マーフィーの証明

才谷祐文

プロローグ

 僕の異動が決まったのは、入社五年目の春のことだった。

「研究開発部って……私、文系ですよ?」

 辞令を受けたとき、僕は上司に向かって不安げな声を上げながら、内心では、「ついに来たか」と思っていた。

 自分で言うのもなんだが、僕は会社にとってお荷物の営業マンだった。何の奇跡か、新卒で日本有数の医療機器メーカーに入社できたものの、営業成績は常に最下位。暗に肩を叩かれても、文句は言えなかった。

 これを機に仕事を辞め、転職先を探すのもありだろう。一旦落ち着いて人生を考え直しても良いかもしれない。

 だが、上司に辞意を告げると、意外な言葉が返ってきた。

「沢木、お前が悩んでいたのは知っている。誤解がないように言っておくが、今回の人事に、お前を会社から追いやろうなどという意図はないぞ。確かにお前は、営業には不向きだったかもしれん。しかし、別の職種でならば、成果を出せる見込みは十分にある」

 僕が、振り上げた拳の下ろしどころを失った思いで黙っていると、上司は続けた。

「もし異動しても成果が上がらず、やはりうちの会社には合わないと感じたのなら、そのときは辞めれば良い。今回は騙されたと思って、一度チャレンジしてみないか」

 考えれば、この僕がすぐに転職できるか分からないし、たとえ上手くいっても、適性に合った仕事に就ける保証はない。異動は、悪い話ではない気がした。

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