあれやこれやとか、聞こえていたのかな。爽やかな性格なのに読めないのよね。


 今日の午前最後の授業は倫理で、たまたまリックも一緒だった。

 もう一人、セオドアも一緒だ。


「私と授業をここまで合わせなければよかったんじゃないか。毎度毎度、お前たちの顔を見ている気がする……」

「他の生徒もいるじゃないか。それなら、レポートやテスト前に力になってくれる友人がいた方がいいに決まっている」


 お、ヨハン。

 セオドアを友人扱いするようになったのね。


「……人使いが荒すぎるな」


 それは遺伝だと思うわよ。


 でも、さっきの言葉は単なる軽口かな。知らないうちに並々ならぬ努力をしている人だし。レポートくらいは、もしかしたら側近のサポートくらいはあるのかもしれないけど。

 公務もあるしね……。


 なんだかんだでメルルともよく一緒になるけれど、水の曜日のこの時間は違う授業を選んだらしい。


「持つべきものは、できのいい友人よね。皆で廊下を歩くなんて貴重な時間だもの。やっぱりセオドアとも授業がかぶっていてよかったわ」


 学生なんだから、そんなものだろうという視線を感じる。


 それはね、まだ四年もあると思っているからなのよ。四年なんてあっという間に過ぎてしまうことを全然分かっていないわね。

 過ぎてしまえばもう二度と戻れないのよ、この時間には。

 

 ……はぁ。

 私だけが歳をとっている気分になるなぁ。


「俺は明日のダンスの授業が憂鬱ですよ……。まさか、平民出身者だけは必須だなんて思いませんでした」

「だから言っておいたじゃない。かなり昔に」

「はい。そう聞いていたので覚悟はしていましたけど、覚悟だけですから」

「教養としてもだけど、卒業式の翌日に卒業生ダンスパーティーみたいなのも開かれるから、踊れるようにしておく必要があるのよ。学園祭の後もあるけれど、そっちは自由参加ね」

「三人とも、ダンスは選んでないんですか?」

「学園まで来て、頻繁に踊りたくないもの」


 そこまで言って、ふと思い出す。

 セオドアも選んでいなかったわよね。


「セオドアは、なんで選んでいないの?」

「同じ理由だ」

「メルル、心配じゃない? 選べばよかったのに」

「……リックがいるだろう」


 えー、いくらリックでも、他の男にくっつかれるのは嫌じゃない?

 まだそこまでは仲よくなっていないか。

 入学して日が浅いものね。


「そうね。他の男性に触れられるくらいなら、リックに任せた方が安心ね」

「お前は、メルルのなんなのだ」


 ……なんだろう。


「とりあえず、リック。メルルに変な虫がつかないように気を付けてあげてね」

「わ、分かりました。できるだけ気を付けます」


 可愛いからなぁ、メルル。

 ゲームの中で、ヨハンルートの時はリックとのダンスイベントは起こらなかった。

 でも、ダンスは平民出身なら必須。

 シナリオとしてなかっただけで、実際には誰のルートでも授業を受けているはずだもの。


 どんな感じになるのか。

 分っかんないなぁー。


「あっれー? 奇遇だね、君たち。運命のお導きかな!」


 階段を一つ下がったところで、ジェラルドに会った。


「この世界で、一番燃やしたい人に会ったわね」

「同感だよ、ライラ」


 握っているヨハンの手に力がこもる。

 やっぱりまだ、怒っているわよね……。


 私の中ではメルルに奪われない確信を持てたし、彼は私とヨハンが一緒にいるのを目の前で見てはいない。ジェラルドが知っているのは婚約を解消したという事実と、私とセオドアの会話だけのはず。だから大好きな弟のためだったに違いないと気持ちの整理はしたのだけど……。

 実際に捲し立てられた方は、たまったものではないわよね。


「えっと、こちらの方は?」


 リックがきょとんとしている。

 そういえば知らないのよね。


「……私の兄のジェラルドだ。この者はリック・オスティン。騎士だ」


 みじか!

 セオドア……もうちょっとしゃべろうよ。


「ジェラルドは交換留学生として半年だけ来ているのよ。でも、性格に難ありだから仲よくしなくていいわよ」

「酷いな、ライラちゃん。その様子だと、ヨハネスと何かあったー?」


 いけしゃあしゃあと、腹が立つわね。


「セオドアさんのお兄さん……ってことは、ええ!? あ、リック・オスティンです! セオドアさんにはお世話になっています。平民出身で、失礼があったらすみません。よろしくお願いします」

「ふぅん、君はいい人そうだね。セオドアを頼むよ。それで、君から見てこの二人はどうなの?」


 あーもうまた、この人はー!


「え、この二人……ですか?」

「うん、僕は似合っていないと思うんだけど」


 あー、燃やしたい燃やしたい燃やしたい。

 また、激しく燃やしたくなってきたわ。


「ええ!? このお二人ほどお似合いの方はいませんよ。子供の頃から仲よくさせていただいていますけど、この国に、このお二人に命を捧げて仕えようと、その頃から誓っていますから」


 突然、重い言葉がきたー!

 そっか……私たちが別れていたら、その誓いは叶わなかったのね……。


「ふーん。なんだか、つまんないなー」


 リックがちらりとこちらを見る。

 性格に難ありの意味が分かりました、という顔ね。

 

「まぁいいや、これからお昼だよね。ついてこっと」

「却下だ。セオドアの兄だろう。連れていってくれ」

「……仕方ないな」

「あれー? 約束したよね、ライラちゃん。二人きりじゃなければ、僕と遊んでくれるって話だったよね」


 げげっ。


「ライラ、また君は他の男に、しかもよりにもよってジェラルドに……」

「ご、ごめん、あの出来事が起きる前に、つい……」

「兄上、また余計なことをしたのか」


 あーもう、収拾がつかないわね!


 まぁでも、これが学生の醍醐味よね。

 気の合う人もいれば合わない人もいる。

 皆仲よくなんて無理な話。


 でも終わってみれば、そういうのも含めていい思い出なのよね。


 ジェラルドも、私とヨハンのイチャつきっぷりを見れば印象も変わるでしょう。なにせ、四六時中ベタベタしてくるんだから、この人は。


 今も、つないでいたはずの手は私の腰にまわり、ものすごく密着している。恥ずかしいけれどジェラルドの手前、今はこれが最善かもしれない。


 食堂までの間、仲のよさを見せつける方向でいこう。


 ヨハンが私の顔を見て、不可解そうな顔でこう言った。


「ライラ、なんで君はこの状況で、そんなに穏やかな顔ができるんだ……」


 きっといつの日にか、あなたにも分かるわよ。あんなこともあったねと笑って思い出せる日がくるわ。

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