第109話 ハイテンションゆい

「す、凄いです! 本当にプールなのに波があります! これってどういう原理なのでしょうか? もしかして……どこかで沢山の人が波を作ってるんでしょうか!?」

「さすがに機械だと思うぞ」


 準備運動の後、プールに来てテンションが上がりまくっているゆいの可愛い発言に、俺は思わず笑みをこぼしてしまった。


 親の事や漫画の事があったから、もしかしたら楽しめないんじゃないかと思ったけど、ちゃんと楽しめそうで安心した。


「えっと、ゆい……泳げないので……」

「じゃあ手前の方で遊ぶか」

「あの……お、奥には行ってみたいです。だからその……だっこかおんぶをしてほしい、なんて……」


 だっこやおんぶをするのは別にいい。問題は、ゆいが水着だという事だ。


 この状態で密着するって……この殺人おっぱいがほぼダイレクトに、そして長時間も密着するって事だ。それ即ち、俺の理性が死ぬ可能性がデカい。


 い、いや頑張るんだ俺。今日はゆいを楽しませるために来たんだ! ここで断ったら、ゆいが落ち込んでしまう!


「わかった。それじゃいこうか」

「っ……! ありがとうございますっ」


 嬉しそうに微笑むゆいの手を取ると、俺達は波のプールの中に入った。冷たくてとても気持ちが良いな……。


「気持ちいいですね……わわっ、波が来ました!」

「思ったよりも勢いあるんだな。転ばないようにな」

「はいっ。えへへ、楽しい……♪」

「それはよかった。この辺から深くなってるみたいだから気を付けて」

「わかりました」


 そう言うと、ゆいは俺の首に手を回して、そのまま背中に乗っかってきた。


 うっ……背中越しにゆいの体温や心臓の鼓動、そしてメチャクチャ柔らかい感触が伝わってくる……俺が想像していた百倍はヤバイ。


 でも、ある意味これはいい機会かもしれないぞ。この態勢なら、ゆいの前面を他の男連中の視線から完全に守れる! よし、そう思って理性を保て俺!


「ちゃんとつかまったか?」

「大丈夫です!」

「わかった。それじゃ奥に行こうか」


 ゆいが落ちないように、両手で太ももを支えてから、俺は波のプールの奥に向かって歩を進める。


「ひゃあ……すごい……!」


 奥に行けば行くほど波が高くなって歩きにくい。最初から疲れてしまいそうだけど……ゆいがとても楽しそうにしてるから良しとしよう。


「凄いです! とっても楽しいです!!」

「わ、わかったからあんまり暴れないでくれ」


 俺の背中でテンションがマックスになったゆいが、結構激しくはしゃいでいる。


 嬉しいのは分かるけど、もうかなり深い所まで来てる。こんな所でゆいを落としてしまったら、最悪溺れてしまうかもしれない。


 それに……動くとゆいのおっぱいが余計にむにゅむにゅされるから勘弁してほしい。


「……あっ……!」

「どうした?」

「な、なんでもないです……!」

「……?」


 なんだろう、急にテンションがいつもの感じに戻ったぞ。それにさっきよりも背中への感触がよりダイレクトになったような……?


 ……え、これってまさか……。


「なあゆい、ちゃんと水着ついてるか……?」

「ご、ごごごめんなさい! はしゃぎすぎちゃって水着がずれちゃったみたいで……!」

「や、やっぱりか!?」


 なんかさっきよりも感触が変わったと思ったよ! って事は、今感じてる感触は、ゆいの生おっぱい……!?


「あ、あわわわ……ど、どうしようどうしよう……」

「お、落ち着け。とりあえず俺が足を支えてるから、落ちないようになるべく前に重心をかけながら水着を直すんだ」

「や、やってみます……!」


 俺の背中でもぞもぞするゆい。くすぐったいような、なんていうか……不思議な感触だ。


 本当はさっさとプールを出てしまえばすぐに直せるとは思うんだけど、この状態で出るのは流石に危険すぎるよな……見られる可能性がデカすぎる。


「うぅ……上手く直せない……」

「焦らなくても大丈夫。水に浸かってるし、俺の体で他の人には見えないから」

「は、はい……な、直った!」

「そうか、それはよかった」


 ふぅ、変に大事にならなくてよかった。俺の理性も無事に持ってくれてよかったよかった。


「あの……あんまりご迷惑をおかけするのもアレなので……浅い所に行きませんか?」

「そ、そうだな……」


 気まずい雰囲気になってしまった……完全に事故だったとはいえ、無理にでも浅い所で遊べばよかった……反省。



 ****



「今日はありがとうございました。楽しかったです」

「それならよかったよ」


 ちょっとしたハプニングがありつつも、夕方まで楽しく遊んだ俺達は、手を繋いで地元まで帰ってきた。


 元々ゆいを元気にするためのデートだったから、楽しんでもらえなかったらどうしようかと思っていたけど、その心配はなかったみたいだな。


「ゆい、お父さんとお母さんの事とか……漫画の事で落ち込んでましたけど……陽翔さんのおかげで、また頑張れそうです……」

「少しでも力になれたならよかったよ。あんまり一人で抱え込まないで、俺に甘えてくれていいんだからな」

「はい。それじゃ……早速甘えても良いですか?」

「もちろん」

「少しでも一緒にいたいので……家まで送ってもらえませんか?」


 俺の腕に抱きつきながら、ゆいは甘えるような声でお願いしてきた。


 そんなの、お願いされなくても行くに決まってる。まだ明るいとはいえ、一人で帰したら危ない目に合ってしまうかもしれないしな。


「いいよ。明日も休みだし、そのまま一緒でもいいけど」

「その、せっかくリフレッシュ出来ましたし、今日のデートで描きたいネタが増えたので……一人で集中して描きたいんです……ごめんなさい……」

「なるほど、ゆいがそうしたいなら、俺はそれで全然いいよ」

「ありがとうございます」


 本音を言うなら、ゆいとそのまま一緒にいたかったんだけど、集中して描きたいなら仕方がない。俺がいるせいで邪魔になるんじゃ、本末転倒だしな。


「……着いちゃいましたね」

「楽しい時間はあっという間だな」

「はい……今日は本当にありがとうございました」

「俺こそありがとう。またデートしような」

「はい、ぜひ」

「それじゃ、またな」


 ゆいを無事に家まで送った俺は、後ろ髪を引かれながらも帰路につこうとすると、ゆいに手を引っ張られた。


「どうし――」

「ちゅっ」

「っ……!?」

「今日のお礼……です。それじゃ、おやすみなさい!」


 まさかの不意打ちでキスをされて固まってしまった俺は、頬を赤らめるゆいを黙って見送るしか出来なかった。


 い、いや……そのキスは卑怯だって……ずるすぎんだろ……もっと一緒にいたくなっちゃうじゃないか……。

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