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 僕は近くを歩いている人に訊ねることにした。


 やっぱりここは話しかけやすそうな人がいいな。旅人や兵隊はなんだか雰囲気が怖いし、難癖を付けられてトラブルになるのも困る。そうなると住民っぽくて穏和そうなおばさんがいいかなぁ。


「すみません、お訊ねしたいことがあるのですが」


 僕は市場へ食材を買いに来た感じのおばさんに声をかけた。


 年齢は四十歳くらいで、頭に黒いほっかむり、萌葱色の服に白いエプロン、手にはつる植物を編んで作られたカゴを持っている。


 表情も優しそうでおっとりとしているから、ヘタレの僕でも声をかけやすい。


「私に何かご用?」


「道具屋を探しているんですが、心当たりはありませんか?」


「それならこの道を真っ直ぐ行くと、右側にこの町で一番大きな道具屋がありますよ。そこへ行けば大抵の物が手に入るんじゃないかしら」


「そこって持ち物の買い取りもしてますよね?」


「もちろん。中古の品も取り扱ってますから」


「分かりました。ありがとうございます」


 僕はおばさんに頭を下げて御礼を言うと、教えてもらった道具屋へ行ってみることにした。幸先のいいスタートだなぁ。



 おばさんに声をかけた場所から五分ほど歩くと、右側にお城のような建物があって、どうやらそこが町一番の大きな道具屋のようだった。


 店名は『ハピネスツール』で、出入口付近に設置されている案内図によると、五階建てになっているその全てが取引の場になっているらしい。


 僕は二階建て以上の建物やお城みたいに広い建物を実際に見るのは初めてだから、こうして目の前に立っているだけで緊張する。なんだか胸の鼓動が早くなってきて、手にも汗をかいてくる。


 周りにいる人たちは気軽な感じに出入りしているけど、僕はどうしても尻込みしてしまうなぁ。だって僕みたいな田舎者が勝手に入っちゃっていいのかなって気がするし……。


 でも何の用もなくやってきたワケじゃないんだし、勇気を持って進もう。


「……よしっ!」


 僕は意を決して店内へ足を踏み入れる。そして程なく『買い取りコーナー』と書かれた看板の前に辿り着くと、そこには板で仕切られた小さなブースがいくつもあって、そのひとつへ案内されたのだった。


 ブースに入るなり、高級そうな生地の黒い服に銀縁の眼鏡をかけた三十代くらいの男性がニコニコしながら声をかけてくる。


「いらっしゃいませ。まずは椅子にお掛けください。で、お客様はどのような品物のご売却をお考えですか?」


「え、えっと……その……この剣とか……」


 僕は椅子に座ると、腰に差していた剣を取り出した。今の僕にはこれくらいしか売れる物がないから。色々な道具が入っていた袋は傭兵たちに持ち去られてしまったし。


 それに剣を売ってしまっても、その際に得たおカネで小さなナイフでも買えばいい。むしろ僕にはその方が軽くて扱いやすくて慣れている。


「では、拝見します。……ふむ、目立った傷はないようですね。ただ、特に珍しいものではないようです。これですと……そうですねぇ……買い取り額は一万ルバーといったところでしょうか」


「えっ……? たったの一万ルバーですか? もう少し高くなりませんか?」


 一万ルバーでは宿屋に数泊しただけで尽きてしまう。しかもこれから冒険を続けるとなるとなんだかんだで物入りになるだろうから、もっと懐事情は厳しい。


 僕は数万ルバーくらいにはなると思ってたんだけど……。


「一万ルバーが限界ですね。新品同様といっても、それを買い取って当店で販売する際には中古品扱いになるわけですから。中古品は新品と比べて価格を安くしないと売れないですよね?」


「えぇ、まぁ……それは理解できますけど……」


「それならほかにご売却をお考えの物はありませんか? 今、売却点数が増えれば増えるほど買い取り金額がアップするキャンペーンをやっておりまして」


「僕にはそれしか売る物がないんです。ごめんなさい……」


「そうですか。では、その剣はどうなさいますか? 一万ルバーでご売却になりますか?」


「うーん……」


 一万ルバーではどうにもならないけど、これを売らないと今夜は町の片隅で野宿ということになる。だからといってモンスター退治をしておカネを稼ごうにも、何の力もない僕にそんなことが出来るはずもない。



 これが八方塞がりってヤツか……。



 僕は思わずため息が漏れた。そして何気なくブースの壁へ視線を向ける。

 するとそこには何かのチラシが貼ってあって――。



 …………。



 ……えっ!? これは、もしかしてっ!


 僕はチラシに書いてあった内容を見て目をパチクリさせると、そこを指差しながら身を乗り出して店員さんに迫る!


「あのっ、ここに貼ってあるチラシですけどっ! 従業員募集って書いてありますよねっ?」


「えっ? あぁ、それですか。最近は各地でモンスターが暴れていることもあって武具や回復薬などの販売が好調なんですが、それゆえに人手が足りなくて困ってるんです」


「そそそ、それって僕でもやれる仕事はありますかッ?」


「えぇ、もちろん。社員教育も充実していますから、未経験者でも安心して働いていただけます。――って、あの、もしかして応募なさいます?」


「はいっ! ぜひ働かせてください! おカネが必要なんですっ!」


「分かりました。では、担当者を紹介しましょう。しばらくお待ちください」


 何がどう転ぶか分からないものだ。僕は思いがけず勇者以外の生きる道を見つけた。


 しかもチラシによるとこのお店は寮完備で福利厚生も充実しているらしいから、ある程度のおカネが貯まったら独立するとか別の道へ進むとか、選択の幅が広がる。


 なによりモンスターと戦う必要がない。なんて素晴らしいことだろう!



 ――こうして僕は勇者から道具屋の従業員へ転職したのだった。



 NORMAL END 2-1

 

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