冷たい紅茶と街の風景

「さてどうしたもんかなぁ」

 あれから数日後のある日、調剤がひと段落して、真夜はうーん、と伸びをした。


 コハクが知識をつけるにつれて、手伝ってもらえる範囲や、効率が大幅に上がり、薬屋の営業で、真夜の負担はかなり軽くなった。

 そんなことで、真夜は最近持てるようになった暇な時間は、紅茶を片手に耳を澄ませるのが趣味だった。


 ああ、りんりんとなる鈴の音は今日も楽しそうだ。

 全く人の気も知らないで。


 コハクの音を聞きながら、少し冷めた紅茶を飲む時間が最高の癒しなのに、音の主が真夜の悩みの元凶なので、真夜は苦い顔をして紅茶を啜った。


 すると、その音が先ほどよりも少し楽しそうな音がした。

 客の音も聞き覚えがあるので、おそらく知っているの人なのだろう。

「コハク何してるんだろう」

 音が気になり、ちらっと覗いてみると、コハクはナタリー親子の接客をしていた。他にも客はいて、忙しそうだが、表情を見るに真夜が手伝うほどでもない様だ。


「いろんな顔をするようになったなぁ」

 薬を測る時は真剣だし、お客さんによっては揶揄われて焦ったり、病気の不安を励ましたり、褒められて照れたり…いつの間にか、この街の一員として、風景の一部になっていた。


 ぼうっと見つめていると、コハクが視線に気づいたのか、こちらを見た。彼はひらひらと真夜に手を振り、客に断ってからこっちへきた。

「師匠、またご飯ですか?」

「違うわよ、サボってないか見てただけ。」

「どっちかっていうと逆ですよね。」

「……なにが?」

「なんでもないです。」

 真夜の笑顔の圧に、同じく笑顔のコハクが誤魔化した。


「とにかく、用はないから仕事に戻りなさい」

 真夜が背中をぐいと押すとコハクは「ふふ、変な師匠」と笑ったあと、こそっと耳打ちしてきた。

「でも、約束したんで、今日は早めにお昼にしますね」

 柔らかい笑顔に真夜が囚われている間に、コハクは客の元へと戻っていった。


 真面目で、負けず嫌いで、優しい人間。


 やっぱり、コハクには魔法使いじゃない人生を送って欲しいと思ってしまうのは、真夜のエゴなのだろうか。

 自分の半生を思い出してみても、ここでの穏やかな日々を捨ててまで魔力を手に入れることになんの価値も感じられなかった


 そして、街の人や真夜に向けるあの笑顔を思い返しながら、真夜はため息をついた。

「どうして、今すぐじゃないならいいかって思えたのよ」

 まだ名前をつけていない十五年分の情は、百年も時間をくれない気がし始めていた。


 でも、約束は破らなくても、コハクが考え直すための時間は少しでも延ばしてあげたい。

「拾った責任は果たさなくちゃ」


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