第141話 生徒会のメンバーになってから……

 激動の生徒会選挙を全て終えた俺は、生徒会の一員としての生活を始めた。


 わかっていた事だけど、生徒会の仕事は激務だ。手伝っていた事なんて、ほんの一部でしかなかったとわからされた俺は、毎日疲れ果てていた。


 普通に授業を受け、放課後は生徒会の仕事であちこち奔走し、毎日遅い時間に家に帰り、倒れるように眠る毎日を続けた。


 正直つらかった。つらすぎて投げだしたくなった事は、一度や二度ではない。それに、玲桜奈さんとデートできる日がほとんどなかった。確か、あれから片手で数える程しかなかった。つらい。


 でも、学園をよくするため、そして玲桜奈さんの彼氏として、絶対に折れないと誓っていたから、何とか耐えられた。


 そんな毎日を慌ただしく送っていたら、いつの間にか季節は冬になり、春になって新入生が入り、夏になり――そして秋になっていた。


 こんなにも一年が早いなんて、初めての経験だ。去年の冬とか、ほんの数日前に感じてしまうほどだ。


 それくらい、俺の毎日は充実していたという事だろう。めっちゃ大変だったけどな!


「さてと、準備は出来たな」


 俺は、飾りつけをされた生徒会室をざっと見渡しながら、満足げに頷いた。


 実は、今日で三年生……つまり、玲桜奈さんや金剛先輩達が、生徒会を引退してしまうから、少し早めのお別れ会の準備をしているんだ。


 今回抜けるのは、会長・副会長・会計・書記だ。


 多くないかって? そりゃ俺以外の人が全員先輩だからな。みんないなくなったら、俺は一人ぼっちの生徒会だ。


 ……もちろんそんな事はない。今後に関しては、この会で玲桜奈さんが教えてくれる算段になっている。


「おお、良い感じにセッティングされてるじゃないか。関心関心」

「お疲れさまです。料理は全て西園寺家の人達が用意してくれたので、後は食べるだけです」

「うふふ~磯山ちゃんも、この一年でだいぶ成長したわね~アタクシ嬉しいわぁ」

「これも金剛先輩や、他の先輩方の助けがあったからですよ」


 お世辞に受け取る人もいるかもしれないけど、これは事実なんだ。右も左もわからない時に、俺はみんなに助けられているんだ。


「さて、さっそくおいしい食事を……と言いたいところだが……その前に話す事がある。陽翔」

「なんですか?」

「今のままでは、生徒会は君一人になってしまう。それでは機能しないからな、今年も生徒会選挙を行う!」

「おぉ……!」


 もう選挙だなんて……一年が経つのが早すぎるな。つい一週間くらい前の出来事として思い出す事が出来るくらいだ。


「新たに席が空く、副会長・書記・会計・庶務の席を決めなければいけないから、今年は前回以上にハードだろう。私達、現生徒会の最後の大仕事だ。気合を入れて――」

「あ、あの……話の腰を負って申し訳ないですけど……庶務って俺ですよね? なのに、さっき開く席に庶務って……」

「ああ、それはだな……」


 俺に理由を伝える前に、玲桜奈さんは全員の顔を見ながら、深く頷き合っていた。


 なんだよこの団結感。俺も仲間に入れてほしいぞ!


「次の生徒会長は、私達が君を推薦しようと思っている」

「……は……え?」

「なに鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるのよぉん。一年頑張ってきた実績があるんだから、磯山ちゃんなら大丈夫よん」


 無駄に上手いウインクを俺に向ける金剛先輩。その横でも、会計と書記の人が、自信たっぷりに頷いていた。


「私の業務を、君はずっと傍で見てきた。時には手伝ってもらった。そんな君なら、会長がなにをすればいいか、わかるだろう?」

「まあ、一応……」

「一応までわかってればいい。引継ぎの際にマニュアルを渡すから、それを見れば安心だ」


 玲桜奈さんは、自分の机の中から、とんでもない分厚さの本を取りだした。


 なんだよこれ、人殺しの道具か? そんな風に思ってしまうくらい、威圧感がある。


「これは代々生徒会長に受け継がれてきた、様々な事が書いてあるマニュアルだ。先代の失敗経験や、そこからの改善。楽しかった事や嬉しかった事。この生徒会の全てが詰まっていると言っても過言ではない」

「それを俺に……って、まだ会長には選ばれてませんから!」

「アタクシ達の支援があれば、ほぼ通ったものよん。まあ選挙自体はする必要あるけどねぇん」

「生徒会に反発している連中がいたとしたら、身内間で勝手に会長を決めたら揉めるからな。それを防ぐ選挙でもある。っと、話が逸れてしまったが……受け取ってくれるか?」


 玲桜奈さんは、俺の前に分厚い本を差し出す。


 果たして俺はこれを受け取っていいのだろうか? そう思いながら、一緒に活動してきた人達を一人一人見つめると、全員が良い顔で頷いてくれた。


「ありがとうございます。俺……頑張ります!」


 これは本を受け取った。それは、軽いものでは断じてない。伝統ある生徒会がやってきた事が、すべてここに詰まっている。そんなものが、俺の手の中にある。


 ……あまりにも責任重大だ。だが、やりがいはある。俺が会長になって、学園を今よりも良い学園にして、OBとして遊びに来た玲桜奈さん達を驚かせてやろう!



 ****



「はあ……楽しかったな」


 一通り騒いだ後、俺は会場である生徒会室の片づけに勤しんでいた。俺はまだ一番下っ端だから、こういうのは率先してやらないとな。


「よし、綺麗になった。さて……」


 掃除が終わったんだし、後は帰ればいいんだけど……なぜか残りたくなった俺は、ぼんやりと生徒会室を眺めていた。


「まだいたのか」

「玲桜奈さん……」

「ふふっ、この部屋にも随分と世話になったな……楽しい事も、つらいことも沢山あった……っと、まだ全ての仕事が終わったわけではないのに、感傷に浸ってても仕方ないな。もう最終下校だから、一緒に帰ろう」

「…………」

「どうしたんだ?」

「なんていうか……もう少ししたら……玲桜奈さんも金剛先輩も……みんな来ないんだなって思ったら……ちょっと寂しくなっちゃったんです」

「……そうか」


 生徒会室を眺め続けていると、背中から玲桜奈さんにぎゅっと抱きしめられた。


「永遠の別れじゃないんだから、そう気を落とすな」

「だって……ここにくればいつも玲桜奈さんがいて……金剛先輩も、他の人もいて……みんな笑顔で迎えてくれて……そんな日常が残り少ないって思ったら……」


 気づいたら、俺の頬には涙が伝っていった。


 これじゃ、ただ子供がわがままを言って泣いているだけだというのに……俺は自分の感情を抑えられなかった。


 さみしい。もっとみんなと……玲桜奈さんと一緒に生徒会の仕事をしていたかった。大変だったけど、凄く充実していて……あの日々をもう一度……。


「甘えた事を言うな!」

「っ!?」


 俺の背中から離れた玲桜奈さんは、俺の向きを反転させると、ガシッと肩を掴んできた。


「陽翔はここがそれくらい居心地が良かったのだろう! なら、次に来るメンバーのために、ここを更に良い場所にするんだ! それも生徒会長の務めだ!! なんのためにあの本を託したと思っている!」

「玲桜奈さん……!!」


 玲桜奈さんの力強い言葉のおかげで、俺は目が覚めた。


 そうだよ、俺は生徒会長になるんだ。過去に縋りつくよりも、未来をさらに輝かしいものにするのが、次代の役目だろうが!


「ありがとうございます、玲桜奈さん。もう大丈夫です」

「そうか。それじゃ一緒に帰ろうか」

「いえ、その前に……玲桜奈さん」

「っ……!は、陽翔……」


 俺は玲桜奈さんの前で両手を大きく広げると、玲桜奈さんは俺の腕の中に入った。


 玲桜奈さんの方が身長はわずかに高いから、胸の中にすっぽりとはいかないけど、これはこれで良いものだ。


「玲桜奈さん、長い間お勤めご苦労様でした……!」

「陽翔……ありがとう。これからの学園の未来、任せたぞ……!」

「はい、任せてください……!」


 俺達はそのまま抱き合いながら、俺達は誓いのキスを交わした。


 さっきの本、そしてこのキスをして初めて、俺は本当に玲桜奈さんからバトンを受け取った。そのような思いが、俺の胸の中にあった――

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