第24話 なんの変哲もないデート

「……でも、ちょっとこの紙袋、邪魔ね」

「まぁ、そうだな」


 せっかくのお忍びも、こんなに白桃を持っていては歩きにくい。


「うっかり、そこのベンチに忘れましょうか」

「えぇー?」

「きっと後で、親切な誰かが持ってきてくれるわよ」

「すっごい使い方をするな。いいのか、それ」

「人間って、忘れる生き物だから仕方ないわね。それに、私たち子供だし。子供なら、いいんじゃないかしら」


 そこまで言ったところで、颯爽と町娘のような姿のシーナが目の前に現れた。一緒に来たのはミーナだったので、先回りしていたのだろう。


 メイド服以外の服も、可愛いなぁ。


「持って行こうか?」

「ありがとう」


 お姉さんのように、さりげなく私たちから紙袋を受け取り、「存分に楽しんで」と言って風のように立ち去った。


 さすがに、自分のメイドを振り回しすぎ?

 いやいや、いきなり連れて来られたのだから、これくらいは許されるわよね。


「無事預けたことだし、早く行こ。ヨハン」

「そうだな」


 仕方のない奴だという顔で見られるのも、悪くない。一緒の時間を過ごしているんだなと、実感する。


 さて、と改めて辺りを見回すと、パステル調の建物が並び、メルヘンな景色が広がっている。王宮や公爵家の屋敷、その周辺も異国情緒はあふれているけれど、こちらもまるで童話の世界だ。


 絵本の中に入っちゃった系の本も前世で何冊か読んだことがあるけれど、こんな気分になるのかと、改めて思う。


 はー……、感動だわ。

 行ったことはなかったけれど、ヨーロッパもこんな感じなのかな。


「いきなり連れてきたし、好きな物買ってやるよ」


 隣でヨハネスが、照れながらえらそーに言う。


「……あなた、買い物できるの?」

「失礼だなぁ。ちゃんと、カムラだけじゃなくてリックにも聞いたから大丈夫だよ」

「それなら安心ね」


 この前リックと二人きりになったのは、買い物の指南を受けたのね。


 私もヨハネスも、必要な物は全て誰かが揃えてくれる。自分で買い物をすることは、まずない。小遣いを親からもらうことはあっても、欲しい物を使用人に言って、手に入れてもらうだけだ。


 ふと、十六歳の彼だったら、どんなエスコートをするのだろうと考える。


 ……リックに聞いたとか、そんな話はしないかな。

 メルル相手なら、「君のために勉強してきたんだ」と言って、「お手をどうぞ」とか言いながら爽やかな笑顔で、デートをするのかもしれない。


「……私は、えらそーでガキっぽいヨハンが、好きだなぁ」

「いきなり何言ってるんだよ。君も十分、えらそーだよ?」


 そんなことを言いながら、ちょっと嬉しそう。


「あなたよりえらーい人が少なくて寂しいかなと思って、えらそーにしてあげてるのよ」

「君、かなり適当にしゃべってるよね」

「ええ、それだけ楽しいってことよ」


 どれだけしゃべっても、話題が尽きない。

 どれだけでも無意味な内容を、話していられる。


「ね、あの店に入りたいわ」

「いいよ、入ろうか」


 アンティークな色合いに心惹かれて、雑貨屋さんへと入る。


「うわぁ、素敵」


 色とりどりのハンカチやポシェット、鏡や食器、花瓶や小物入れ、たくさんの小物がそこかしこに置かれている。


「いらっしゃーい」


 エプロンをしたお姉さんが、迎えてくれる。

 まだ朝早いせいか、人は他にいないようだ。


 うんうん。

 こうやって色んな物があって、選ぶことこそが買い物の醍醐味よね。


 転生してから一度も味わっていなかった、お店で商品をぶらぶらと見る幸せにしばし浸る。


「わぁ、これ可愛い!」


 陶器の小さな人形が、たくさん並んでいる。

 着飾った貴婦人や、横笛を吹く男の子、タヌキやリス、たくさんの動物たち、全部可愛らしい。


「ほらほら、すごく可愛い。見てってば、ヨハン」

「見てるよ。うん、可愛いな」


 そう言いつつ、全然感情がこもっていない。色ハゲもあるし、精巧でもない。安っぽいなーと、思っているんだろうなぁ。


「きっと、ここでしか買えない。今しか会えない子たちよ。次にいつ来られるか分からないし。きっとこれを見るたびに、今日のことを思い出すわ」


 店員のお姉さんとの距離は、遠くない。

 聞かれること前提で、ぼやかしながら話す。


「そう……か。そうだな」

「あ、これいいなー」


 少しお値段は張るけれど、許容範囲、かな。


「ヨハン、買える?」

「ああ、余裕はあるし、僕もどれか買おうかな」


 私が選んだのは、男の子と女の子が仲よさそうにベンチに座っている、陶器のオルゴールだ。


「同じオルゴールだったら、これがいいんじゃない?」

「え、これって」


 含み笑いをしているところを見ると、以前の会話を思い出したらしい。


 可愛い猫ちゃんが二匹、逆立ちをしているオルゴール。男の子と女の子の格好をしている。


「昔、机の上で逆立ちするか、とか阿呆なことを言ってたな」

「私にも、可愛い時期があったってことね。でも、言うほど昔じゃないわ」


 これを見て、いつか彼が笑ってくれたらと思う。


 少しずつ、仲よくなった。

 心の距離も縮まった。

 メルルと恋仲になっても、きっと私への言葉には変化があるはずだ。「君のことは友達としてしか見られない。メルルを、好きになってしまったんだ」あたりに、落ち着く気がする。


 遠い昔の思い出として、ずっと持っていてくれたらいいな。


「よし、二つ買ってこよう」


 ……大丈夫かな。

 初めてのお使いを見守る、母のような気分だ。


 うんうん、ちゃんとお財布を出したわね、えらいえらい。


「坊っちゃんたちは、お使いかい?」


 子供にしては、少し高い金額だからだろうか。店員の姉御肌気質っぽいお姉さんに、話しかけられた。


「ちょっとした記念日なんだ。お父さんから、多めにお金をもらってきたんだよ」


 うん……確かに息をするように嘘をついているわね。

 まぁ、そうよね。思わぬことを言われただけで、タジタジして口ごもる王太子なんて、誰も頼りにしたくないもんね。

 適当なことを言う訓練……か。

 通常より早めに、成熟してしまうわけね。


「そうかい。それなら、プレゼント用にしてあげようね」

「ありがとう。あ、そこの袋も買うよ。持ってくるのを忘れちゃったんだ」

「あいよー」


 見事に買い物を済ませたヨハネスに、つい、うるっと感動してしまう。


 慣れないことを、頑張ったわね……!


「ありがとう。すごく嬉しいわ」

「僕も欲しかったしね。何、その手」

「荷物、持つわよ? 重いでしょ、陶器だし」

「何を言ってるんだよ。君に持たせるわけないじゃないか。ほら、行くよ」


 荷物を持っていない手で、もう一度手を握られる。


 ……そっか、つい保護者気分になってしまっていた。


 ヨハネスといると、色んな気分になる。

 お母さんのような、守ってあげたくなる気持ち。

 友達のような、一緒にいて楽しくてはしゃぎたくなる気持ち。

 片想いの彼に向けるような、切ない乙女のような気持ち。


 ――自分でも、たくさんの想いが混ざりあって、よく分からなくなる。

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