第4話 婚約解消させる方法
「タロットカード、ですか? 私は聞いたことがありません。どんなカードなんですか?」
きょとんとした顔をしてそう言うと、水の入ったグラスを渡してくれた。勢いよく飲む私を見ながらお粥をふうふうと冷まし、私の口へとスプーンを差し出す。
自分で食べられると主張したいけれど、それよりも空腹は思った以上に深刻だったらしい。目の前に突きつけられると、我慢できずにあむっと頬張った。
「ふんんっ、まらあふい……」
はふはふ言いながら口の中で冷ましつつ、頑張って飲み込む。
喉が熱い。でも美味しい。
残っている水を一気飲みすると、お盆ごと奪い取り、布団の上に置いた。
「ラ、ライラ様、それは……」
「お腹がすいているの。今はミーナしかいないのだから、いいじゃない。もう一人で食べられるくらいには回復したわ。大目に見てちょうだい」
ふーふーと冷ましながら、ガツガツと食していく。丸一日食べていない時の食欲を、思い知った。
「仕方ないですね。私の胸の内にしまっておきます」
「ありがとう。さすがミーナ、メイドの鑑ね」
「……ライラ様、やはり雰囲気が変わられたように思います。お医者様にしっかり診ていただきましょう」
高飛車に振る舞っているつもりでも、分かってしまうらしい。
「夢を見たのよ。長い夢」
「先ほども、そう言ってらっしゃいましたね。性格が変わるほどの夢だったのですか?」
何をどう言ったらいいのか、分からない。
脳がおかしくなったと思われて、変な治療でもされては困る。なんとか夢で成長したことにしたい。
「ええ。違う人生を生きて、人間として成長したと思っているわ。その夢の中で、タロットカードというカードが出てきたのよ」
「ああ、夢の中の話でしたか」
そんなもの知るわけがないだろうという顔をしているけれど、それはこちらの台詞だ。この世界にあるかないかなんて、九歳までしか生きていない私に、知るよしもない。
私の計画は、こうだ。
この乙女ゲームの世界で、ヨハネスとの未来は明るくないと、もう知っている。
でも、親の期待を考えると、私の意思を通す形での婚約解消も難しい。
それならヨハネスがヒロインと出会うまでに、なんとかして『ヨハネスの我儘』で、婚約解消をしてもらいたい。
タロットカードは、その我儘を引き出すための手段だ。
前世では趣味でたまに占っていたけれど、詳しいわけではない。大アルカナ二十二枚の意味しか覚えていない。本来は小アルカナというカードも含めて七十八枚だけれど、そちらは使ったことすらない。
でも……それで十分だ。
タロットカードのないこの世界なら、いくらでも適当にでっち上げられる。
「そうよ。あまりにも現実感があったから、記憶にも残らない幼い頃に見たことがあるのかと思ったけれど、そうではないようね」
「そう……ですね。そのようなカードで遊ばれていたことは、私の知る限りなかったように思います」
「そう、なら作って」
「えぇ……」
困惑しているミーナをよそに、あっという間に、食べきってしまった。目覚めてすぐに、そんなに食欲はないと思われたのかもしれない。
「紙とペン、それから軽食のおかわりをよろしく。下書きをするから、どこかで作ってきてちょうだい」
ミーナは呆れ顔でため息をついて、顔を振った。
「ライラ様が変わられたと思ったのは、気のせいだったのかもしれません」
「あら、よかったじゃない。これで心配事が一つ減ったわね。頼んだわよ」
「かしこまりました、ライラ様。お元気になられたようで、ほっとしました。では、軽食のおかわりをお持ちします」
「紙とペンもね」
「はい。失礼いたします」
しずしずと下がっていくミーナに、少しやりすぎたかなと心配になる。
でも、この口調、だんだんと楽しくなってきた。
前世でこんな口調をしていたら、一瞬で浮いてしまう。絶対にお近づきにはなりたくない系の人だ。
でも、今は堂々とお嬢様口調ができるし、誰も変に思わない。せっかくなら堪能したい。誰かれ構わずこの口調で話したくなってきた。
「早く戻ってこないかなー、ミーナ」
うずうずするも、よく考えるとミーナが戻る前に、タロットカードの番号と絵を順番に思い出さなくてはならない。
「えーと……。0は、愚者。それは覚えているわ。真っさらな感じだものね。1は魔術師。知恵がついてきたぞってイメージ。2は女教皇で、知恵がつきすぎて行動できない雰囲気。うん、思い出せそう」
なんだか、思考が幼くなっている気がする。
幼い少女の体になって、脳まで未完成な状態に戻ってしまったのだろうか。
といっても、自分ではそんなに子供から大人になることで著しく成長したという自覚はない。性格や思考の基本は、変わっていない気がする。
大人らしくしなければと、格好つけていただけだ。
息子の前では母親らしく。
夫の前では妻らしく。
取り繕うのが、うまくなっただけ。
……それでも、夫とはああなってしまったけれど。
私は、子供の頃も我慢してばかりだったと思う。愛されたくて仕方がないのに、傷つくのが怖くて、そんなそぶりすら見せなかった。
せっかく子供にもう一度なったんだ。神様がくれた、やり直しのチャンスかもしれない。
もう少し、やりたいように自由に生きてみようかな。
うん、と一つ頷くと、唸りながらまたタロットカードを思い出す作業に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます