第87話 見捨てない!

「はぁ……」


 抵抗虚しく生徒会室へと連れて来られた俺は、出されたお茶を飲みながら深く息を漏らした。


 とりあえず少しは落ち着いた……気がする。今でもウィリアムの言葉や顔を思い出すだけで、自分を抑えられなくなりそうだけど。


「ソフィア、大丈夫か?」

「……あんまり、大丈夫じゃないかも」


 俺の腕にぴったりとくっつくソフィアの顔色は、はっきり言って最悪だ。それに、いつもはポジティブであまり弱い所を見せないソフィアがこんなになってしまうなんて、かなり重症だ。


「大丈夫。俺が一緒にいるから」

「……ありがとう、ハル」


 俺がソフィアの肩を抱いて安心させようとしていると、生徒会室のドアが勢いよく開いた。そこに立っていたのは……ゆいだった。


「あ、あの! 陽翔さんとソフィアちゃんに何かあったって聞いて……!」

「ゆい、来てくれたんだな」

「あっ! お二人共、無事だったんですね! 安心しました……!」

「ゆいちゃん……ごめんね、心配かけて」

「ソフィアちゃん? どうしたんですか? 具合でも悪いんですか!?」

「まあ色々あってな……」

「丁度これから磯山君に説明してもらおうと思ってな。ゆいさんも呼ぶつもりだったから、手間が省けた」


 そう言うと、俺達がいつも座っているソファの周りに、生徒会の面々が集まった。その後に、ゆいが俺の空いている手の方に座ると、軽く寄りかかってきた。


「それで、なにがあったんだ?」

「実は――」


 俺はクラスに転校生が来た事、転校生がソフィアの自称友達で、やろうとする事があまりにも非道なのに全く悪びれなかった事、俺が怒って掴みかかったところで止められた事を、細かく説明した。


「なるほど。以前ソフィアさんが言っていた友達がいないというのは、そのディア・ウィリアムが原因というわけか」

「全部が全部じゃないです。ディア以外にも、アタシに酷い事をしてきた人はいっぱいいたから」

「そうか。それの末端を聞いて磯山君は激昂したと」

「はい。お騒がせして申し訳ないです」

「まあ気持ちはわからなくもないけどぉ……磯山ちゃんは良くも悪くも、学園では目立つんだからぁ~。せっかく印象も少しずつは良くなってきてるんだから、気を付けてねん」

「はい……」


 優しい笑みを浮かべながら、金剛先輩は俺の頭をワシャワシャと撫でる、ごつごつしてるからちょっと痛いけど、安心できる。


「まあ、アタクシ個人の意見としては……よく守った! よく怒った! アタクシは君を咎めたりしないわぁ~ん!」

「金剛先輩……!」

「こらイサミ。あくまで仕事なんだから公平にしろ」

「わかってるわよぉ」

「正直、私も人の事は言えないがな。私個人としても、ソフィアさんの友人として憤りを覚えている。もし何かあったら、遠慮なく相談してほしい」

「アタクシも協力するわぁん。玲桜奈を助けてくれたお礼もちゃんとしたいしねぇん」

「我々も協力します!」


 西園寺先輩に続いて、金剛先輩や生徒会の面々が揃って俺に協力してくれるらしい。これはとてもありがたい……!


 なんにせよ、せっかく掴んだ幸せな日々を、あんな転校生一人にかき乱されたくはない……待てよ? もしかしてこれはソフィアルートに入った時のシナリオで、過去の因縁があるウィリアムと戦うストーリーなのか?


 ……まったく、面倒な流れだなって思うけど……ソフィアを守るためには、絶対に手を抜かない! 必ずソフィアをディアから守って、ハッピーエンドを迎えてやる!



 ****



「ただいま~っと」


 ソフィアと一緒に帰宅した俺は、とりあえずソフィアを座らせてから、キッチンに立つと、ソフィアの好きなココアを用意した。


 これで少しは落ち着いてくれると良いんだけど……。


「ソフィア、飲めるか?」

「うん。ありがとう、ハル」


 俺からココアを受け取ったソフィアは、俺に寄り添いながらココアを口にした。すると、ほんの少しだけ表情を和らげてくれた。


「ごめんね、迷惑かけて」

「迷惑だなんて全く思ってないから安心してくれ」

「ハルは優しいね。ううん、ゆいちゃんも玲桜奈ちゃん先輩も、生徒会の人達もみんな優しい」


 静かになった部屋の中に、コトンっコップが置かれた音だけが響いた。


 こんな時、俺はなんて言えばいいんだろうか。余計な事を言ったら、ソフィアを更に傷つけてしまうんじゃないだろうか。そう思うと、中々話を切り出せなかった。


「……ねえハル。ギュッてしてくれない?」

「いいよ」


 上目遣いでお願いするソフィアを、俺は優しく抱きしめると、ソフィアは安堵の息を漏らした。


「あったかい……」

「それはよかった」

「あのね……アタシ……ずっといじめられてたんだ。ディアやその友達に」

「……実は倫治おじさんから何となく聞いてたから、知ってはいたんだ。まさかそんなに酷いものとは思ってなかったけど」

「そっか。パパったら……もう」


 俺の背中に回す手に力を入れながら、ソフィアは更に言葉を続けた。


「最初は些細な事だった。引っ越し先が田舎だったからか、ハーフが珍しくてからかいの対象にされたの。そこから少しずつ酷くなっていって……」

「……うん」

「それでしばらく経って。中学生になった時にディアと同じクラスになった。そこからは……多分予想してると思うけど、ディアが率先してアタシをいじめてきた。本人はそんなつもりは全くないみたいだけど」


 まるで諦めてるかのように、ソフィアはアハハと乾いた笑い声を漏らした。それが……俺には精一杯の強がりをしているようにしか見えなかった。


「多分、明日からもディアはアタシに遊びという名の嫌がらせをしてくる。ハルたちにも迷惑をかけちゃう。だから……明日から、アタシは一人で――」

「それは絶対に許さない」

「え?」

「お前、前にゆいが同じ様な事を言った時に、見捨てたか?」

「…………してない」

「それと同じ気持ちだ。俺達が保身のためにお前を見捨てるなんて事はない!」


 悪いのは絶対的に向こうなのに、俺達の仲が引き裂かれるなんて、そんなのおかしい。それに、推しで恋人のソフィアがこんなに悩んでるのを見捨てられるほど、俺は残酷ではない。


「大丈夫だ。昔と違って、今のソフィアは一人じゃないんだから」

「うっ……うぅ……ハル、ありがとう……」


 胸の中で嗚咽を漏らすソフィア。そんな彼女が落ち着くまで、俺はずっと抱きしめながら頭を撫でてあげた――

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