第85話 フレンドリーな笑顔の裏

 二学期の始業式、そしてホームルームが終わった後、俺は荷物を整理して席を立った。


「ウィリアムさん、凄い日本語がお上手ですのね」

「センキュー! 日本語は入学前に勉強しておいたの! これでも勉強は得意なの!」


 おーおー、何人ものクラスメイトに囲まれてるな。人気なのは良い事だ。


 まあ別に俺は転校生には興味は無い。俺があるのは推し三人……特にソフィアの事だけだ。さっきも様子が変だったし……尚更気になる。


 そうだ、帰りにソフィアと何処か寄り道……もとい、デートでもして帰ろう。そうすれば、ソフィアもいつもの様に元気になるに違いない。


 そうと決まれば、ソフィアに声をかけるとしよう。行く場所は特に決めてないけど、ソフィアと適当に歩いていれば、そのうち目的は決まりそうだしな。


「ソフィア、帰ろうか」

「……ハル」

「どうした? さっきから様子が変だぞ」

「な、なんでもないよ。早く帰ろう! 一秒でも早く!」

「お、おいそんなに押すなって」


 ソフィアは、割と強い力で俺の背中をグイグイと押して、強引に教室を出た。


 やっぱり何かおかしい。今までも急かす事はあったけど、こんなに切羽詰まったような感じはしなかったぞ?


「本当にどうしたんだ?」

「いいから、早く帰ろう! ねっ!」

「あ、お~い! そこの男子! ステイステイ!」


 聞き慣れていない声に反応して、俺は廊下の真ん中で足を止めて振り返ると、そこにいたのは転校生……ディア・ウィリアムさんだった。


「確かイソヤマクン? だったよね!」

「ああ。はじめまして、ウィリアムさん」

「初めまして! さっきこのスクールで一人だけの男の子って聞いて、話してみたくて!」

「そうなんだな」


 裏表の感じない、屈託な笑顔を浮かべるウィリアムさん。ちょっと話した感じだと、とても良い子そうな感じだ。


「丁度いい、お前も挨拶しておいたらどうだ?」

「え、あ……アタシは……」

「……?」


 いつものコミュ力抜群のソフィアなら、ここで我先にと前に出て声をかけているだろう。なのに、今日のソフィアは俺の背中の後ろに隠れ、ギュッとワイシャツの裾を握っていた。


 なんていうか、まるでゆいみたいだ……ソフィアらしくない。それに、これって……怖がってる?


「あ、ねえそこの後ろの子!」

「……っ!」

「やっぱり! あなたソフィアよね! ほら、ずっと一緒のクラスだったディアよ!」

「知り合いなのか?」

「……い、一応……」


 あれ、まさかの知り合い? それは想定外だったぞ……。


「ウィリアムさんとソフィアは、どんな関係なんだ?」

「人に聞く前は、自分から言うのが普通じゃないの?」

「…………」


 キョトンとした顔で、小首をかしげるウィリアムさん。


 ……確かに言ってる事は間違ってないけど、なんか鼻につく言い方だな。さっきは良い子そうに思ったけど、ちょっとイラっとした。


「俺はソフィアの幼馴染で、恋人だ」

「恋人!? ソフィアに恋人が出来たなんて! これが日本で言うオメデタってやつ!?」

「ちょっと違うが……まあいい。それで、俺の質問の答えは?」

「私とソフィアはベストフレンド! 向こうでもずっと仲良しだったの!」

「友達……?」


 なんか違和感を感じる。ベストフレンドって言うほどの仲だというなら、定期的に連絡を取っていた時に、ソフィアから話を聞いてもおかしくない。でも、俺はそんな話は聞いた事がない。


 それに、友達を前にしてこんなに怯えるだろうか? どう見ても普通じゃない怯え方だぞ。


「いや~……ソフィアに恋人か~……あはははは!!」

「何がおかしい?」

「私もよくわかんないけど、なんか面白くて! あはははっ!!」

「……そうか。一個聞きたいんだけど、ウィリアムさんは本当にソフィアと友達なのか?」

「うん、そうだよ? ねーソフィア!」

「あ、う……うん……」


 ニッコニコのウィリアムさんとは対照的に、ソフィアの声は震えている。背中越しからソフィアの体の震えも感じる。


 とにかく、これはソフィアをこの場から離れさせた方がよさそうだ。正確に言うと、ウィリアムさんの前からか。


「再会したところに悪いけど、ソフィアの調子が悪そうだから、俺達は帰るな」

「え、なんでよー。もっとお話ししたい事があるのに。一緒に散歩したり、お弁当を食べたり、川に遊びに行ったり……いろいろしたよね?」

「っ……!?」


 にっこりと笑うウィリアムさんの口から出た言葉に、ソフィアはビクンと体を跳ねさせた。


 もうこれ以上は駄目だ。一秒でも早く、この場を離れよう――そう思った俺は、ソフィアの手を取ってその場を後にしようとした。


「楽しかったよねー! 離ればなれにならない様にソフィアをリードにつなげて散歩たり、お昼は私特製の昆虫入りサンドイッチを美味しいって泣きながら食べてくれたし! 遠慮して川に入ろうとしなかったソフィアを、私が背中を押して入らせてあげたら、楽しそうに泳いでたよね!」

「…………は?」


 え、リード……昆虫……? こ、こいつは一体何を言っているんだ……?

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