第30話 ハルの力になりたくて

「ごめんね、ハル……頭痛い?」

「いや、大丈夫だよ」


 三輪車に乗ったソフィアに突撃されて吹き飛ばされた俺は、リビングでぶつけた後頭部を氷で冷やしてもらっていた。


 なんか前世を思い出した日みたいだ。あの時も頭をぶつけて、ソフィアに冷やしてもらってたからな。


 そういえば、ゲームの中にはこんなイベントは無かったな……走りに行った事で、新しい展開に持っていけたんだろうか? 西園寺先輩と会うイベントも本来は無いし。


「この三輪車どうしたんだ? うちにこんなの無かったと思うんだが」

「えっとね、ハルとゆいちゃんが三輪車競争に出るって決まった日にネット注文をしておいたの。練習に使えるかなって思って……」

「ソフィア……」

「でね、アタシもやってみたら何かアドバイスが出来る事が見つかるかもって思って……ハルが帰ってくる前にやってたら……ぐすん」


 そうか、ソフィアは俺とゆいのために……ソフィアは本当に優しいな。思わずドキッとしちゃったよ。


「ありがとう、ソフィア。その気持ちだけでも嬉しいよ」

「っ……! ハル~!!」

「だから抱きつかなくていいから! ていうか、走ってきたから汗臭いぞ!」


 俺に頭を撫でられたソフィアは、感極まったような声を出しながら、俺の胸の中に飛び込んできた。


 嬉しさを爆発させるのは良いが、抱きついてこられるのは心臓に悪い!


「全然臭くないよ? くんくん……」

「わざわざ嗅がなくていいから!」

「………………」

「えっと、ソフィア? ソフィアさーん?」


 匂いを嗅いだソフィアは、俺に抱きついたまま固まってしまった。


 え、一体どうしたんだ? まさか気絶するほど臭かったとかないよな!?


「う、うん! 全然臭くないと思う! でも念のためにもうちょっと確認しておくね!」

「念のためってどういう事!?」

「すぅぅぅぅぅぅぅ~~~~……はぁぁぁぁぁぁぁ~~~~……」

「息吸い過ぎだろ!?」

「うへへへへ……」


 なんか今までで一番強く抱きつきながら、深呼吸してるんですが!? 臭すぎてソフィアがバグったか!?


「もう臭くないのは分かっただろ!? 離れろって!」

「やーだー! もっと嗅ぎた――じゃなくて、もっとしっかり確認するのー!」

「おい待て! 今何を言おうとした!?」

「むー!!」


 もしかして、ソフィアって俺が知らないだけで実は匂いフェチだったりするのだろうか……? ゲームの中でも語られなかった新事実だ……。



 ****



 ソフィアの新たな一面を発見した後、晩ごはんとシャワーを済ませた俺は、リビングでソフィアが用意した一輪車に乗ってみた。


 まあリビングはそんなに広くないから、あくまで少し漕ぐ練習程度しか出来ないけどさ。ソフィアは広さ対策として、廊下を使っていたみたいだが。


 それにしても、三輪車に乗るなんて、いつぶりだろうか? こうして成長してから乗ってみると、想像以上に小さくてビックリしてしまう。


「よっと……お、思った以上に漕ぎずらいなこれ」

「そうなんだよね~。変に力が入り過ぎて、ペダルが空回りしちゃうんだよ~」

「うおっ、本当だ。力加減がわかってないと進めないし、下手したらバランスを崩しそうだな」


 三輪車が小さいせいで、そもそも乗っていること自体が体に割と負担が来るというのに、そこに加えて力加減を考えないといけないのか。思ったより難しそうだ。


「ソフィアは結構スピードを出せてたけど、何かコツとかあるのか?」

「うーん……あんまり前に体重をかけ過ぎると力が入り過ぎちゃうから、そこに気を付けてたよ」

「なるほどな。っと……くっ……難しいな」

「その辺の力加減は、徐々に慣らしていくのがよさそうだね」

「そうだな」


 さっきよりは空回りしなくなったが、こんどはペダルを漕げなくなってしまった。力を入れすぎず、抜きすぎず……難しいな。


「とりあえず練習あるのみだ。ありがとうソフィア。おかげで良い練習になりそうだ」

「どういたしまして! あ、ハル。アタシ一個お願いがあるの」

「お願い?」


 なんだろう、何か買ってくれっておねだりするつもりか? ソフィアはそんな打算的に動くような子じゃないと思うんだが……。


「アタシ、二人三脚の練習もしたいの!」

「二人三脚?」

「うん! アタシあんまり運動が得意じゃないから、今のうちにから練習しておきたくて。駄目……かな?」

「そんなの、断る理由なんてないよ。歩くぐらいなら家の中でも出来るし、やってみようか」

「やったー!」


 そんな可愛いお願い、いくらでも聞いてあげるのにと思ったのも束の間。ソフィアは大喜びで俺を力強く抱きしめた。


 だからどうして一々そんなにオーバーに喜ぶんだ!? これもアメリカ流ってやつなのか!?


 うぐぐっ……い、息が苦しい……でも柔らかくて良い匂いで……天国なのか地獄なのか……ぐえぇ。


「そ、ソフィ……息が……」

「あっ! ごめーん! つい嬉しくて……!」

「はぁ……はぁ……ゆいの時もそうだったけど……やりすぎに注意してな……」

「うん、気をつける! それじゃ足を縛れそうなタオルを探してくる!」


 悪びれる様子があまり感じられないソフィアは、隣の部屋から足が縛れそうなタオルを持って戻ってきた。


「って……なんだその恰好!?」

「なにって、運動するから動きやすい服に着替えてきただけだよ?」


 俺の元に戻ってきたソフィアは、お腹の出てるノースリーブに、かなり短めの短パンに着替えていた。全体的にぴちっとしているせいで、体のラインが出まくってて……これはヤバい。


「一応準備運動しておこう! いっちにーさんしー……」

「っ……!」


 体を伸ばしたり縮めたりするせいで、服の隙間から色々と見えて目の毒すぎる。それに跳ねたりもするから、いつも以上におっぱいがブルンブルンしてる。


 ……あまりソフィアを見ないようにしないと。


「よし、それじゃ練習しよっか!」

「あ、ああ」


 ドキドキしてないで、とりあえず練習に集中しないとだよな。そう自分に言い聞かせながら、俺はタオルで俺の足とソフィアを縛った。


「まずはスタートからだな。イチで縛ってる方、ニで縛ってない方の足を出そう」

「おっけー!」


 ソフィアは意気揚々と返事をしながら、俺の肩に腕を置いた。


 ……さすがにちょっと離れすぎてる気がするな。もっとくっつかないと走りにくい。恥ずかしいけど、俺から抱き寄せるか。


「ソフィア、もっとこっちに」

「きゃあ!?」


 声をかけながらソフィアを抱き寄せると、悲鳴を上げながら固まってしまった。


 え、もしかして……俺から触られるのに弱いところが、これでも出ちゃうっていうのか!?


「あわわわわ……」

「ソフィア、落ち着け――」

「あっ……」

「危ない!」


 緊張で足に力が入らなくなったのか、そのまま後ろに倒れそうになったソフィアを、俺は咄嗟に庇うように引っ張ったが、その甲斐も虚しく一緒に倒れてしまった。


 ソフィアは大丈夫か……? って、なんでこんなに目の前が真っ暗なんだ? しかも顔全体がふにょんふにょんしてるし、後頭部に何か引っかかってる。ついでに言うと、暖かいものに乗っかってるんだが……?


 ま、まさか――


「は、ハル……は、恥ずかしいよぉ……ひゃうぅ……」

「もがっ……!?」


 間違いない。俺は今……ソフィアの服の中に顔を突っ込んで、上に乗っかってる……!!

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