第62話 広くなった家
翌日の朝、帰るための荷物をすべてまとめたゆいを送るために、俺とソフィアは一緒に玄関へとやってきた。
なんだかんだでゆいがいた日数はあまりなかったし、これからも学園でいくらでも会えるとはいえ、やっぱり寂しい事には変わりない。ソフィアも同じなのか、さっきからメソメソしている。
「ひっぐ……ゆいちゃん、また寂しくなったらいつでもここにいていいからね」
「はい、ありがとうございます。短い間ですが……お世話になりました。この恩は絶対に忘れません」
「大げさだって。俺もソフィアも、当然の事をしたまでだって」
「そうだよぉ! いつでも助けるからね! また来てね!」
「ふぎゅう……」
もはや恒例行事となりつつある、ソフィアのハグによるゆいの変な悲鳴も、もうここではあまり聞く事が出来ないんだな。目のやり場に困る光景だが、仲睦まじい二人を見るの、好きだったな。
「ありがとう、陽翔さん、ソフィアちゃん……二人がお友達で、ゆいは幸せです」
「うっ……うぅ……ゆいちゃ~ん!」
「く、くるしいよぉ……」
「ゆいちゃんが悪いんだよ!? そんな嬉しい事を言うからぁ~!」
「……まあほどほどにしておけよ」
一通り別れを惜しんだ俺達は、何度も頭を下げるゆいを見送った。
……これで良かったんだよな。このまま家にいてもらってもよかった気もするけど……。
「なんか、お家が凄く広く感じるね」
「そうだな」
ゆいがいなくなった家。それは、元の形に戻っただけのはずなのに……すごくガランとしていて、寂しさを覚えた。
「…………」
「なあソフィア、二人で出かけないか?」
「え?」
寂しそうに部屋を見つめるソフィアに提案をすると、ソフィアは驚いたような表情で俺を見つめた。
最近色々あって二人きりで遊びに出かけられてなかったし、ゆいがいなくなった寂しさを忘れるために、遊びに行った方が良いかなって思った次第だ。
「それってデートのお誘い?」
「デートって……」
なんか想定外の受け取られ方をされてしまった。違うと言いたいけど、こんなに期待で目を輝かせられたら、違うって言いにくい……。
「……まあ、そんなところだ」
「っ!! ちょっと待ってて! すぐに準備してくるから!」
「ああ」
「……ありがとっ……大好き……」
ソフィアはおもちゃを買ってもらった子供のように大喜びしながら、自分の部屋に向かって走り出した。
なんか去り際に言ってたけど、何を言ってたんだろうか……? 小声すぎて全然聞こえなかった……。
****
「せいやぁぁぁぁ!!」
町に出かけた俺達は、ソフィアの提案でバッティングセンターへとやってきた。ソフィアいわく、運動して寂しさを追い出そう! という事らしい。
それはいいんだが、ソフィアは掛け声の割に全然バッドにボールが当たらない。それに、かなり短いスカートをはいてるのに大振りをするから、パンツが見えちゃうんじゃないかとヒヤヒヤしている。
俺が見える分には、すぐに目を逸らして謝れば済む話だが、俺の大切な幼馴染で推しキャラのパンツを、他人に見られるのは絶対に嫌だ。
……俺ってこんなに独占力が強かったんだな。新しい発見かもしれない。
「ハル~一回も当たらなかったよ~! でも楽しい~!」
「それはなによりだ。俺も楽しいよ」
「よかった! それにしてもハルは当てられて凄いねぇ」
「俺もびっくりしてる」
前世では運動音痴だったし、現世で野球の経験なんて無かったのに、俺は七割くらいは打てた。想像以上に、陽翔というキャラクターが元々持っている運動神経は高いのかもな。
「ハル、どうすればいいか教えてよ~」
「それはいいけど、俺だって経験ないんだぞ?」
「アタシより当たってるからきっと大丈夫! そこで見てて~!」
メチャクチャ気合を入れてから、ソフィアは再びバッターボックスへと入っていった。教えるっていっても、俺だってうまいわけじゃないんだけど……。
「う~……せいやっ!」
「…………」
「当たらないよぉ……ふんすっ!」
だから、頼むからそんな大振りしないでくれ……スカートが危なすぎるし、服を押し上げまくってるおっぱいなんか、上下に凄い揺れちゃってるせいで、周りの男連中の視線がヤバすぎる。
おいお前ら、俺の大切なソフィアを嫌らしい目で見てんじゃねえぞ! 見たくなる気持ちはわかるがな!
「ソフィア、ちょっと待った」
「ハル? 入って来たら危ないよ?」
「だって、教えてほしいんだろ?」
「そうだけど~」
「いいか、腰が引きすぎだから、もう少し体を真っ直ぐにして……」
「ひゃん!」
俺はソフィアの背中に立つと、腰を少し押して体を伸ばさせた。こうやって、打ち方を体で教えてあげればわかりやすいだろうし。
「スイングも大振りすぎるし、腕だけで打ってるから、もう少しこんな感じで腰を使って……」
「あわわわ……」
「バッドも長く持ちすぎだから、少し短めに持って」
「ふにゃあ!? あ、ああ……も、もう無理ぃ……」
「ソフィア!?」
腰の掴みながらバッドの降り方を教えたり、バッドを持つ手をずらしたりして教えていたら、ソフィアは体中から煙を出して目を回してしまった。
……や、ヤバイ。完全に教える事に夢中になって、ソフィアが俺から触られると極端に恥ずかしがる事を忘れていた!
「お、おいしっかりしろ!」
「きゅう……」
「あっ――」
足から崩れ落ちるソフィアを助けるのに夢中になっていた俺は、次のボールが飛んでくる事をすっかり忘れ、ボールの軌道上に立ってしまった。
そんな俺に目掛け、無情にもボールは真っ直ぐ飛んできて……。
「いってぇ!!」
……俺の背中に、ボールが直撃した。球速は百キロ程度とはいえ、不意打ち気味にぶつかったら痛い。
「と、とりあえずバッターボックスの外にソフィアを運んでっと……あーいってぇ……ソフィアの体にベタベタ触ったバチだなこりゃ……」
背中の痛みに耐えながら、俺はソフィアをバッターボックスの外にあるベンチに寝かせると、大きく溜息を漏らした――
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