第88話 無邪気な悪意

 翌日の朝。俺は今日も元気がないソフィアと一緒に学園へと向かっていた。途中でゆいとも合流したし、西園寺先輩からはソフィアの心配をするメッセージも来た。


 そのおかげか、起きた時よりかはほんの少し元気になったような気はする。昨日なんか寝るまでかなり時間がかかったし、ずっとうなされてたし、起きた時も酷かったからな。


「あ、あの……ソフィアちゃんに元気になってほしくて、昨日クッキーを作ったんです。よかったら……後で食べませんか?」

「ゆいちゃんのクッキー? えへへ、うれしいなぁ。みんなで一緒に食べたいね」

「ああ、そうだな」


 少しだけ笑顔になったソフィアを見て、俺とゆいもつられて笑顔になる。和やかな空気なった――そんな空気など許さずにぶち壊すかのように、校門に忌々しい笑顔があった。


「あ、グッモーニン!」

「おまっ……!?」

「あれあれ、ジャパニーズは挨拶もできない感じ? ちょっとショックー」


 大げさに肩をすくめるウィリアムから守るように、俺はソフィアの前に立つと、ゆいも同じように俺の隣に立った。


 ずっと後ろに行ってしまっていたゆいが、こうしてソフィアのために前に出てくるなんて、なんだか嬉しくなる。でも、今は喜んでる場合じゃない。


「何の用だ! またソフィアに酷い事をしに来たのか!」

「ひっどーい。私がヒールみたいな言い方は良くないぞ? 私はソフィアに凄い事を教えたい事があって来ただけなのに!」

「わ、私に……?」

「そう! 私、すっごいラビリンスを作ったの! 本当にすっごいの! ソフィアの机にあるから、楽しんでほしくて! それだけだから! バーイ!」


 もっと何かすると思っていたのに、拍子抜けするほどあっさりと帰っていったウィリアムに、俺もゆいも思わず呆気に取られてしまった。


「な、なんだったんでしょうか……?」

「わからん。流石に人の目が多すぎるから何もしてこなかった可能性もある。気は抜かない方が良い」

「そうですね……とにかくその……ラビリンス? とかいうのを確認しにいきませんか?」

「ああ。ラビリンス……ねぇ」


 あいつの言動からして、良いものとは思えないけど……とりあえず、暴力のような直接害を与える事をしてこなかったのはよかった。


 そんな呑気な事を考えながら教室に行くと、中はザワザワとしていた。


「こ、これは……」

「なるほど、そう来たか。本当に悪意と無邪気が混ざった異物が服を着てるような奴だな」


 ザワついていた理由。それは、ソフィアの机がボロボロにされていたからだ。正確に言うと、机の上がガリガリに削られていたんだ。


 なんだよこれ……ん? よく見ると、ただ適当に削った感じじゃない。これって……。


「迷路、か?」


 そうだ、さっきウィリアムは迷路を作ったとか言っていた。これが、その正体って事か?


 本当に訳がわからない! 人の机を削って迷路を作るとか、何を考えているんだ!? しかもさっきのウィリアムの感じからして、楽しんでもらえると信じて疑ってなかったぞ!?


「ソフィア、こんなの気にする必要は無いからな」

「…………」

「ゆい、一緒に先生の所に行って状況を報告してくれるか?」

「は、はい!」

「ありがとう。ふざけた事しやがって……!」


 俺はボロボロになった机に怒りをぶつけるように、思い切り拳を振り下ろした。


 せっかくバッドエンドを回避して、みんな良い方向に行くと思っていたのに……。いや、以前だって乗り越えられたんだから、今回だって乗り越えてやる!



 ****



 あれから更に数日が経った。ウィリアムが転校してきてから、ソフィアへの嫌がらせは続いていた。そのせいで、ソフィアは日に日に弱っていていた。


 持ってきていた弁当をひっくり返されて台無しにされたり、体操着をトイレにぶち込まれたり、机に花を置かれたり……。典型的だけど、悪質には違いない。


 もちろん犯人は分かってるから、先生に報告した。その結果、ウィリアムは形だけの謝罪はしたが、改善は見られない。


 しかも、今回の件で一つ奇妙な事がある。それは、体操着の件で、俺達のクラスは全員教室移動をしていたんだが、その際に俺がウィリアムの動向を警戒していた。だから、嫌がらせをする暇はなかった……なのに、体操着はずぶ濡れにされた。


 それだけじゃない。弁当の件も、ウィリアムに犯行をするのは不可能なタイミングでされていたんだ。


 もしかしたら……ウィリアムに共犯者がいるんじゃないだろうか?


「……わからん」

「ハル……?」

「ああ、なんでもないよ。それじゃ帰るか。そうだ、ゆいも一緒に帰るか誘ってみるか」

「うん。玲桜奈ちゃん先輩も一緒に帰ってくれるかな?」

「どうだろう? いつも忙しい人だからな……聞いてみるか」

「すみません、少しよろしいでしょうか?」

「ん?」


 ソフィアと教室を出ようとすると、知らない女子に声をかけられた。


 マジで誰だこの子? 一回も話した事がないぞ……。制服のリボンの色からして、同級生っぽいけど。


「生徒会長から、あなたに一人で理科準備室まで来るようにと、伝言を伝えてくれって頼まれたんです。なんか話があるそうですよ」

「西園寺先輩から? なんだろう……」


 一人……? 現状を知ってる西園寺先輩が、俺とソフィアを離すような事を言うだろうか?


 ちょっと怪しいな……。念には念を入れて、ゆいにソフィアをお願いしておこう。


「わかった。すぐに行くよ」

「ええ。それじゃあ」


 彼女はそう言い残して、教室を後にした。それと入れ違うように、ゆいが丁度教室にやってきた。


「ゆい、ちょっとソフィアを任せていいか? なんか西園寺先輩に呼ばれてさ」

「そうなんですか……? それじゃ、図書室で待ってますね」

「ああ」


 ソフィアとゆいを図書室まで送った俺は、言われた通り理科準備室へとやってきた。中は薄暗くて、人気が全然ない。こんな所に本当に西園寺先輩は呼び出したのか?


 やっぱり怪しい――そんな事を思っていると、ガチャンっという金属音が入口の方から聞こえてきた。


「うふふっ。ハロー! イソヤマクン!」

「ウィリアム……!」


 反射的に振り返ると、そこには忌々しい笑顔を浮かべるウィリアムの姿があった。

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