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 教えてもらった道具屋はメインストリートから何本か路地を入った先にあった。


 そこは住宅が密集して迷路のようになっている地域で、道にはゴミが散乱していたり血痕のような汚れがあちこちに付いていたり、あるいは汚物や吐瀉物なんかが放置してあったりして、あまり衛生的じゃない。


 また、残飯が腐敗したような臭いも漂っていて、長くいると気分が悪くなってくる。淀んでいるような感じ。これだけ建物が入り組んでいると、空気の流れは悪そうだもんなぁ……。


 そして僕が道を歩いていると、隅で座り込んでいるお兄さんたちの集団が鋭い目付きでこちらを睨んできて、緊張感が半端なかった。ゆえに早く用事を済ませて、ここから離れたい。


 なお、店のドアノブには薄汚れた木製のプレートがかけられており、そこに『道具屋シャドー』という店名が書いてある。地図で示された場所とも一致しているので、ここで間違いないだろう。


 ただ、窓ガラスから中を覗いてみると人の気配は感じられず、昼間だというのに薄暗い。それに手前にはよく分からない道具が無造作に積まれて埃を被っていて、営業しているのか分からない状態だ。


 それでもほかに当てはないし、今さら引き返すわけにもいかないので僕は意を決して店内に入る。


「すみませーん……。どなたかいらっしゃいますかぁ?」


「いらっしゃい。お客さんとは珍しい。ヒッヒッヒ……」


 声がした方をよく見てみると、店の奥のカウンターに黒いローブ姿のお婆さんがいた。


 雰囲気が怪しいのはもちろんだけど、なんだか人間とは別の種族のような感じがする。確信はないし、本当にただの勘なんだけど……。


「えっと、道具の買い取りをお願いしたいんです。この剣なんですけど……」


 僕は腰に差していた剣をお婆さんに渡した。今の僕にはこれくらいしか売れる物がないから。色々な道具が入っていた袋は傭兵たちに持ち去られてしまったし。


 それに剣を売ってしまっても、その際に得たおカネで小さなナイフでも買えばいい。むしろ僕にはその方が軽くて扱いやすくて慣れている。


「ふむ……」


 お婆さんは剣を受け取ると、一瞥しただけで興味なさげにカウンターの上に置いてしまった。そしてやや不機嫌そうになって深いため息を吐く。


「この剣なら百ルバーってところだね。それだけあれば市場で飴玉くらい買えるだろ」


「ひゃ、百ルバーって……。それはいくらなんでも安すぎますよ……」


「嫌ならほかの店にでも行くことだね。こんな何の変哲もない剣、買い取って何になるっていう――ん? ちょっと坊や、何か魔法道具のような物を持ってないかい? この位置からでもうっすらと魔法力が感じられるんだが」


「魔法道具? あ、もしかしてこれのことですか?」


 僕は懐に仕舞ってあった竜水晶を取り出してお婆さんに見せた。持ち物の中でそれらしいものはほかにないし。


 一応、宝石みたいな感じだから、ある程度の値は付くのかな?


「おぉおおおおおおおおぉーっ! こここここっ、これは竜水晶ッ! こんないい物を持ってるなら最初からお出しよッ! まぁ、うちみたいなヤバイ店に来るくらいだから、何か貴重な品を持ってきてるとは思ってたんだよ!」


 お婆さんは血圧が上がりすぎて倒れちゃうんじゃないかというくらいに興奮していた。目はギラギラと輝き、手が震えている。



 ……あ、手が震えているのは元々なのかもだけど。



「あのぉ……このお店ってヤバイんですか……?」


「そんなことはどうでもいいっ! で、坊やはこれを売るんだろっ?」


「あー……えっと……買い取り金額によりますね……」


 手放す気はあまりないけど、事ここに至ったら背に腹は代えられない。


 剣のほかに売れそうな物はないし、もし竜水晶がいい値段で売れるならお婆さんの気が変わらないうちに売ってしまうのも選択肢のひとつだ。きっとドラゴンも許してくれるだろう。


「分かった。もう何も言わんでいい。一千万ルバーでどうだい?」


 お婆さんはカウンターからこちら側へ身を乗り出し、真顔で金額を提示してくる。




 …………。




 ……って、えッ?



 今、とんでもない金額が聞こえたような……。


 み、耳がおかしくなったのかな? 急に全身から汗が噴き出してきて、心臓が大きく跳ねる。頭の中が真っ白になる。


「一千万って、そ、それ本気で言ってるんですかっ!?」


「ヒッヒッヒ、冗談さ。言ってみただけだよ。そうさね、一億ルバーでどうだい? それなら相場よりも高い値だろう?」


「一億ぅっ!?」


「安心しな。それだけの金貨を持ち運ぶのは大変だろうから、見た目の数百倍は物を収納できる『魔法の皮袋』もオマケしてやろう。それだって百万ルバーくらいはする品物だよ」


「……えと……あの……」


「分かった分かった。ほかにも魔法道具を付けてやるよ。どれも売れ残りだが、実用的な物ばかりだから冒険者の坊やにはきっと役に立つだろう」


「…………」


 そのあと、どうなったのかの記憶がない。竜水晶を自分の意思で売ったのは間違いないと思うけど。そして気付いた時には宿屋の部屋にいて、僕の手には魔法の皮袋が握られていたのだった。


 その袋の中には大量の金貨や用途不明の杖、何かの薬のような液体の入った瓶、謎の文字が書かれたアミュレットなど色々な物が入っている。



 ――その後、僕はそのおカネや魔法道具を活用しつつ、ひとりで旅を続けた。



NORMAL END 2-2

 

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