見た目は変わっても中身は一緒

月之影心

見た目は変わっても中身は一緒

「あのさ……」


 中学校からの帰り道。

 隣に並んで歩くが話し掛けてきた。

 服部はっとり唯菜ゆいな

 同じクラスの女子で、身長は俺より少し低いくらいだけど横幅が俺の1.5倍くらいあった。


「何?」


 別に一緒に帰っていたわけではない。

 帰る方向が一緒なので偶然並んで帰っていただけだ。

 家は近所で、小さい頃に他の友達と一緒に遊んだ記憶はあるが、それほど幼い頃から仲良くしていたわけでもなく、幼馴染って言えるかどうかは微妙なところ。

 学校ではその容姿を弄られ、軽い虐めみたいなものに遭ってはいるけど、俺が唯菜を嫌うような理由は無いし、太っている事を除けば別に変な子でも無かったので話し掛けてくれば普通に話くらいはしていた。


「私……光希こうきくんのこと……好きなんだ……」


 突然、唯菜が恐る恐るという感じの口調で告白してきた。

 驚きはしたが、何となく普段の話しぶりや態度からそうじゃないかなくらいは思っていた。

 寧ろ驚いたのは別の事。


「今、学校帰りで歩いてる途中だよな?」

「うん。」

「普通、告白ってもっと落ち着いてするものじゃないの?」

「ご、ごめんなさい……」

「まぁ別に謝らなくてもいいよ。」

「うん……ありがとう……ただ……どうしても……気持ち伝えたかっただけで……言うの凄く緊張したけど……言えて良かった……ごめんね……」

「だから謝らなくていいって。でも、ありがとう。」


 正直、唯菜は太っているが故に、顔の肉が瞼や頬を盛り上げ、お世辞にも美人とも可愛いとも言えない。

 学校で虐められている事も考えて、この告白も虐めからきた罰ゲームか何かかと思っていた。


「あ、心配しないで……付き合って欲しいとかそんな事は言わないから……光希くんに迷惑……掛かっちゃうし……」


 唯菜の震える声を聞いて、この告白は虐めでも罰ゲームでもなく唯菜の本心なのだなと分かった。

 俺は親に買って貰ったばかりのスマホをポケットから取り出した。


「電話番号教えて。」

「え?」

「付き合うってよく分からないから相手が誰であっても考えてないんだ。けど俺のことを好きって言ってくれる子なら仲良くしたいとは思う。だから。」


 少し照れ臭くてスマホの画面を見たままそう言った。


「うん……ありがとう……えっと……」


 唯菜は電話番号を教えてくれた。

 俺は聞きながらスマホを操作して言われた番号を叩いた。

 唯菜の鞄の中から着信音が小さく聞こえていた。


「俺の番号。登録……してもしなくてもいいけど……話したい事あったら掛けてきなよ。あ~電話代掛かるならメールでもいいし。」


 唯菜は鞄から取り出したスマホを胸の前で両手で持って祈るようにしながら『ありがとうありがとう』と涙を流しながら何度も言っていた。

 ストレートに言うと、正直不細工だったので出来るだけ顔は見ないようにした。




 その後、唯菜からは一週間で10~15通程度のメールのやり取りと数回電話があったくらいで、そのまま高校生になった。

 俺は進学校へ、唯菜は商業高校へ進学した。

 高校へ進学してからも唯菜とのメールのやり取りは同じくらいのペースで続いていたが、学校での事、休みの日の事、特に変わり映えのしない話題ばかり。

 唯菜からメールが届き、それに俺が返信する。

 大抵その一往復で終わることが多かった。


 高校に入って一度も唯菜と顔を合わせる事無く1年が過ぎた頃、俺は同じ高校の隣のクラスの可愛らしい子に告白された。

 一応付き合う事にはなったが、『恋愛とは何ぞや』みたいな思考だった俺に、彼女だから特別な事をしなければ……という考えが浮かぶ筈も無く、3ヶ月も経たない内に別れてしまった。


 どこで聞き付けたか唯菜もその事は知っていたようで、付き合う事になった数日後に『おめでとう』と、そして別れた数日後に『そういう事もあるよ』と気遣うメールが入っていた。

 誰かと付き合った経験も無いクセに……と少し捻くれもしたが、『ありがとう』とだけ返した。


 俺は大学進学に向けて勉強に打ち込んでいた。

 唯菜は就職に向けて頑張っていたようだ。

 気が付けば高校卒業がすぐ傍まで近付いていた。


 そして結局、唯菜とは一度も顔を合わせないまま高校を卒業する事になり、高校時代最後のメールでお互いの進路を確認しただけだった。




 大学は地元を離れ、生まれて初めて一人暮らしをすることになった。

 と言っても隣の県だし、暇さえあれば実家に帰ってきてお袋の味を堪能することが出来たのでそう苦労する事も無く、普通に大学に行ってアルバイトをして……という感じの大学生活を送っていた。


 大学2年になる前の春休み。

 俺はアルバイトの無い休日を一人暮らしの部屋でのんびり過ごしていた。

 ベッドに寝転がったままスマホを眺めていた時、ふと過去の唯菜とのやり取りが目に留まった。

 高校の時に機種変更をしてバックアップをとっていなかったので途中からではあったが、その何て事はない世間話のようなやり取りを懐かしく読んでいた。


 最後のメールは2週間程前だったのだが、一通り読み終えてふと疑問が浮かんできた。


 俺の事を好きだと言っていた割に、一度も『会いたい』という言葉が出ていないのだ。

 普通、好きな相手なら毎日でも顔が見たいと思うものでは無いのだろうか。

 何なら中学を卒業して5年程の間、一度も顔を合わせていないのに、会いたいと思わないのだろうか。

 それどころか、ここ2年くらいは電話すらしていない。

 顔だけじゃなく『声』にも会っていないのだ。

 俺に『好きだ』と言った事に満足して、本当にそれ以上の事は求めていないとでもいうのだろうか。


 そんな事を考えていると、タイミング良く唯菜からメールが届いた。


 『久し振り』から始まるメールは、毎日仕事は忙しいけど楽しくやっている事、仲の良い友達が出来てよく遊びに行っている事など、近況報告が綴られていた他は以前までのメールと大差無かった。

 俺はあまり長文が得意では無かったが、久し振りというのもあってこちらも俺の近況報告を書いてみた。

 隣県の大学なのに知った顔が無く学生本来の勉学とアルバイトに精を出している事……それ以外の事は思い浮かばなかったけどそのまま送信した。


 暫くして唯菜からの返信が届いた。

 メールには『頑張ってね』というのと、『もし帰省するならご飯食べに行こう』と書かれてあった。

 メールのやり取りをしだして初めて『会いたい』という意思表示が見えた俺は、何故だか妙にテンションが上がった。

 特に帰省する予定は無かったが『今度の週末帰るからその時にでも』と返信すると、すぐに唯菜から『分かった。じゃあ帰ってきたら連絡してね。』とだけ書かれたメールが返ってきた。




 帰省するその日、俺は約束通り唯菜に『明日の昼の12時頃帰る』とメールを入れた。

 数分後、唯菜から『○○駅の辺りでご飯食べよう』と返事があり、最寄り駅の一つ手前の駅の名称を見て、『分かった』と返事をしてスマホを置いて家を出る準備を始めた。


 俺は10時過ぎの電車に乗り、地元へ向かった。

 割と頻繁に帰省していたのもあり、窓の外を流れる景色も特に懐かしいとかの感情は無かった。


 唯菜と待ち合わせをした駅へは1時間半程で到着。

 昼食時の少し手前だからだろうか、駅前は割と閑散としていて行き交う人もそんなに多くはなかった。

 俺は駅舎から出ると左右を見渡し、誰なのか分からない銅像の置かれた辺りで待つことにした。

 駅舎の方を見たが、今のところ唯菜らしき人影は見当たらない。

 俺は手に持ったスマホの画面に集中していた。




「あの……」


 5分程スマホの画面を眺めていると、正面からやけに綺麗なお姉さんに声を掛けられた。


「はい?」


 キャッチか何かか?と疑うような顔でその女性を見ながら返事をしたが、その女性は輝かんばかりの笑顔になった次の瞬間……


「やっぱり光希くんだ!久し振り!」


 ……と、俺の名前を呼んだ。


「え?」


 どう見ても知らない顔だ。

 明らかに唯菜ではない。

 唯菜はもっともっと太い。

 体は俺の1.5倍くらいあったし顔ももっと丸かった。

 だが目の前の女性は、身長こそ160cm無いくらいだろうけど俺よりも細いし、若干丸顔ではあるけど顎のラインが綺麗で、長い睫毛に二重の大きな目をしている。

 容姿的には明らかに唯菜とは対極に居る人だ。


「えっ……と……」


 目の前に居る女性は唯菜じゃないとして、では何故俺の名前を知っているのだ?


「うふふ。戸惑ってる顔してるね。唯菜です。」


「え?」


 その綺麗な女性は俺が待ち合わせをしている唯菜だと言った。

 俺の名前だけじゃなく、何故この女性は唯菜の名前まで知っているのだろうか。


「光希くん?」


 女性は綺麗な顔を不安そうに歪めて俺の顔を覗き込んできた。


「ゆ、唯菜?」

「だからそう言ってるじゃないの。へんなの。」


 俺は自分の目を疑った。

 あの太い体はどうした?

 あの肉で盛り上がった瞼と頬はどうした?


「えっ……あの……え?」


 挙動不審になる俺の前で、その女性はくるっと体を回して笑顔で俺を見てきた。


「ちょっとは変わったかな?」


 ちょっとなんてもんじゃない。

 丸っきり別人になってるじゃないか。


「ほ、本当に……唯菜……なのか……?」

「あれ?疑ってる?じゃあ……」


 そう言って、唯菜と名乗った女性はポーチからスマホを取り出すと、俺とのやり取りが延々と連なっているメールボックスを俺に見せてきた。


「唯菜だ……」

「でしょぉ?信じて貰えたかな?」


 俺は唯菜のスマホと顔を交互に見て、ようやく目の前の綺麗な女性が唯菜だと把握した。


「ねぇ、人が少ない内にお店入ろうよ。」

「あ、あぁ……そ、そうだな。」


 唯菜は駅前周辺をぐるりと見回して、個人経営と思われる小さなレストランを指差した。

 俺は唯菜の横顔に向かって『うん』とだけ言うと、スタスタと歩いて行く唯菜について行った。




「ホント、久し振りだよね。5年振りになるのかな?」


 殆ど会話らしい会話を交わせないまま昼食を摂り終え、食後のコーヒーを飲んでいる時に唯菜が口を開いたが、俺は未だに目の前の女性が唯菜だという事が信じられないでいた。


「それくらいに……なるかな……」

「何かもう、光希くんと会えないんじゃないかと思って結構辛かったなぁ。」

「そ、そうか……」


 唯菜がテーブルを乗り越える勢いで俺の方に体を寄せ、俺の顔をじっと見てきた。


「まだ信じてない顔だね。」

「あ……いや……」


 椅子に座り直した唯菜は、『じゃあ私の話を聞いて』と言ってぽつりぽつりと語り出した。


「あの時ね、光希くんに『好きだ』って言った後、少しだけ後悔したの。」

「後悔?」

「うん。だってデブでブスでイジメられっ子だった私に好きだって言われたら嫌な気持ちになったんじゃないかなって。」


 唯菜が自嘲気味な笑みを浮かべる。


「皆がデブだブスだキモイって……私と関わるのを避けてた。それなのに光希くんは電話番号教えてくれて、何度もメールでお話してくれて……嬉しくて嬉しくて、光希くんから返事が来るたんびに部屋で暴れちゃって、お母さんによく叱られてたわ。」


 唯菜はふぅっと小さく息を吐いた。


「自分の気持ちが抑えられなくて光希くんに告白して……浮かれながら思った事があってね。きっと光希くんは嫌な思いをしただろうなって……こんなデブでブスな女に告白されて嫌な思いさせて私は何やってんだろ……ってね。」


 俺は唯菜の顔をじっと見詰めたままだった。


「それで思ったの。『このままじゃ光希くんに嫌な思いをさせて終わっちゃう』って。自分の好きな人に嫌な思いさせたまま一生会わなくなるなんて最低でしょ?だから、光希くんが私に告白されて良かったって思えるようになろうって思って色々頑張ったのよ。」


 唯菜の顔は、俺の知っている唯菜と違って何だか自信に溢れているようにも見えた。


「高校に行ってもやっぱり最初はイジメられてたけど、とにかくその時はそんなの気にしてる時間は無いって思って、必死になってダイエットして美容院とかエステとか行って変わろうとしてた。その為にアルバイトも頑張ったよ。」


 俺は唯菜から目を離さなかった。


「ちょっとずつ変わっていく自分が嬉しくて、段々自信がついていって……高校3年になった時、人生で初めて男の子に告白されたの。勿論お断りしたわ。」


 唯菜が柔らかい笑顔で俺の目を真っ直ぐ捉えて動かなかった。


「その時思ったよね。やっぱ『人間見た目なんだ』って。今まで私の事イジメてた人たちまで言い寄って来るのよ。笑っちゃうよね。今までのは何だったの?入れ物が変わっただけで中身は一緒なのに……って。」


 唯菜は表情を変えないまま続けた。


「私が変わったのは、光希くんに見て貰う為……それだけ。」


 再び唯菜はふぅっと息を吐くと、にこっと笑顔を作った。


「どうかな?私が唯菜だって信じて貰えた?」


 俺は唯菜の目をじっと見ながらゆっくり頷いた。


「良かった!これで光希くんに嫌な思いさせたまま終わらずに済みそう。」


 俺はおかわりのコーヒーを一口飲んで、再び目線を唯菜に向けた。

 話を聞き終え、目の前に居るのが間違いなく唯菜だと理解すると、少しだけ落ち着きを取り戻せた気がした。

 落ち着いてくると同時に、俺が唯菜に電話番号を教えたのは何故だったのか、何度もメールでやり取りしていたのは何故なのか、それを思い出していたのだが、そこには特別な理由など無かった。


「あのさ。」


 口を開く俺を、唯菜の目が見詰めていた。




「俺、唯菜に好きだって言われて、今までただの一度も嫌な思いなんかした事無かったぞ。」

「え?」

「今だから言うけど、確かに中学生の頃の唯菜はデブだったし可愛くもなかった。」

「う、うん……」

「けどそれで俺に何か迷惑掛かった事なんかないじゃん。」


 少し体を引いた唯菜は目をぱちくりさせながら俺の顔を見ていた。


「それは……そう……だけど……」

「もし迷惑掛かってたなら電話番号なんか教えないし。」

「で、でも……ウゼェ!とかめんどくせぇ!とかキモイ!とか思わなかった?」

「思わなかった。」

「嫌な奴に告白されちまったぜ!とかテンション下がるわぁ!とか思わなかった?」

「思わなかった。」

「何で?」

「迷惑掛けてきてなかったから。」

「そこに戻るんだ……」


 俺を凝視する唯菜の目は少し潤んでいるように見えた。


「単純に、好きだって言われたのは嬉しかった。」

「光希くん……」

「だから嫌な思いしたなんて思った事も無いし、これからも電話したりメールしたりして仲良くしてくれると嬉しい。」


 唯菜は『えへへ』と笑いながら、その少し濡れた睫毛の揺れる笑顔を俺に見せた。


「ホントに……光希くんは昔から優しくて……変わらないね。」


 俺は冷めかけのコーヒーを飲んで唯菜の視線を外すように窓の外を見た。


「優しくした覚えは無いけど。」

「いいの。私には優しくしてくれたって思ってるんだから。」


 嬉しそうな表情を浮かべる唯菜を見て、何だか照れ臭く思いながら残りのコーヒーを喉に流し込んだ。




「はぁ~楽しかった!」


 店を出ると唯菜は大きく背伸びをしてそう言った。


「それは良かった。」


 店から数歩歩いたところで、先を歩いていた唯菜がくるっと向きを変えて俺の方を見てきた。


「ねぇ。」

「ん?」

「光希くんから見て、今の私はどう見える?」


 両手を腰の後ろで組んで直立している唯菜が、俺に笑顔を向けながら訊いてきた。

 俺は唯菜の頭のてっぺんから爪先までゆっくり見てから目線を唯菜の顔に戻した。


「自信有りそうに見える。」

「ふふっ。よく分かったね。」

「何となくそう思った。」

「うん。」


 唯菜は笑顔のまま俺を見ている。

 俺は唯菜の顔をじっと見ていた。


 そして唯菜は大きく深呼吸をしてから口を開いた。








「私、光希くんのこと、好きなんだ。」








 それは、中学生だったあの日、唯菜が俺にした告白の言葉。


 あの日と違って、唯菜の顔と声は自信に満ち溢れていた。

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