第136話 悪夢
『はぁ……はぁ……』
燃え続ける豪華の中、俺は出口に向かって歩き続けていた。
出口といっても、辺りは全て炎に囲まれているせいで、もうどこを歩いているかわからない。火傷もしすぎているのか、熱さや痛みすらもう感じられなかった。
『陽翔……どこだ陽翔!』
『玲桜奈さん!? どこですか、玲桜奈さん!』
炎の向こうから、玲桜奈の声が聞こえてくる。その声のした方に向かうと、逃げ遅れた生徒を担いだ玲桜奈さんを見つけた。
『玲桜奈さん、大丈夫ですか!』
『あまり大丈夫じゃないな……最後に君に会えてよかった』
『何言ってるんですか!? 三人でここを脱出するんですよ!』
玲桜奈さんがそんな弱音を吐くなんて、全然らしくない。一刻も早く説得して、ここから逃げないと!
『もう駄目なんだ……陽翔、一緒にここで死のう』
『冗談じゃない! 俺は、玲桜奈さんと一緒に幸せになるんだ!!』
俺の心からの叫びをあざ笑うかのように、俺達に向かって燃え盛る大きなものが倒れてきた。
い、一体どこからこんなのが出てきたんだ!? あまりにも巨大すぎて、もう逃げた所で間に合いそうもない!
『くそっ……こんな事って……』
俺は咄嗟に、玲桜奈さんを守るように、彼女に覆いかぶさった。少しでも玲桜奈さんに生きていてほしかったからだ。
当然そんな抵抗は何の意味もなさず……目の前が真っ赤に色づいた。
****
「玲桜奈さんっ!!」
目を覚ますと、そこは赤く色づく体育館ではなく、真っ白な天井だった。その天井に向かって、俺は真っ直ぐ手を伸ばしている。
ここって……病院か……? さっきのは……もしかして夢か? そ、そうだよな……そうだと言ってくれよ……!
「いてっ……!」
少しずつ覚醒したせいで、体中がヒリヒリと痛む感触に気づいた俺は、思わず眉間にシワを寄せてしまった。
よく見ると、体の至る所に包帯が巻かれていた。
「この感じだと……やっぱりさっきのは現実……?」
よく思い出せ。確か逃げ遅れた生徒を助けに行って……何とか見つけたけど、その後に燃えた屋根が落ちて来て……。
「あ、あれ? さっき見てた光景と瓜二つのような……? じゃあ、やっぱり夢じゃなかった……?」
もしかして……俺だけ無様に助かって、あの生徒も、玲桜奈さんも……!?
「そんな……嘘だ……!」
「なんだ、中から話し声が……」
考えたくもない現実に絶望していると、一人の女性が部屋に入ってきた。
「陽翔!? 目が覚めたのか!」
「れ、玲桜奈さん……? し、死んだんじゃ……?」
部屋に入ってきた女性――俺の最愛の人である玲桜奈さんは、今にも溢れてしまいそうなくらい、目に涙を溜めながら、俺の元へと歩み寄ってきた。
ど、どういう事だ……? あ、頭が混乱してきたぞ……?
「何を言っている! 陽翔のおかげで、私も彼女も助かったんだぞ!」
「で、でも……さっき三人共……大きい炎の塊の下敷きに……」
「おそらく、夢でも見ていたのだろう。現実はちゃんとみんな助かっているから、安心してくれ」
そう言いながら、玲桜奈さんは俺の頬をそっと撫でる。それが凄く安心できるもので……気づいたら、俺の目から涙が零れた。
「ど、どうした? どこか痛むか!?」
「ちがっ……あ、安心したらつい……本当に良かった……! 俺……一人で惨めに生き残ったのかと思って……!」
「陽翔……君って男は……本当にありがとう」
まるで慈母のような優しい笑みを浮かべながら、玲桜奈さんは俺にそっとキスをした。
ああ、玲桜奈さんの熱を感じる。本当に……生きてる。これは、夢じゃない。
「玲桜奈さんこそ、怪我はないですか?」
「ゼロでは無かったが、幸いにも軽症だ。彼女も大した怪我はなかったよ」
「そうですか……よかった」
これであの生徒が犠牲になりました~とかなってたら、それこそ笑い話にもならない。無事で本当に良かった。
「失礼しま~す。って……ハル!?」
「も、もう大丈夫なんですか……!?」
「ソフィア、ゆい?」
玲桜奈さんの無事を喜んでいると、病室に入ってきた二人が、目を丸くさせていた。
「体中が痛むけど、とりあえずは大丈夫だ」
「本当に!? 良かった……よがっだぁ……!」
「うぅ……何日も目を覚まさないから……心配してました……ぐすんっ」
え、何日もって……そんなに日が過ぎてるのか? 今起きたばかりだから、日にちや時間が全くわからない。
「火事があった日から、五日ほど経ってる。その間、陽翔は眠り続けていたんだ」
「五日!?」
想像以上に時間が過ぎてて、驚きを隠せないんだけど!
「ひっく……そ、そうだ。三日前に、おじさんがお見舞いに来てたんだよ。仕事があるからってすぐに帰っちゃったけど……」
「父さんが? わざわざ海外から話を聞いて、見舞いに来てくれたのか……後で連絡しておかないとだな」
自分で選んで行動した事とはいえ、父さんに心配をかけてしまったのは反省しなきゃだな。
……いや、違うか。みんなに心配をかけてしまったんだ。皆にちゃんと謝らないと。
「玲桜奈さん、ソフィア、ゆい。心配かけて申し訳ない」
「何を言う。私こそ申し訳なかった。私が不甲斐ないせいで、君に怪我させてしまった……」
「まあまあ、みんな無事だったし、それでめでたしめでたしって事で!」
「そ、そうですね……その方が……みんな幸せ、です」
俺と玲桜奈さんで謝り合ってしまったが、ソフィアとゆいの言葉のおかげで、俺達は笑みを浮かべる事が出来た。
「それで、この五日間の間になにかあったのか?」
「順を追って説明しよう。まずは私達の安否……はさっき話したな。あの後、学園の方で、警察が来たり消防が来たりマスコミが来たりと、ゴタゴタはしたが、とりあえずは落ち着いた」
そっか、他の建物に燃え移ったりはしてないって事か。安心した。
「選挙活動は、アタシとゆいちゃんでやってるよ! あの火事でのハルがかっこよかったからか、最近かなり評判がいいみたい!」
「マジか、それは想定外だな……」
別にあれは、生徒達の評判をよくするためにやった事じゃないから、罪悪感を少し感じるけど……怪我の功名って事で、素直に喜んでおこう。
「二人共、俺の代わりに選挙活動をしてくれてありがとう。あ、そうだ。他に火事に巻き込まれた人はいませんでしたか?」
「ああ、それはいなかった。現場からも遺体は発見されなかったから、犠牲者は出ていない。それと……放火した犯人だが、つい先日逮捕された」
え、もう犯人が捕まった!? もっと捕まるのに時間がかかると思ってたのに、凄いスピード逮捕だったな!
やっぱりあんなデカい所を燃やしたせいで、変に目立ってしまった結果、見つかって捕まった――そんなところか?
「逮捕後、警察と西園寺家の諜報部隊が連携して、男から事情を聞いているんだが、なかなか口を割らないみたいでな……というより、かなり精神を病んでいる。ずっとブツブツと話していて、会話にならないんだ」
「そうなのかぁ……って! ちょ、諜報部隊? 玲桜奈ちゃん先輩の家では、そんな人達が動いてるんですか!?」
「気になる事があったから、お父様にお願いして動かしてもらったんだ」
「気になる……事? それって、なんですか……?」
玲桜奈さんは真面目な表情で一つ大きく息を漏らしてから、口を開いた。
「今回の放火事件……天条院が関わってるようだ」
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