靴磨き
あるところに靴磨きが大好きな女がいました。彼女は大富豪で多くの物を持っています。今でいうマキシマリストと言うような人物です。多くの物を持っていますが、彼女の持っている中で一番気に入っているのものは革靴です。今までどれだけ革靴を集めてきたのかは、彼女ですら把握しきれていません。彼女はその革靴を一つ一つ丁寧に磨いていくことが日課でした。仕事が終わって帰宅すると革靴を磨くのです。
沢山持っている中でも一番履いていた革靴があります。しかし、この革靴はもう修復しきれないほどにボロボロになっていいました。先日、つまずいて転んだ時に致命的な傷を負ってしまったのです。次に履いてしまえば、もう壊れてしまう。現在の状態で形を保っているだけでも奇跡に近いです。
彼女はその靴をガラスケースに入れ、飾っておくことにしました。日課の靴磨きは他の靴で行えばよいのです。思い出はそっと閉じ込めておけば、変わることは無いだろうと考えました。その後、彼女はくたびれた靴をガラスケースに閉まっていきます。自分の思い出をそのケースの中に閉じ込めていったのです。
ある時、一番最初にガラスケースに閉じ込めた靴を久しぶりに確認しました。この靴にはこんな思い出があって、どんな時に履いていったのかを思い出したかったのです。しかし、ガラスケースに触れて中を見ても何も思い出すことができませんでした。記憶を思い出すにはあまりにも彼女は老いてしまっていたのです。
彼女はガラスケースにそっと手を触れます。しかし、思い出は伝わってきません。彼女はくたびれた以上に、壊れかけている靴を手に取りました。昔のように靴を磨けばきっと壊れてしまうでしょう。しかし、意を決して靴を磨きはじめました。丁寧に丁寧に磨きますが、靴はどうしても形を保つことができませんでした。
靴はもう、ボロボロの革切れになりました。彼女は流石にこれは靴ではないと思って、革切れをゴミ箱に捨てました。思い出に引っ掛かることもありません。大量に並べれたガラスケースを眺めて、一つ一つ手を触れていきます。もう何も思い出せない。擦り切れていたのは靴ではなく、彼女だったのです。
彼女は多くなり過ぎた靴たちを全て捨てました。自分の体も長くは持たない。昔みたいに履くことも着ることもないと思ったのです。彼女はその思い出が詰まった物を捨てていく時に、後悔が無かったわけではありませんでした。本当に大切なものは置いておこう。そう考えて整理していたのですが、もはや何も思い出すことはできませんでした。
物は無くなっていきました。手元にはここ数年履いている革靴がありました。そして彼女は靴を磨きはじめます。大きな部屋に残っていたのは、靴を磨いている彼女の姿だけでした。
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