第35話

 優が仕掛けた対霊具の拘束は軽く千切れ飛び、自由になった阿部はニヤニヤと優を見ていた。


「阿部さんに掛かればこんなんチョチョイノチョイやで?で、次は何して遊ぶんや?」


 阿部にとっては優の対処法はまるで通じておらず、遊びだと揶揄された。多少なりとも自身があった優は焦り、対霊具を次々と使う。


「あああぁぁぁあ!」


「無駄無駄、無駄無駄のムーさんやで」


 阿部は飛んでくる対霊具や霊力を、手や霊の力によって弾き優の対処法を尽く無力化していく。

 やがて手持ちの対霊具が尽きたのか、優は動きを止めてしまった。


「はぁ・・・はぁ・・・な・・・なんで・・・」


 疲労している様子の優に対して、余裕がありありと見える阿部は腕を組みながら答える。


「自分でやっといてあれやけど、腕組みづらいわー。っと、なんでて・・・場所がエエからっちゃうか?」


「・・・え?」


「何やここいらにおると力が沸いて来るんよな、他の奴が寄ってこやんのが不思議なくらいやわ。まぁ弱い奴やと直ぐ許容量オーバーしてパーンと弾けるやろうけどな」


 阿部はお道化て手をパッと開き「パーンや、ッパーン!」等と言っているが、優はそれどころではなかった。

 この霊的力場は自然の霊力が湧き出し、それが対処屋にとってプラスになる事は解っていたのだが、まさか霊にもプラスに働くとは思っても見なかったのだ。


 しかし今更引くわけにも行かず、更に対霊具を使ってどうにかしなければ・・・と対霊具の入った鞄の方へ走る。


 鞄へ手が届くと思ったその時、優の体は前へ進まなくなった。


「どこ行くん?ってあぁ、玩具の補充か」


 進まなくなったのは、離れた場所にいた筈の阿部に肩を掴まれたせいだった様だ。


「っく・・・はな・・・離してください!」


 優は身をよじり暴れるのだが、阿部はがっちりと肩を掴んだまま離さない。


「別に離してもええんやけどさ、無駄やしもうやめへん?」


 阿部は聞き分けのない子供を諭す様な優しい口調で優に告げて来るが、言われた方の優には怒りしか沸いてこなかった。


「無駄・・・!?たとえ無駄だとしてもやめるわけないでしょう!自分が私の体を使って何をしたか覚えてないんですか!?」


 優は吠える。


「お父さんも師匠も!涼真だって!許せない許せない許せない!絶対この世から消滅させてやる!」


 優は体の中で全力で霊力を創り・増幅させ胸元に集中させる。すると胸元に入れておいたお守りが励起し、効力を発揮し始める。

 心の安定剤として持ってきていたお守りだったが、一度家で阿部に効力を発揮した事もあり、「これならいける、お祖母ちゃんに師匠お願いします!」と祈りながら、霊力をドンドンとお守りに注ぎ込む。


「が・・・GAaa A  ああぁ ぁあA  Aああ!!!』


 家で一度見た光景の再現がそこにあった。霊力の光が阿部を焼き、阿部はドンドン弱ってくる。

 前回は此処で逃げられたのを思い出し、鞄へとダッシュで駆け寄ると縄と札を取り出し急いで励起させ投げる。


『ギッ・・・ギ が  ぁァああ  ああぁ aAA!!!』


 他にも鞄から適当に物を取り出しドンドンと励起させ、片っ端から使い切る気持ちで使っていく。


「わぁぁあああ!消えろ消えろ消えろ消えろおおおおおお!」


 優はお守りに霊力を注ぎながら叫ぶ。


 消えろ、消えてくれ、消えてしまえ!と念じながら。


「わぁぁぁぁああああああ!!」




『アガッ ぁa AA aa あ ぁ ぁぁぁあああ!!!!



              

                     ・・・・なんてな?」



「え・・・?」



 それまで霊力の光に焼かれて苦しんでいた様子の阿部は、急に叫ぶのを止め息を大きく吸った。



『スゥ~~~~~・・・・


    ×☒☒××××☒☒×××☒×××☒☒××××××☒×☒☒××!!!』



 そして再び叫ぶ。


 その声・・・いや音は聞いたことのない音で、それはまるで・・・地獄からの叫び声の様だった。



『ガチガチガチ』



 阿部の叫び声が終わった辺りからそんな音が聞こえるようになった。


 その音は阿部が動くほどに強くなる。



『×☒×××× ×☒××☒×・・・A a aa アァ  あーあー、いやぁ大声で叫ぶのは気持ちええなぁ」



 そう言って阿部は優の方へと近づいて来る。



『ガチガチガチガチガチ』



 阿部は優の真ん前まで来ると、胸元をまさぐり始める。


「あぁ・・・堪忍やで・・・っとこれか、効きはせんけど鬱陶しいで壊させてもらうわ」


 阿部は優の胸元から取り出したお守りを手にすると、息を吹きかけた。するとお守りは見る見るうちに灰になっていく。



『ガチガチガチガチガチガチガチ』



「これ、優ちゃんの婆ちゃんが作ったもんやったんやろ?やっぱ凄いもんやなあ、これのおかげで優ちゃんや雄一に一切近づけへんかったもんな。まぁ壊れかけやし、一回見たから効かへんかったけどな」



『ガチガチガチガチガチガチガチガチガチ』



「ん?どしたんそんなに震えて。顎と足がガックガクやで?」



「・・・へぁ?」



 阿部に言われて気付いたが、ずっとガチガチと五月蠅かったのは優の歯だった。知らず知らずの内に顎が震え、歯を打ち鳴らしていたみたいだ。


 ここで優はある事を自覚したのだが、を自覚すると優が崩れるのは早かった。


 は優の体から力を奪い取り、阿部への怒りがあった心も一気に鎮火させた。曲がりなりにも前を向いていた心は後ろへ、熱くなり機敏に動けていた体は凍りつきガチガチに。


 ・・・恐怖という感情は優から他の感情を消し去ってしまった。


「ぁ・・・ぅぅ・・・ごめんなしゃぃ・・・ごめんなしゃぃ・・・」


「んん?どうしたん?」


 しかし霊になり人格が少し破綻している阿部は鈍く、優の変化にも気づかない。


「うん?何持ってんのや?」


 阿部は優が未だに持っていた物を取り上げる。阿部としてはそれも何らかの霊用の道具だと思ったのだろうが、それは・・・


「ぁぅ・・・か・・・かえしてぇ・・・おとうしゃんからもらったかさぁ・・・」


 それは優がお守りとして持ってきた、ただの折り畳み傘だった。


 優はあぅあぅ言いながら、父から貰った大事な傘を取り戻そうと阿部の足にすがり付く。

 阿部はそれを見て良い事を思いついたとばかりに提案する。


「ええよ?返したってもええよ?けどそのかわりにさ・・・死んでや?」


「ぁぅ・・・あぅぅ・・・やだ・・・やだぁ・・・」


 阿部としては良い取引だと思ったのかもしれないが、それは恐怖に支配された優でも当然拒む物だった。


 優に提案を拒否された阿部はため息をつく。


「はぁ~~~・・・そか、ええ取引やと思ったんやけどなぁ。ならしゃあない、これはナイナーイや」


 阿部がナイナーイと傘を上へ放り投げると霊の力でも使ったのか弾け飛び、残骸がバラバラと落ちて来る。


「ぁ・・・ぁぁ・・・おとうしゃん・・・・あぁぁぁああああ!」


 恐怖で支配されたところに、今となっては形見になってしまった大事なモノを壊された優は泣き叫ぶ。


「そんなに大事やったん?なら取引受けてくれたらよかったのに。ほんま・・・ははは、なんか可笑しいわ。ははは・・・はははは・・・HAはハはHAハハは!」


 阿部は何がおかしいのか笑い出す。何故か優が泣き叫んでいるところを見ると、無性に気分が昂るのだ。



「あぁぁぁあああああ!」



『ははは・・・はははは・・・HAはハはHAハハは!Ahaハハハははははは!』



 優と阿部はハモる様に叫び、笑う。



 夜の境内には、反対の感情を乗せた二つの声が響き渡った。



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