第114話 ゆいを看病

 同日の夜、俺はゆいの家のキッチンで、卵とネギが入ったおじやを作っていた。


 おじやは作った事がなかったから、スマホでレシピを見ながら作ってみたんだけど、思っていた以上に上手く作れた。これも日頃からゆいの食事の面倒を見ていたおかげかもな。


「ゆい、おじやできたよ」

「……ありがとうございます」


 布団から少しだけ顔を覗かせるゆいの頬は、僅かにプクーっと膨れ上がっていた。眉尻も上がっていて、見るからに不機嫌そうだ。


 実は、さっきゆいが起きた時にまた漫画を描こうとしていたから、描いちゃ駄目だと説得したんだ。一応納得はしてくれたんだけど、ちょっと不機嫌になってしまったというわけだ。


 描きたい気持ちはよくわかるんだけど、そこで折れてしまっては元も子もない。ゆいのために、心を鬼にしなければ。


「休んでる時間なんて、ゆいにはないのに……」

「休息は必要だって。それに、デートに行ったのだって、立派な休みだろ?」

「あ、あれは……うぅ……反論のしようがありません……」

「わかったらちゃんと休もうな。おじや、食べれそうか?」

「お腹はすいてるので……食べたいです」

「わかった。手伝うから、ゆっくり起き上がって」


 ゆいの背中を支えながら、ゆっくりと起き上がらせる。熱はまだまだ引いてる感じがしないな……。


「わぁ……おいしそう……」

「初めて作ったんだけど、おいしくできたよ。無理に食べなくてもいいからな。また後で食べればいいから」

「そんな、残すなんて勿体ないです……」

「ははっ、ありがとう。それじゃ……はい」


 俺は持ってきた取り皿とスプーンをゆいに手渡す。すると、おじやを見て目を輝かせていたゆいが、再びふくれっ面になってしまった。


 あ、あれ? 俺、なんか怒らせるようなことを今したか? ていうか、ゆいのふくれっ面がめっちゃ可愛すぎて、ずっと見ていられるレベルなんだけど。


「ゆい、陽翔さんにあーんしてもらいたいです」

「…………」


 もしかして、今不機嫌になった理由ってそれ? なんだよそれ、可愛すぎて悶えそうなんですけど? 前世の俺がモニター越しでこれを見てたら、その場で可愛さのあまり机を叩いてたな。


「気がつかなくてごめんな。ちょっと待っててくれ……ふー……ふー……」


 食べて火傷をしないように念入りに冷まし、唇で熱さの確認をしてからゆいに食べさせた。


「おいしいです……えへへ」

「味がわかるなら少し安心だな。酷いと味までわからなくなるし」

「じゃあ描いてもいいですか!?」

「それは駄目」

「うぅ……陽翔さん、イジワルです……」

「うぐっ……」


 いくらゆいのためとはいえ、涙目でイジワルって言われるのは心にくる。俺には効果抜群だったようだ。


 でも負けるな俺。絶対に完治させるまではゆいには描かせないんだ。それが今後のゆいのためになるはずだから。


「ふー、ふー……よし、はい」

「もぐもぐ……あの、陽翔さん。その唇にあてるのってなんですか……? もしかして、間接キス……?」


 間接キス!? なんでそんな……あ、ああ……確かにそう見えるか。言われるまで全然気にしてなかった。


「これは熱さを確かめてるんだよ。食べた時に火傷しないようにな」

「そうだったんですね。てっきり……ゆいとキスしたいのを我慢してるとばかり……」


 凄い盛大な勘違いだ……間違ってはいないけど、病人が相手なんだから、自分の欲求に任せてキスなんかしないって。


「そういうのは、元気になってからな」

「元気に……ですか。一日でも早く治す理由が増えました……だから、もっとたくさん食べて……治します。それで漫画をまた描いて……陽翔さんとイチャイチャ……ふぁぁ……ゆいったら何を……!?」


 ただでさえ赤いゆいの顔が、更に赤くなってゆでダコみたいになってしまった。


 自分で言って照れてるとか何してるんだよとか思いつつ、正直嬉しかったりするのはここだけの話な。


「もぐもぐもぐ……」

「凄いな、全部食べちゃったのか。リンゴをすったのもあるけど、食べるか?」

「もちろん……いただきますっ」


 体調が悪くても、いつものように食欲はとても旺盛で安心した。大食いのゆいが食べれなくなったら、それこそ一大事なレベルの不調だろうし。


「おじやもおいしかったですし、りんごも美味しいです。やっぱりゆい……陽翔さんの料理、大好きです」

「俺の料理なんて、大したことないだろ?」


 実際に料理を本格的に始めたのは、付き合い始めてからだから……大体一年前からだ。そんな短い時間で、ソフィアやゆいを越えれるとは、到底思えない。


「大したことあるとか、無いとか……ゆいには関係ないんです。ゆいは陽翔さんの料理が大好きなんです」

「そっか、ありがとう」


 やっべえ。嬉しすぎて、思わず抱きしめにいくところだった。病人にそんな刺激の強い事をさせるな俺!


「ふう、ごちそうさまでした。おいしかったです」

「ならよかったよ。ほら、横になって。ゆっくり動かすよ」


 起こした時と同様に、ゆいの背中を支えながら、布団に優しく寝かせてあげた。


「そうだ、薬飲まないとな」

「お薬……嫌いです」

「嫌いでも飲まなきゃ駄目だよ」

「うぅ……じゃあ飲ませてください……」

「しょうがないな」


 俺は水の入ったコップにストローを刺してから、薬と一緒にゆいに手渡すと、嫌々ながらも何とか飲んでくれた。これでゆっくり寝れば、少しは良くなるだろう。


「……すー……すー……」

「寝ちゃったか」


 薬を飲んでからさほど時間が経たないうちに、ゆいは静かに寝息を立て始めた。


 さて、予定では一通り看病をしたら帰るつもりだったんだけど……ゆいを一人にしておいたら、また無理をする可能性がある。


「つきっきりで看病した方がいいか」


 そうと決まれば、ソフィアにちゃんと連絡をしておかないとだな。何の連絡もなかったら、絶対に心配をするだろうし。


「えーっと、ゆいの調子がまだ戻らないから、今日は泊まって看病する……送信っと。これでよ――って早いな返事」

『おっけー! ハルもあんまり無理しないでね! 何かあったらすぐに呼ぶ事! いつでも行くから!』


 なんていうか、ソフィアが身を乗り出しながら力強く言っている姿が簡単に想像できるな……まあいいや。連絡も済んだし、ゆいの看病に集中するとしよう。

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