第130話 二人きりの時間
初めてのビラ配りとポスター張りをした日の翌日。今日も選挙活動をするために、俺達は食堂へと向かっていた。
今は昼休みだから、多分たくさんの生徒が食堂にいるはずだから、ビラ配りも効果があるはずだ。
「陽翔さん、重くないですか……?」
「ああ、大丈夫だ」
ソフィアは俺達の昼飯が入ったバスケットを、ゆいは手ぶらの中、俺は大量のビラが入った袋を持っている。見た目以上に重いけど、これくらいならなんとかなる。
「ねえねえ、アタシなんとなく思ったんだけどさ、ビラ配りってやりすぎると逆効果じゃない?」
「急にどうした?」
「あ、いや……別に否定してるわけじゃないよ? ただ、何度も同じのを渡されるのって、結構ストレスかもなーって」
「そ、それはあるかもですね……」
それだとビラ配り以外の方法も考えないといけないな。ポスターは貼ったし、あとは演説するとか? それか慈善活動をして評判を良くする……さすがにそれはわざとらしいか。
「とりあえず今日は配って、明日からは少し考えた方が良さそうだな。放課後に玲桜奈さんにアドバイスをもらうか」
「さんせー! そうと決まれば食堂にレッツゴー!」
やる気満々で先に行くソフィアを追いかけるために、俺とゆいも駆け足で食堂に向かう。
「うおわっ!?」
「きゃあ! あ、ごめんなさい!」
急いで食堂に向かう途中、曲がり角で知らない女子に正面からぶつかってしまった。そのせいで、持っていたビラを辺り一面にぶちまけてしまった。
「大丈夫ですか?」
「私は大丈夫です! それよりあなたこそ……それに荷物が……!」
「俺は大丈夫。ビラは拾えばいいですから。ソフィア、ゆい、申し訳ないけど拾うの手伝ってもらえないか?」
「おっけ〜」
「わ、わかりました」
俺は二人と協力してビラを拾い始めると、ぶつかってきた生徒も一緒に拾ってくれた。それどころか、通りがかりの人も何人か手伝ってくれた。
こういう親切な人が手伝ってくれるのも、玲桜奈さん達が頑張って風紀を良くしてくれてるおかげかもしれない。もしそうなら、本当に玲桜奈さんや生徒会の人達は凄い。
……俺もその一員になったら、同じように働けるだろうか? 少し不安でもあるけど、ワクワクしてる自分もいるのがなんとも不思議だ。
「よし、なんとか片付いたな。手伝ってくれてありがとうございました」
「いいのよ〜。選挙頑張ってね〜」
手伝ってくれた人達にお礼を言うと、みんな気にするなって感じで去っていった。
あんな親切な人達のためにも、生徒会に入れたらいっぱい頑張らないとだな。
「本当にごめんなさい! 急いでてつい……」
「こちらこそ申し訳ないです」
「まあまあ、誰も怪我しなかったんだし! どっちもごめんなさいしたんだから、これでおしまい! ねっ?」
「そうだな。それじゃ、俺達はこれで」
「あ、はい! 選挙頑張ってくださいね!」
俺はぶつかってきた生徒と別れると、予定通り食堂に行ってビラ配りを行った。
昨日に比べると、少し受け取ってくれる人が減った気がするけど、めげずにしっかりと選挙活動をするぞ!
「……くすっ、間抜けな男。任務は遂行しましたよ……天条院様」
****
放課後、ある程度ビラ配りをした後に生徒会室へと向かうと、現生徒会の人達が書類作業に追われていた。
なんか忙しそうだな……これは日を改めた方が良いかもしれないな。
「おや、みんなどうかしたのか?」
「ちょっと玲桜奈さんにアドバイスをもらいたくて」
「ふぅん……? 玲桜奈、ちょっとアタクシ達外回りしてくるわぁ」
「え、イサミ?」
「小鳥遊ちゃん、桜羽ちゃん。ちょっと手伝ってもらってもいいかしらん? この時期は忙しくて猫の手も借りたいのよぉ」
戸惑う玲桜奈さんを尻目に、金剛先輩は生徒会の人とソフィア達を連れて、生徒会室を後にした。一方残された俺達は、目を丸くして去っていった金剛先輩達を見つめる事しか出来なかった――
「ふぅ、気を遣わせてしまったな」
「すみません、仕事の邪魔しちゃって……」
「気にするな。外回りの仕事もあるのは確かだ。それで、私に何が聞きたいのかな?」
「選挙の活動についてなんですけど」
俺は玲桜奈と一緒に来客用のソファに座ると、ビラ配りや演説の事を聞く。すると、玲桜奈さんは「なるほど」と言いながら、首を縦に振った。
「確かに君の危惧してる通り、あまりしつこくビラ配りをしても逆効果だろうな。鬱陶しく思われる可能性もある。うちの学園ではないだろうが、立候補者のビラが捨てられてたら、良い印象は与えないだろうからな」
「ですよね。そうなると、演説するのが良いんでしょうか?」
「そうだな。公約を話したりすると、効果が見込めるかもしれない。逆に、天条院のような演説はお勧めしない」
だろうな。あれは反感をかなり買いそうな演説だというのは、俺も見てて思ったし。それに、かなり頻繁に演説してるから、かなりうざったく思われてそうだ。
「演説も、全員が止まって聞いてくれる訳じゃないから、端的にわかりやすく言うといい。そして、なによりも誠心誠意やること。そうすれば、きっと陽翔の気持ちは伝わる」
「誠心誠意……」
「ああ。なにしろ君は、私の男嫌いというハンデをも、真面目さでなんとかして射止めた男だぞ? そんな君が大衆にアピールするくらい簡単な事だろう?」
そんな簡単に言われてもなぁ……一人を相手にするのと、大勢の人間を相手にするのは全然違うだろう。
でも、玲桜奈さんに正面から言ってもらえると、不思議とそうなんじゃないかと思える自分がいる。玲桜奈さんの言葉には、不思議な力があるみたいだ。
「演説内容に関しては、俺の方で考えてみます。ビラは少し感覚を開けるようにします」
「ああ、ぜひそうするといい」
「アドバイスしていただき、ありがとうございました。俺はそろそろ失礼します」
仕事中だったのに、これ以上邪魔するわけには行かないと思った俺は、生徒会室を出ようとすると、玲桜奈さんに手を掴まれてしまった。
「実は少々疲労がたまっていてな。アドバイスの礼というわけではないが、私の小休止に付き合ってくれ」
「それは構いませんが……」
「なら早く座ってくれ」
言われるがままにソファに座ると、玲桜奈さんは俺の方に倒れこみ……そのまま小さな頭を俺の膝の上に乗せてきた。
これ、膝枕じゃないか!? なんで急にこんな事にー!?
「別に付き合ってるんだから問題なかろう」
「でも、ここは学園ですよ!?」
「わかっている。だから少しだけだ」
「少しだけなら……」
こうなってしまった以上、この状況を受け入れるしかないよな。
それにしても……玲桜奈さんの髪、絹みたいに綺麗だ。ちょっと触ってみたい……。
「ひゃいん!?」
「あ、すみません!」
「び、ビックリして変な子犬の悲鳴みたいな声が出たぞ……急に髪を触ってどうした?」
「凄く綺麗だったので、つい触りたく……」
「あ、ありがとう。陽翔なら触ってもいいぞ。ほら……」
玲桜奈さんは、寝ころんだまま自分の髪を持ち上げて、俺の手に渡してくれた。
ああ、本当に艶々で綺麗な髪だ。完璧に手入れが行き届いている。
「満足したか?」
「はい。よかったら、また今度触らせてください!」
「は、はぁ……まあ構わんぞ。君の嗜好はよくわからんが……あ、いきなりやるのは禁止だ。あと、髪の対価と労いも込めて、私を癒す事を命ずる」
「命ずるって……」
「生徒会に入った時の予行練習だ。ほら、さっさと癒すんだ」
俺の膝の上で、もぞもぞと動いて催促する玲桜奈さん。
癒せって言われても……俺に思い付くのはこれしかない。
「おぉ……心地いい」
「それならよかったです」
俺は玲桜奈さんの頭を、優しくやさーしく……それこそ壊れ物を扱う時くらい、優しい力加減で頭を撫でると、どうやらご満悦層に表情を緩めていた。
「陽翔……こっちの手も」
「はいはい」
少し手を伸ばして玲桜奈さんと手を繋いだまま頭を撫で続ける。
これが癒しに繋がるのかはよくわからないけど、玲桜奈さんが満足そうだからよかった。
「はふぅ……さすが私の彼氏。私のしてほしい事をいとも容易くやってのけるな」
「伊達に彼氏やってませんからね。まだ月日は短いですが」
「時の長さなど関係ない。私は少なくとも、もう何年も付き合ったパートナーのような気がするよ」
えっ!? パートナーって……それって結婚の相手……さ、さすがに飛躍しすぎだよな! 玲桜奈さんもそんなつもりで言ったわけじゃ――
「うぅぅぅぅ~~…………」
うわぁぁぁぁぁめっちゃ顔真っ赤で、やっちまったって顔してるしぃぃぃぃ!! 可愛すぎてヤバイ――じゃなくて!!
「その……あれですよ。いつか全部が落ち着いて、俺達に余裕が出来た時に考えましょう……俺達の未来を」
「陽翔……ああ、そうだな。まずは問題を解決しないとだな!」
そう、選挙活動はまだ始まったばかりだ。色々問題はあるが、全部乗り切って当選してやる! そして、玲桜奈さんといっしょに学園をより良いものにして……お母さんに認めてもらうんだ!
「どうですか、天条院様。私が仕掛けた盗聴器の調子は」
「完璧ですわ。そして……これは思わぬ収穫がありましたわ! これがあれば、磯山 陽翔……いえ、西園寺 玲桜奈にも攻勢が仕掛けられる! 流れは完全にワタクシに来てますわ! おーっほっほっほっ!!」
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