変わらないもの、変わったもの
「そういえば、私がいない間に何か変わった?コハクは大丈夫だった?」
「そんなに変わってないですよ」
コハクの答えに真夜は首を傾げる。
「ほんと?」
「強いて言えば…師匠の薬のストックがなくなって、僕が作れる商品だけ置いてることと…部屋が綺麗になったことくらいですかね」
とにっこり返すと、真夜は「後半のはいらない」とじっとりと睨まれた。
コハクはああ言ったが、その次の朝、久しぶりに店に立った真夜は違和感に首を傾げた。
「お客さん増えてるじゃない」
「売上はあんまり変わってないですよ。来れる人の配達は断って、なるべく店に早く来てもらうようにしたので」
以前より増えた分が、明らかに年頃の女性客の割合が多いのは、来店頻度が増えたシャルムのせいだとコハクは思っているが、名前は出したくなくて適当に誤魔化した。
一人だと店を回すのには限界があることを知っている真夜は、コハクの言葉通りに事情を受け取り、納得したように頷いていると、コハクが後は…と続けた。
「あと、師匠みたいに臨時休業ばっかりしてないですもん」
「うるさい」
その後も、シャルム目当ての女性たちが、冷やかしだけで帰らないように増やした石鹸や香水で、幾分か華やかになった店内を、真夜は物珍しそうに見回していた。
「私もこれ使ってみたいわ」
「だったら、試作中のがあるので、それを今度試してみてくれませんか?」
後は…とコハクは、指を折った。
「ダニーさんとナタリーのおばあさんあたりは、同じ薬は作れても、やっぱりちょっと効き目が弱いみたい。」
「特別製にしてたものねぇ…」
「お二人とも『あんなのでも薬屋としては優秀だもんなぁ』って言ってましたよ」
「うるさいな、ダニーさんは不摂生を治す方がよっぽど健康にいいのに」
予想通り唇を尖らせる真夜にコハクは吹き出した。
そんな話をした後、少し店が落ち着いた頃に、カランと扉付近で音がした。
振り返ると、噂をすればなんとやらで、ダニーが立っていた。雪が降りだしていたようで、パタパタと外套に着いた雪を払いながら入ってくる。
「ダニーさん、こんにちは」
「ああコハク、いつものやつもらえるかい」
「ああ、私が取ってくるわ」
「おや?」
雪を払うために顔を下げていたダニーは、久しぶりに聞く声に、ふと顔を上げた。
「かわいい店子さんでも雇ったかと思ったら、なんだ、あんたか。随分久しぶりだなぁ」
「すみません…遠方の親戚に会いに行っていて…ちょっと長居しすぎちゃいました。」
バツが悪そうに挨拶したあと、ダニー用に用意していた袋を取りに行った真夜は、袋を手渡しながらあれ?と首を傾げた。
「ダニーさん痩せました?」
「誰かさんがいないせいで、薬を店まで買いに来させられとるからな」
ダニーの皮肉には、金額の計算をしていたコハクが帳簿を見たまま返した。
「そんなこと言って、最近は結構寄り道していろんなところに出歩いてるじゃないですか」
「コハクが店に行っても全然相手をしてくれんから暇なんだよ」
相変わらずのダニーの調子や、初めて聞くコハクとの掛け合いの様子に真夜は思わず笑ってしまう。
「配達ばかりだから知らなかったけど、コハクはダニーさんと随分仲良しだったのね」
真夜が笑っている様子を見たダニーは、目を丸くした後、少しだけ微笑んだ。
「やっぱり、外へ出歩いてみるもんだな。良いもんが見れたわ。」
簡単に今の健康状態を問診した後、(お酒を減らして散歩を増やしたことで、不調はずいぶんと改善されていて、真夜はびっくりした!)ダニーは「久しぶりのお嬢さんの薬、楽しみにしとるな」と行って帰って行った。
ふたりでダニーを見送った後、真夜は「久しぶりに働きますか!」と珍しく気合十分に、大きく伸びをしてから、ダニーの薬を作るために奥の調剤用の部屋に入った。
久しぶりの薬作りに、記憶を掘り起こしながら準備をしていた真夜は、しばらくして、一年ぶりの部屋の状態に驚いて、手を止めた。
「全部、一年前のまんまじゃない」
使った気配はあるのに道具はぴかぴかに磨かれているし、場所は真夜が使っていた時の、真夜が使いやすい高さや位置に置いた配置のままだった。
真夜より足も手も長くなったコハクには、使い勝手に違和感があるだろうし、慣れない薬作りは夜遅くまでかかっていただろうに。
毎日調剤が終わった後に、疲れ切った中で、真夜が使っていた通りの配置に戻すコハクは何を考えていたのだろうか、真夜は少し痛そうな顔をしてから、準備を再開させた。
その日は、以前より客は多かったが、コハクが客足が落ち着いた時は調剤を手伝ってくれたことと、調剤の手間が減るようにラインナップを工夫していたことで、店が閉まる少し前には、真夜の分の仕事はほとんどなくなっていた。
「晩御飯の買い物行ってくるわね、何買えばいい?」
流石の真夜も暇だからといって、初日からだらけるのは気が進まず、晩御飯の買い出しでもしようかと、音よけと雪避けを兼ねた厚手のストールを持って薬屋の扉に手をかけながら、コハクに声をかけると、パシっと腕を掴まれた。
「どこ行くんですか」
「え、そこの市場だけど」
「僕も行きます」
「まだ接客してたじゃない」
「もう終わります」
それじゃあ手伝いの意味がないじゃない。と言う間もなく、残ったお客に短く声をかけるとささっと会計を済まさせてしまった。
「コハクどうしたの?せっかく手伝いをしようと思ったのに…」
結局買い物かごもコハクが持ってしまい、手持ち無沙汰な真夜はてくてくとコハクの後をついていきながら声をかけた。
これじゃあ私が無理やりついてきたみたい…。
コハクは、問いかけには答えず、真夜にお願いをした。
「じゃあ、今日は真夜さんのパンケーキが食べたいです。作ってくれますか?」
「いいけど…そんなんで足りるの?」
「メインと副菜とスープは僕がつくるので」
真夜は首を傾げた。
「逆に邪魔じゃ無い?」
「そんなことないですよ」
彼女が小さい頃のコハクにしたように、真夜でもできそうな役目を無理やり作ってもらったような気がして、少し釈然としなかったが、『まあ、コハクが食べたいのなら作ってあげようか。』と、久しぶりのリクエストに、懐かしい気持ちになった。
「…コハク、手を繋いであげようか?」
「いや、赤ちゃん返りとかじゃないんで。…なんでちょっと嬉しそうなんですか。」
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