好きっていうことは、その人に殺されてもいいということ

入川軽衣

第1話 闇夜に芽生えた恋心


「本当にいいの? 雄斗ゆうとくん」

「はい。全てを捧げるつもりですから!」

 目の前にいる美女に俺の心は完全に奪われている。

 もう、迷う理由など、何処にもないのだ。

 愛する人に愛されることが叶うのなら、それ以上の幸福などこの世に存在しないだろう。

 さぁ、骨の髄までこの冴えない終身名誉童貞を存分に愛して下さい!!


「それじゃあ、遠慮なく、いただきます♡」

 俺は、最初で最後の恋を最愛の雛乃ひなのさんに捧げるんだ。

「どうぞ、召し上がって下さい! 雛乃さん!!」

 俺は腕を目いっぱい広げて、彼女を受け止める。


 そして、刃渡り15センチのナイフが僕の懐を貫いた。




 事の始まりは、高校入学後数日で行われた宿泊研修での出来事だった。

 新入生オリエンテーションとして催される一泊二日の宿泊研修。高校生活における規則や心構え等を新入生に叩き込ませる為のもので、決して友達作りの為の親睦会ではない。

 俺自身そう勘違いして、うきうき気分で臨んだ宿泊研修だったが、ただ単に山奥のボロい宿泊施設で教師陣のありがたくもないご高説を聞き流すだけのものだった。


 しかし、唯一俺の心を震わした出来事があった。

 それは、夕食後に行われた肝試しだ。

 予定表にはもともと、講義があった時間帯だが、サプライズとして準備されていたものだったのだろう。


 正直、俺はこの手のものはダメだ。

 幽霊、妖怪、UMA、ポルターガイスト、詳しくはないが、そういった類の超常現象は全くもって御免だ。


 周りの同級生の反応も微妙だった。

 教師たちは、生徒が盛り上がるだろうとでも思ったのだろうか。

 今思えばこの肝試しがなければ、俺が雛乃さんと劇的な出会いをすることはなかったのだ。そこは冴えない教師たちの考えに感謝するべきだろうか。


 肝試しは、クラスの班ごとで行われ、山の中腹の少し舗装された林を歩く。脅かし役の教師が何人かいて、暗がりから脅かすだけの簡素なものだ。肝試しが行われている間の2、3時間、順番待ちや、既に肝試しを終わらせた班、つまりは待機している間の班には、講堂でホラー映画を見せられる。


 イベントとしてのメインは肝試しの方だが、俺にとってのメインはこのホラー映画鑑賞の方だった。

 映画の内容は、B級にもほどがあるめちゃくちゃなストーリーだったらしいが、怖がらせるような場面が多く、周りは割とキャーキャーと盛り上がっていた。

 極度の怖がりの俺はずっと列の後方で、できるだけスクリーンを見ないように顔を伏せていた。


 そんな俺のそばにずっといてくれたのが、俺の愛しき人、望月雛乃もちづきひなの先生だった。

「どうしたの? ホラー、苦手?」

 甘く囁くような声に俺は二つの意味でドキッとした。

 急に背後から声が聞こえてきたことと、その声が余りにも美しかったからだ。


「い、いえ、別に」

 俺は咄嗟に、相手にいいように見られたいと思ったのか、事実と反対のことを口にしてしまっていた。

 体操座りで、身体を丸めている格好を見れば、それが偽りであることは明らかだというのに。

「ふふ。いいのよ、男の子だからって見栄を張らなくても」

 小さく笑って、雛乃先生は俺の隣に腰を下ろした。


「君、名前は?」

鹿島かしま雄斗ゆうとです」

 まさか隣に座ってくるなんて思いもしなかった俺は、挙動不審になりながら応えた。

「雄斗くんね? 覚えたわ」

 暗がりの中でよく捉えることのできなかった雛乃先生の表情が徐々に色味を増してゆく。

「私は、望月雛乃もちづきひなの。国語の教師よ」

 それはそれはとても美しい人だった。


 暗がりの中でも分かるほど、彼女の顔立ちは整っていて、笑った時にできる小じわは無邪気な少女らしさを形作った。

 俺はただただ圧倒されていた。その美しさに、友達のいないこんな俺に優しく寄り添ってくれる。

 惚れないわけがないじゃないか。


 あの時の俺は、教師と生徒という関係を意識するあまりか、緊張して軽快に言葉を交わすことはできなかった。

 雛乃先生も、30分ほど隣にいてくれたが、他の教師に呼ばれて、どこかに行ってしまった。


 肝試しの後、同じ部屋のクラスメイトに雛乃先生と一緒にいたことを羨ましがられたが、隣にいただけで、特筆するものなど何もなかった。


 ただ、フルネームを教えたのに、名前で呼ばれたことは特別嬉しかった。

 

 しかし、この闇夜に芽生えた恋心の行方が、あんな結末に向かうことなど、この時の俺は知る由もなかった。

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