第34話

『ギィ~~・・・ガチャ』


 優は涼真が出ていくのをジッと見送ると方向転換をし、自室の方へと向かって言った。

 荒れたままの自室へ入ると、着替えをクローゼットから出して風呂場へと向かい、服を脱ぎ捨て浴室へと入ると浴槽には入らずにシャワーのコックを捻った。


「・・・」


 季節は秋に入っていると言うのに、優は冷水を頭から被り体を流す。


 それはまるで黒く燃える心を水で冷やしている様で・・・



『ザァ~~ギリッ~~~~・・・・・・』



 浴室にはシャワーの音と、歯が軋むような音だけが聞こえていた。


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 物の数分で体を洗い終わった優は、着替えとして持ってきた動きやすい服装に着替えて自室へと戻った。

 そしてジュラルミンケースの中に札やその他の道具が入っているのを確認し、棚の近くへと行った。


「・・・あった」


 優は探していた物を見つけるとそれを拾い上げて一度ぎゅっと握りしめる。


「師匠・・・私は・・・」


 何かを九重からもらったお守りに囁くと、部屋に置いてあった手芸道具を使い簡易的に修繕を施し身に付けられるようにする。


「そうだ、これも・・・」


 優は脱いだ服に入っていた『祖母からもらったお守り』も九重のお守りと一緒に括り付け、首から下げ服の中に入れ込む。


「お祖母ちゃんも師匠と一緒に私を見守っていてください」


 服の上から胸元のお守りに触れてそう言うと、「よし」と何か覚悟を決めたように呟きジュラルミンケースを持ち上げた。


 そして優は玄関へと向かおうとしたのだが、部屋の中にあった鞄からある物を取り出した。


「お父さんも見守っ・・・ごめんなさい・・・」


 優は父からもらった折り畳み傘を持ち、ごめんなさい、ごめんなさい・・・と謝りながら泣いていたのだが、不意に泣き止むと折り畳み傘をギュッと握りしめた。


「お父さんのお友達だけど・・・ごめんなさい・・・始末をつけさせてもらいますね」


 それまでの泣き顔から一転して、怒りの顔でもなく笑顔でもなく無の表情でそう呟くと、折り畳み傘もジュラルミンケースの中へと入れて玄関へと向かい自転車に乗り込んだ。


「逃がしません・・・命に代えても・・・」


 優はある場所を目指して自転車のペダルをこぎ出した。


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『キィッ』


 目的地付近へと着きブレーキをかけると音が軽く響いた。


「・・・」


 目的地を見上げると途端に優の心は暴れ出しそうになるが、それを必死に静めると息を吐き出す。


「・・・ふぅ」


 そのまま深呼吸をするように大きく息を吸い、吐く。

 それを数度繰り返していると、いつの間にか霊力を創りだしていたのだが、いつも以上に霊力が体の中を渦巻いている事に気が付いた。


「霊的力場が近いから・・・ですかね」


 これはきっと修行でも使った霊的力場に近いからだと、そう優は結論付けた。まぁ違ったところで霊力がいつも以上にあるのなら悪い事ではないと思い、優は気にしないことにして目的地を見上げる。


「まさかこことは・・・」


 優が見上げている目的地とは、あの古びた神社であった。


 何故ここに優が来たのか、それは優の中にいた阿部の記憶からの情報である。


 阿部は優の体を時々使い行動していた様だが、どうもその行動した時の記憶が優の中にも残っていた様だった。

 その記憶は何事もなければ思い出す事もなかったのだが、祖母のお守りの霊力に焼かれた時に何故か思い出されたようだった。

 理由は定かではないが、恐らく阿部が力を使って行動した記憶に蓋をしていたのが霊力に焼かれ、蓋がなくなり思い出してしまったのだろう。

 このおかげで阿部のして来た行動が解るのは良い事なのだが・・・


「同時に思い出された最悪の記憶は・・・うっ・・・。・・・いえ、これは知っておかなければいけない事でしたね・・・」


 優の脳裏には阿部がしたであろう幾つもの惨劇が浮かんだが、今はそれをあまり思い出さない様にした。

 恐らくだが、時間が経ち深く思い出してしまったら自分は動けなくなるだろうと、優は訪れる自身の状態を予想していた。なので今は、思い出した分はグッと怒りに変えて前を向く。


「行きましょう・・・そして対処・・・退治します」


 優は持ってきた鞄を片手に、神社に続く階段を上り始めた・・・。


 ・

 ・

 ・


 長く続く石段が終わりに近づいた時、優は警戒を強くし始める。


 そして石段を登り終えると、直ぐにジュラルミンケースから道具を取り出し構えた。


「・・・」


 道具を構えながら境内を進むと、奥から足音が聞こえて来た。


「おろ?なんでここにおるん?」


『・・・ギリィッ』


 優は目の前に現れた男を睨み付け、今にも咆えそうになるのをグッと噛みしめ堪える。


「まぁええか。なぁなぁそんでどうや?今の俺男前やろ?これなら俺に殺されて死んでくれたりせえへんか?」


「黙ってください・・・。師匠が穢れます」


「えぇ~・・・それ、酷いわぁ」


 九重の姿で喋る阿部に、優は苛立った。


「最初からそのつもりで師匠を殺したんですか・・・?」


 優は苛立ちながらも、対霊具を使う時間稼ぎのついでに情報を引き出そうと阿部に話しかけた。

 現在阿部は九重の姿をしているのだが、恐らくそれは死体に取り付いて動いている。だがそれは九重のレポートだと、大分上級の霊にしかできないような事だと書かれていた。

 そうすると、阿部は上級の霊かもしれないのだが、それらも霊の対処の際には有効な情報となりうるので、優はその為にも話しかける事を選択したのだ。


 阿部は優に話しかけられたのが嬉しかったのかそれに乗り、ペラペラと喋り出す。


「ちゃうちゃう、単に優ちゃんにイラン事教える気やったからや。それにもっと長い事接しとったら俺にも気づくやったろうしな。それに・・・そそそそれにぃぃ 俺の優ちゃんと べたべたしよるつつつもりやったんやぁぁあ ここ こいつぅぅゆるうさあぁん!!」


 話している途中でいきなり様子がおかしくなった阿部は、自分の左腕に咬みつき肉を噛み千切り始めた。

 左腕の骨が見えてくるまでそれは続いたのだが、阿部はいきなり動きを止めた。


「あぁ~、やってもた。・・・まぁええか、どうせ使い捨てやし」


 阿部は口の中に入っていた肉を『ブウッ』と地面に吐き捨てると、口元を右腕の袖でぬぐいニヤニヤと優を見た。


「そんで・・・何かやっとるそれ、もうええか?」


 優が時間稼ぎをしていたのはバレバレの様だったが、丁度対霊具の励起が出来た所だった。


「ええ・・・十分ですよっ!」


 優は言葉を発したと共に数枚の札を投げつける。ペラペラの紙な筈のそれは、まるで意思を持ったかのように阿部へと一直線に飛んでいった。


「なんや、紙遊びかいな?」


 阿部は飛んできた札を手で振り払おうとするのだが、札が阿部の手に触れる瞬間に光を放つ。


「眩しっ!」


 霊力の光が阿部の視界を焼こうとするのを顔の前に腕を回す事によって防ぐのだが、まんまと狙い通りになった優は続けて行動を起こす。


「はあっ!」


 腰の後ろに隠していた縄を取り出し振るう。

 すると縄は阿部にグルグルと巻き付き始め、巻き終わったところで追加で札を投げると、それは縄に張り付き効力を発揮した。


「ぬわっ・・・ち・・・力が抜けよる・・・」


「・・・」


 阿部は上半身を縄で巻かれた状態で片膝を着き項垂れる。優は追加で札を構えながら油断なくその様子を見る。


「何やようわからん原理で対処法ってのは見えんかったからなぁ・・・、こういう風になるんやなぁ・・・」


「そうです・・・卑怯な真似をして不意を衝かれなければ、師匠の時もこうなっていたでしょう」


 身動きが取れなくなった阿部に対して優はそう言った。


 九重は何故か九重は阿部の存在に気付かず、優の姿で近づいてきた阿部に油断し不意を打たれて殺されてしまった訳だが、それは本来なら起こりえなかった筈なのだ。

 普通なら気づいた所でこういう風に対霊具等で封じられ、対処されるはず・・・。


「何故・・・師匠は気づかなかったんでしょうか・・・」


 優が疑問をぽつりとこぼすと、阿部がそれを拾った。


「さてなぁ・・・それは俺にも解らんわ。まぁ多分・・・」


 阿部はうつむいたままポツリポツリと話していたのだが、急に顔を上げ優の顔を見た。



「俺が『霊』として強いからと違うかな?」



 阿部がそう言った瞬間、阿部に巻き付いていた縄は千切れ飛び拘束は解放された。


「なっ!?」



「まぁそういう事や。で?次はどんな事してくれるんや?」



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